胴長おじさんの話

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胴長おじさんの話



 さて今年もカクヨムコンテストが、華々しくスタートいたしました。僕は最近、短編部門ではエッセイを投稿させて頂いてます。今回も古い記録を掘り返した所、まだ高校生だった頃(昭和から平成に移り変わる頃。年齢がバレちゃいますねぇ)のメモ帳が発掘されました。

 やはり現在とは大分、時代の雰囲気が違っています。スマホも無ければ、パソコンも一部のマニアがネット環境を利用し始めた頃です。


 当時はポケットベルが大流行し、「0840(おはよう)」「3476(さよなら)」など今では暗号のようなフレーズが巷を駆け回っていました。あの皆さん、ポケットベルって知ってますよね? 異世界の話じゃないですからね?


 そんな僕は下町に住む、偏差値最低レベルな公立高校の学生でした。入学してから早速、勉強面で落ちこぼれ楽器練習と麻雀に、青春の貴重な時間を浪費するようになります。

 しかし全く生産性のない事柄に時間を使っていれば、当然小遣いが足りなくなりますよね。そこで僕はアルバイトをすることにしました。そのバイト先ですが……



 夕暮れ時、都電(現在名:さくらトラム)が近くを走り抜ける。騒がしい商店街に流れるBGMは五木ひろし氏の「そしてめぐり逢い」。銭湯帰りでステテコ一枚の親父が、それに合わせて口笛を鳴らす。どこから見ても完全無欠な昭和の下町である。


 僕は一軒の純喫茶店の前に立った。店の名前は「はまおもと」。聞き馴れないけど、花の名前らしい。


 僕が初めて店に気が付いた時から、古臭い純喫茶だった。高校生になった今でも、その古臭さは変わらない。ひょっとしたら、そういうコンセプトカフェなのかも。

 店の前の観葉植物の葉っぱを引きちぎり、口に入れようとする下町の少年を発見。そんなものを食べて美味しいのだろうか? 彼の後ろ頭を引っ叩き、葉っぱを吐き出させてから木製の扉を引き開けた。


 カランカラン


 扉の上部に取り付けられていたカウベルが鳴り、僕は店内に足を踏み入れる。四人掛けのテーブル席が七つに、カウンター。古式ゆかしいレイアウトの喫茶店だった。

「アルバイトの面接に来ました」


 カウンターの奥からパンチパーマの中年男が店内へ出てくる。この街はヤクザ者も多く、組員になりきれない碌でなしも多い。良く見れば彼の目元には刃物傷の跡も残っていた。これは引退しあがった本職に違いない。

 洗い晒しの白いシャツに、太いネクタイとエプロン姿。その上の岩の様な面相(何処となくガッツ石松似)が絶妙で、なんでこの店にいるのか分からない。


「電話くれた子? 随分可愛らしいな。履歴書を見せてくれる?」


 そのまま一番奥のボックス席に引き摺り込まれた。信じられないが面接を行う様だから彼が、この店の経営者マスターであるらしい。


(今、謝ったら許して外に出してくれるかな)


 ボックス席に座った僕は、この窮地を逃げ出す事ばかり考えていた。ヤクザの舎弟にされたらどうしよう……


 約十分後(僕の中の体感時間は三十分を超えていましたが)、型通りの面接が終わった所で、プロレスラーのようなマッチョが珈琲を二人の前に運んで来た。

「ありがとう。あぁ、彼は店長の大畑君だ」

「初めまして、大畑 和弘です。和くんって呼んで下さい」

 筋肉が気管を締め付けているのかもしれない。妙に甲高い声を出しながら、小指を立てて珈琲を置いた。モンローウォークでカウンターの中に帰って行く。


「さて、と。君、今日は時間あるのかな?」

「え? あの、何でですか」

「君は此処に何をしに来たんだ。うちで働くんだろう?」


 そういうとマスターは、何処からともなくアイロンの効いたエプロンを取り出し、僕に渡したのだった。


(あの時は、本当に怖かったよなぁ)


 アルバイト初日。数時間経って仕事には慣れないが、働く人の圧力には大分慣れてきた。何しろヤクザとプロレスラーが働く純喫茶である。常連は別として、新規の客が良く逃げ出さないものだ。


 ガラガラガッシャーン!!!


