白いもの 圧倒される平等なやさしさ

金時まめ

〜白いもの 圧倒される平等なやさしさ〜



冬が始まる。もうすぐ雪に覆われる。

世界の輪郭が、少しずつ淡くなっていく。

羽織る物が増え、肩を縮こませて歩く。


でも。

それはそれは、とても美しい季節の始まり。




小学生の頃。

わたしは学校へは朝早くに行くタイプではなかったけれど、秋と冬だけは違った。


朝早く学校へ行く理由 “秋編”

それは ―― 道路の端に溜まった落ち葉を踏むため。

かしゃかしゃ くしゃくしゃ

あの、落ち葉を踏み締める感触がとても好きだった。


朝早く学校へ行く理由 “冬編”

それは  ―― 霜柱を踏むため。

わたしが生まれ育ったところは、2年に一度くらいのペースで雪が降る、そんな地域だった。

小学校からの帰り道、土の上の小さな水溜りを見つけると、「お!」と、翌朝の“霜柱チェックポイント”を見つけながら帰った。


寒いのが大の苦手のくせに、小学生のわたしには秋から冬は

足で感じる体感が楽しく、銀杏の黄色さや雪の白の美しさという、目で見る美しさを感じる、そんなわくわくする季節だったのかもしれない。


だから、真っ白い雪は憧れそのものだった。



幼稚園の頃、雪が降った日。

いとこと家の前の雪をかき集めて、小さな雪だるまを作った。

家の冷凍庫に入れて、日々、その雪だるまを眺めていた。

冷凍庫から出したら溶けちゃうし、でも眺めていたいし、冷凍庫をずっと開けてたら、お母さんに怒られるし…。

どうしたら、このかわいい雪だるまをずっと眺めていられるのか、幼稚園児には難問すぎて答えが出なかった。スマホもない時代だったし。

だんだんと、丸がふたつだった雪だるまは、一つの氷の塊になっていった。


そんな、手のひらに乗るような、小さい雪だるまさえも宝物になるくらい“雪”は憧れのものだったのだ。



小学生になって、雪が降った日のことを覚えている。

小学校では、冬になると大きなストーブがどんと教室の真ん中に設置された。

“その日の最高気温が10度以下”にならないと、教室のストーブを点けてもらえなかった。

毎朝ニュースの天気予報で、最低気温を確認した。

朝、担任の先生が大きなマッチの箱を持っているか持っていないかで、一日の快適さが左右された。“先生の手”がわたしたちの冬の朝の、一番の注目の的になった。

その手に大きなマッチ箱が手にされたある日、雪が降った。


もう授業なんかそっちのけで、

2時間目と3時間目の間にある“25分休み”に、校庭に飛び出す心構えだけを整える2時間目だった。


チャイコフスキーの“花のワルツ”が25分休みの合図だった。


それっと、花のワルツの優雅な音楽に漂いながら校庭に飛び出した。

真っ白な雪の中、誰も足を踏み入れていない雪を踏む、雪玉を作って友だちと笑い合いながら雪合戦をする…。

そんな想像をしながら…。


でも。

そんな素早い子どもではなかったわたし、花のワルツに後押しをされ軽やかに飛び出した、その先。

わたしが目にしたのは、


たくさんの児童によって荒らされた様子。

踏みつけられまくった校庭。

長靴の跡しか残っていない。

そんな、ただのドロドロのグラウンドの景色だった。


友だちとがっかりしながらも、それでも飛び出していった。

どこかに雪は残っていないか、探しまくった。

その中で、唯一残っていたのが“鉄棒の上”だった。



鉄棒の上の雪を、右の手のひらの、小指側でスーッと集めた光景を今でも鮮明に覚えている。

雪に触れられることは滅多にないから、手袋を外して、神聖なものを手に取るように、静かにゆっくりと集めた。

白くて冷たくて、図鑑で見た雪の結晶を見ようと一所懸命に目を凝らしたけど、見られなかった。(マイナスじゃないと、それは無理)


何年経っても、

あの儀式のように、鉄棒の上の雪を掬った景色を思い出す。



そんなわたしは、今 雪国に住んでいる。

今年はもう初雪も終わった。

まだ積雪はしていないけど、もうすぐそんな雪に覆われる季節がやってくる。


大人になってからの、雪国での雪はそんなきれいでかわいいものじゃない。

雪かきは重労働だし、

移動に時間はかかるし、雪道の運転は怖いし。


雪の降らない地域で生まれ育ったその期間より、この雪国で暮らしている期間の方が、人生の中で圧倒的に長いというのに、

雪に悩まされることも多いというのに、

いまだに、あの“鉄棒での儀式の神聖さ”を思い出して、雪が嫌いになれない。


しんしんと、音もなく降ってくる、羽毛のような美しさ。

真っ白な雪原のようになってしまったお庭に、“何か小動物”を感じさせる足跡。

空を見上げると、電線にまで雪が積もっていて、あの日の鉄棒の上の雪を思い出させる。


大きな屋根の上にも、空の電線の上にも、細い枝にも。

雪は満遍なく降り注いで、

雪の平等なやさしさ、白の世界の美しさに圧倒されたりしている。



もうすぐ雪に覆われる季節。

連日の雪かきで、ああもういや、と思う日がきても。

この白を思い出そうと思う。

あの日の鉄棒の上で掬った、

世界のいちばん小さな平等を。



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