 扉に付いたカウベルを叩き落としそうな勢いで、小柄なゴリラが二人のフィリッピーナを引き連れて入ってきた。

「そーそー。だから、アイリーン。I love you!」

「ヤダー、崎山サンッタラー!」

「ネーネー、ギア ハ?」

 褐色の肌を持つ二人は、若く美人で派手目な服装をしている。恐らくこの後、二人の働くスナックに行く前の同伴どうはん行為なのだろう。下町の純喫茶では珍しい、御大層な国際交流だった。


「常連の崎山さんよ。お客さんの名前は出来るだけ覚えて欲しいんだけど、あの人はすぐに覚えちゃうからね」

 和さんが筋肉質の肩を竦める。確かに一度見たら忘れることが難しそうだ。余りにも賑やかで、周りの客も吃驚している。普通に出入り禁止レベルだと思うのに、店員も客も苦笑いで済ましていた。


 喫茶店での接客では顧客の名前や注文の好みを覚える事が、店への好感度に繋がる大切な事柄であるらしい。それはそうかも知れない。店に入った時に、

「〇〇さん、おはようございます!」

 と挨拶出来れば、その人の承認欲求は爆上がりしそうだものね。


「おーい、和! ん? 何だ新入りか。じゃあ注文な。『Pトー』と『エス』。それから『ミックス』ね。ん? 後『ココア』と『アイミ』と…… 『パン屋の旦那』も頼むや」


 幾ら喫茶店には符牒や隠語が多いからって、これはあんまりだ。Pトーはピザトースト、エスはエスプレッソ、アイミはアイスミルク。その位は覚えた。ミックスは、きっとミックスサンドの事なんだろう。


 ……しかし。パン屋の旦那ってのは何なんだ?


「あの、和さん。『パン屋の旦那』って何ですか?」

「あぁ、伝票に『ぜんざい』って書いておいて! 慌てなくても良いからね」

 そう言いながも和さんの手は、忙しく動き始めた。


 カランカラン


 また店の扉が開いた。見れば前から目つきの鋭い狐、ニヤニヤ笑っている狸、疲れた猿に似た、三人の中年男が思い思いに入って来る。彼らも店の常連らしい。

「よぉ〜崎山さん! 景気が良いねぇ」

 狸顔が声をかけるが、崎山さんは無視している。揉め事になるのを回避する為に、僕は三人に話しかけた。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「あれ? 新しいバイト君?」

「宜しくお願いします!」


 猿顔の如何にも常連ぶった問いに返事を返す。三人は曖昧に頷きながら、カウンター席に座った。それぞれいつも頼む飲み物が、素早く提供される。その間も崎山達をチラチラと眺めていたようだ。

「モテる男は辛いねぇ。俺にも一人回してもらえないかな」

 狐顔の冷やかしにも無視を貫き通す。そして女の子と賑やかに馬鹿話を始めた。たわいも無い崎山の話に大騒ぎする二人。暫くは興味深く眺めていた常連達も、自分の仕事を思い出したのだろう。目の前の飲み物を飲み干すと、サッサと席を離れて行く。


「さぁー呑み行こう、呑みに!」

 と言って彼女たちの肩を抱き、料金も支払わずに店を出て行った。驚いて和さんを振り返ると、モゾモゾと筋肉を動かしながら苦笑いする。

「大丈夫よ。崎山さんは月末締めで纏めて払うから」

「……それなら良いんですけど。そう言えば『パン屋の旦那』って、一体何ですか?」


 僕が質問すると、それまでニコニコしていた和さんと、奥で洗い物をしていたマスターの表情が曇った。左右を見渡すとカウンターには誰も居なくなっている。何となくハードボイルドな雰囲気を醸し出した和さんが、僕に顔を近づけながら低い声を出した。

「世の中には知らない方が良い事もあるのよねぇ」

 するとマスターが煙草に火を点けながら、彼の筋肉質の肩に手を置いた。

「まぁまぁ、和。彼もこれから長く働いて貰わなければならない。教えてあげても良い頃合いだろう」

「でもマスター!」


(イヤイヤ。何だか面倒な事になりそうですから、教えて貰わなくて結構です)


 僕の心の声は表に出る事なく、カウンターの中で二人の深刻そうな話は、ドンドン進んでいる。そのうち和さんを説得し終わったマスターが、煙草の火を灰皿で消しながら僕の方にやって来た。圧力プレッシャーを感じて僕は後ろに下がるが、すぐに観葉植物の鉢に進路を遮られた。

 そこにヤクザ顔のマスターがやって来て、僕を睨みつけた。

「……実はな」

「もしご迷惑でしたら、教えて貰わなくて結構です」

 つい心の声が表に出てしまった。しかしマスターの圧力は変わらない。

「そんな事を言うもんじゃ無い。最近、店に顔を出していないが、斜向かいにパン屋があるだろう?」


 都電の線路を渡った所に、昔ながらパン屋さんがある。価格も手頃だし何より美味しくて、いつもお客さんが入っている店だった。そういう僕も良く、パンを買いに行く店である。

「そこの旦那が好きなんだよ。『ぜんざい』が」

「……『ぜんざい』がですか?」

 まるで世界の終わりを告げるような口調で、マスターが宣う。見ればカウンターの奥で声を殺して和さんが笑い転げていた。


 何の事はない。僕はただ揶揄われていたのだろう。その日一日、僕はぶんむくれて仕事をこなした。



 暫くすると僕は休日に開店から、閉店間際までアルバイトに入るようになる。もしくは半日交代で他のアルバイトと交代して店を回すようになった。そんな休日のある朝の事である。


 珍しく開店と同時に崎山さんがやって来た。扉を壊すような騒がしい開け方ではなく、静かな入店である。しかもスーツを着ていた。被っていた鳥打帽子を外すと、カウンターの端へ放り投げる。首元の赤いスカーフがお洒落だった。

 珈琲を頼むとブラックのまま、それを飲み始めた。いつもは溶け切れない位の砂糖と、ミルクを入れて飲んでいるのに、どうした事だろう。彼は僕を見つめて、重い口調で話し始めた。


「俺は昔、映画評論家になりたかったんだ。いや、今でも映画は馬鹿みたいに観ているよ? でも日銭を稼ぐのに始めた電気工事士が、今じゃ本業みたいになっている」

 唐突に崎山さんは、僕を相手に自分の事を話し始めた。何かフラグを立てまくっている。これが出兵前のお話なら、絶対に生きて帰れないパターンだろう。

「一体全体、どうしたんです? 死んじゃうんですか?」

「……死にはしないが、それと同じくらい辛い仕事が俺を待っているんだ」

 そう言って小さく首を振る。ハードボイルドだ。


 カランカラン


「崎山サァーン! オ待タセェー!!!」

 前と同じフィリッピーナ二人がやって来る。前回もバッチリとメイクを決めていたが、今日は更に派手だ。夜の仕事の筈なのに朝八時から、ウキウキと精気に満ち溢れて見える。二人に両側からガッチリと腕を取られた崎山さんは、引き摺られるように店を出て行った。

「サァ、東京ディズニーランドニ出発!!!」


「……行っちゃいましたね」

「ディズニーランドか。休日だから人が多いでしょうに。賑やかなのが苦手な崎山さんにとって、長い一日になりそうね」

 和さんはゴツイ肩を竦めて、モーニングのサラダを仕込み始める。僕もテーブルやカウンターの上をコースターで拭き、お客さんを迎える準備を進めた。



 店の閉店時間は二十二時である。僕は昼休みを長めに貰って、再度店に戻り閉店準備を進めていた。そこにフラフラと崎山さんが入ってくる。朝、被っていた帽子はグチャグチャに形が崩れ、ビシッと着込んでいたスーツはヨレヨレになっていた。

「和。すまないが例のヤツを」

 ボロボロになった崎山さんを一目見た和さんは、カウンター奥の棚に手を入れた。そこからウィスキーの酒瓶を取り出す。純喫茶であるこの店では、アルコールは瓶ビールだけを提供している。だからこれは崎山さんの私物なのだろう。

 これも初めて見るショットグラスに、ウィスキーをストレートで注ぐと彼の前に置く。崎山さんはグラスを手に取ると、中身を口の中に放り込む様に呑み干した。暫くして深いため息を吐く。


「もう今日は上って良いわよ。お疲れ様」

 彼の様子を見た和さんは、肩を竦めて僕に流し目をくれた。まぁ何だか大変だったんだろう。僕は小さく頷くとエプロンを外した。



 次にバイトに入った時、あの夜の詳細を和さんから教えて貰った。あの日ディズニーランドに行った二人のうち、アイリンと名乗っていた方がフィリピンへ帰国する事になったらしい。それで日本にいる間に、遊園地へ行きたいという彼女の願いを叶えたのだった。

「今日は崎山さん、赤札堂で例の女の子にテレビを買ってあげてたよ」

 常連の狸顔がカウンターで、ご注進を入れる。この辺りで何かすれば、それは店で筒抜けになるシステムらしい。


「東京ディズニーランドの帰りに、日暮里の高級中華で豪遊していたよ」

 常連の狐顔もしたり顔で報告する。どうやら今週、崎山さんは相当散財してしまったようだ。

「でも知ってた? 崎山さんって店の女の子に絶対手を出さないんだって」

 猿顔は、ちょっぴり顰め面をする。自分は手を出そうとして、酷い目に遭ったのだそうだ。三人はカウンターで互いの視線を合わせ、珈琲を一口飲む。それから一斉に口を開いた。


「「「馬鹿だよなぁ」」」


 見事な低音ユニゾンが決まる。付き合いきれなくなった僕は、おしぼりの補充をしようと裏口に向かう。その時、狐顔が声をかけてくる。

「崎山さん、馬鹿だよな。君もそう思うだろ。幾ら銭、使ったんだって話だよな」


(はい、そうですね)


 とも言い辛い。常連間のじゃれ合いには係わらないように、マスターに釘を刺されていたからだ。客商売は辛いよ。

「あ。でも崎山さん、みたいですよね?」

 その瞬間、狐顔が眉を顰める。

「そんなに格好良いもんか! 崎山さんなら精々、って所だろう」

 狐顔の捨て台詞を聞いた、狸顔と猿顔は珈琲を噴出した。


 カランカラン


 いつもの元気が無いドアベルの音と共に、崎山さんが店に入って来た。カウンターの顔ぶれを見て舌打ちすると、そこから一番遠いボックス席に座る。

「おぉ、『胴長おじさん』が来た。新人君が崎山さんに、良いニックネームを付けてくれたぞ」

 ニヤニヤ笑う狸顔の言葉を無視して、崎山さんは僕を呼びつけると注文を入れた。そしてミックスサンドをアイスコーヒーで流し込み、何も言わずにプイと店を出てしまう。


「お仕事が忙しいんでしょうねぇ。いつもは入れない数の工事を抱えているみたいだから」

 どうやらアイリンさん達に貢ぐ為だけに、彼は許容量を超えた仕事をしているらしい。揶揄うタイミングを逃した三人組は、肩を竦めて他の雑談を始めた。



 この日から店で崎山さんを見かける事が少なくなった。以前は毎日、下手をすると日に二~三度顔を出していたのに。

「崎山さん、具合でも悪いんですかね?」

 一人でカウンターに座っている狐顔に僕は尋ねた。彼は煙草に火を点けると、微妙な表情を浮かべる。

「何でもお気に入りの彼女が帰国しちゃったみたいだよ。それでへこたれているんだろ」

 カウンターの中でマスターも和さんも肩を竦めていた。


 その時、レジの横にあるピンク色の公衆電話が鳴る。


 喫茶店の公衆電話は、割と呼び出しに使われることが多かった。携帯電話の無い時代だから、待ち合わせ場所としても重宝されていたのだ。

 ハイハイと空返事をしながら、僕は受話器を取った。何だかザリザリと雑音が多い。

「はい、『はまおもと』です」

「こちらはKDD、国際電信電話です。フィリピンからの国際電話が入っております。崎山さんはいらっしゃいますか?」


 受話器から聞き慣れない事務的な女性の声が聞こえて来る。当時の国際電話料金は高く、三分も話せば僕の時給が三〜四時間分は吹き飛んでしまう筈だった。

 最近、道を歩く外国人を見る機会が増えた国際都市東京。と言えど、ここは下町。崎山さんは別として、まだまだ国際化の波からは遠い場所である。

「こ、国際電話ですって! 崎山さんいらっしゃらないのですが、どうしましょう?」


 受話器を押さえて救いを求める僕の声をマスターや和さんは、あっさりと知らん顔をした。居合わせた狐顔も明後日の方向を向いている。彼は外国人と仕事をする機会が多いと威張っていたのに。僕はアッサリと切り捨てられたようだ。


「ハロー。私、アイリン。崎山サンハ居ル?」

「す、す、すいません。今、居ないんですよ!」

「ソレジャ伝エテ。私、結婚シタヨ!」

「へ? 何の事です?」

「私イマ幸セヨ! ミンナ崎山サンノオ陰!」


 ブツリ


 ここで電話が切れてしまった。言いたい事を言って切ったのか、納めていた料金が尽きたのかは分からない。僕は受話器を持ったまま、凍り付いてしまった。何となく心配げに僕を見つめる和さん。


 カランカラン


「あぁ、崎山さん!」

 カウベルが普通の音量で鳴り、浮かない顔をした崎山さんが僕を見つめた。

「どうした? 受話器を抱えて」

「今、アイリンさんから国際電話があったんです!」

 慌てて受話器を引っ手繰り、自分の耳に押し付ける。しかし通話が切れている事に気が付き、舌打ちをすると僕に受話器を放り投げた。


「切れてるじゃねぇーか」

「アイリンさん、フィリピンで結婚したんですって!」

 僕の報告を聞いて、彼の眉間に凶悪な縦皴が浮き上がる。

「へ! それがどうした。和! ホットな」

 そう言うと、カウンターのスツールにドサリと座り込んだ。慌てて僕はお冷とおしぼりを彼の前に運んだ。

 むくれた表情の崎山を見て、サイフォンの用意をしながら和さんは僕に話しかける。

「彼女は、それだけしか言ってなかったの?」

「今、凄く幸せだって。全部、崎山さんのお陰だって言ってました」

「よ、崎山さん。良い男だねぇ。その珈琲は俺が奢るよ」

 狐顔の声にも、彼の表情は晴れない。ブスリと黙り込んだまま、お冷とおしぼりをカウンターから離れたボックス席に運び、そこに座り込む。

 僕たちは肩を竦めて、そんな崎山さんを眺めていた。


 僕は淹れたて珈琲を彼の前に運ぶ。いつものように珈琲ミルクは多目に付けておく。崎山さんは舌打ちをしながら、僕を睨み付けた。

「おい、アイリンは幸せだって言ったんだな?」

「へ? はい、確かに言ってました」

「……そうか」

 そう言ってフニャリと笑う。いつもの柄の悪さが何処かに消えてしまったようだ。


 きっと本物の足長おじさんも笑うと、こんな表情を浮かべるのだろうな。目の前にいるのは胴長おじさんだけど……




 国際電話が入ってから三日後。


 ガラガラガッシャーン!!!


 扉に付いたカウベルを叩き落としそうな勢いで、崎山さんが二人のフィリップィーナを引き連れて入ってきた。今まで見たことのない二人組である。アイリンさんとお別れして、あんなに凹んでいた姿は何処にもない。バッチリとメイクを決めた彼女達とも同伴なのだろう。僕を見て彼が陽気な声を上げる。

「おーい、新入。『Pトー』と『エス』。それから『ミックス』ね。ん? 後『ココア』と『アイミ』と…… 『パン屋の旦那』も頼む」


「はい!」


 僕は苦笑いしながら、『ぜんざい』と伝票に書きつけた。

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