死後の世界
散々犯人に痛めつけられて死んだ私は、気が付くと何もない白い空間に横たわっていた。暑くも寒くもない、静かな空間。異質で、気味の悪い空間だ。頭が本能的に「現世じゃない」と私に語り掛ける。
「いらっしゃい」
誰かが私に声をかける。何もない空間だと思っていたので、急に現れる人の気配に驚いた。声のする方を向くと、これまた白色のカウンターが見え、そこにちょこんと座る背の低いタッセルボブの少年。私よりもずいぶん幼く見える。小学生くらいだろうか。
「君は死んでしまったんだ。17年間、お疲れさまでした」
目を閉じて、軽く礼をする。直ったかと思うと、分厚いファイルを出してページをぺらぺらめくっていく。
「えーっと、君は門出紗良で間違いないよね?」
「そうですけど…あの、死んでしまったって…」
「ああ」
手慣れたことなんだろう。一切動揺せず、ついさっきもしましたよと言わんばかりの澄まし顔で答える。
「君は…他殺だね。快楽犯に殺されて、そのまま死の世界へ一直線。きっと覚えているはずだ」
痛いほど覚えている。あんな経験、もう二度としたくないし、思い出したくもない。思い出すだけで吐き気がする。少年は察したのか、「無理に思い出す必要はない」といった。
「要するに君は人に殺されてここへ来たというわけ。で、そんな君には生き返る権利がある」
生き返る権利?もう何が何だかさっぱりわからない。
「どういうこと?全くわからない」
「君は君を殺した犯人から恨まれていたわけでもないし、自ら選んだ死でもない。不本意な死を遂げたというわけ。そういう人はもう一度人生をやり直せる」
「そういうことじゃなくて。そもそも生き返るって何?もう一度私になって生きていくの?何にもわからない」
私が詰め寄ると、少年は困った表情をした。
「そういわれてもねえ、受け入れてもらうことしかできないんだよねえ…。とにかく君はもう一度人間になれる。でも、門出紗良にはならない」
「別の人になるってこと?」
「そういうこと」
口角を少しだけあげて、少年はそういった。
「そうだ。今なら」
厚いファイルをめくりながら、少年は別の話を始めた。
「君の彼氏さんと近いところに転生させてあげるよ」
■■■の近く?じゃあ、まさか、そんな…。
「残念ながら、彼も死んでしまった」
表情から察したのか、いかにもな暗い顔でそう告げられた。
「すでに少年は新たな人生を―奥田弘としての人生を歩み始めた。君が彼と一緒にいたいなら善処する」
ファイルを私の前にもってきて、男の写真を指で二回つつく。外見は違えど、■■■は■■■なのだ。もう一度、今度は誰にも邪魔されず、幸せになれるかもしれない。
「そうして」
私がそれだけ言うと、待ってましたと言わんばかりに自分の座っている椅子を回転させ、パソコンに何か打ち始めた。
「ほんとはこんなことできないんだけどねー。お姉さんだけ特別」
マウスを操作して、画面に近づいて作業をしながら少年は呟く。少しした後、「できた」といって私の方を向いた。
「じゃあ、君は今から新しい人生だ」
相変わらず脳が混乱する、見た目からは想像もつかない大人びた態度。私は、最後に一つだけ質問をした。
「なんで特別なことをしてくれたの?」
「人間、かわいい人を見たらなんかしてあげたくなるもんだよ。もっとも僕は天使だけどね」
「なにそれ、おっさんみたい」
「へーへー、おっさんで構わないよ」
思わず呆れて笑ってしまう。
「ありがとね、おっさん」
「ん。ま、これが僕の仕事だから」
少年はそういうと、最後に「転生したということ、ほかの人には話してはならないよ。もし話してしまうと、君の存在は抹消されるからね」と言って、私に手を振った。直後、私は疾走感を感じて、視界が眩んだ。
目覚めると、朝だった。見慣れた布団、見慣れた天井、そして、初めて見る、私の寝顔。信じられないことに、私は私のお母さんに転生したみたいだった。隣では幸せそうに‘‘元わたし‘‘が眠っている。今日からいきなりお母さん。でも唯一救われているのは、子供が私だから幾ばくか育てやすいはずだということだ。
カレンダーを確認する。2015年、1月4日。実に10年も前に来てしまったようだ。でも、驚きはしなかった。どちらかというと、少年の言っていたことは正しかったんだと納得した。
「紗良ー、起きて、朝だよ」
自分で自分を呼ぶというのは、何とも歯痒かった。こっぱずかしさも感じた。
「んー…」
眠気眼の私が小さい手で目をこすって、ぼーっとトイレに向かっている。客観的に見た私ってこうだったんだと、さらにこっぱずかしくなった。私の顔をしてなければきっとかわいいんだろう。
私を着替えさせ、学校へと送り出す。その後、私も支度をし、スーパーへと向かう。母は日中ずっとここでパートをしていたらしい。私を育てるためだと思うと、思春期に強く当たってしまった当時の自分の行動が悔やまれる。と同時に、あと10年もすれば、紗良は私にあたってくるのかと思うと嫌気がさした。どれだけ頑張っても、きっと彼女には伝わらない。母親の苦労を、とても珍しい状況で実感した。
家に帰ると、すぐに別の服に着替える。また別の場所で仕事だ。今度は酒屋でのパート。ほぼスーパーと変わらなさそうで一安心した。
そして私は思い出す。小さい頃、母の仕事が忙しかった私は託児所に預けられていた。そこまで送らなければならない。今日の予定が書かれた冷蔵庫のホワイトボードを見る。そして、おもわずは?と声が漏れてしまった。
託児所、まさかの今日休みなのだ。どうしよう、小学校低学年に家で一人で留守番はあまりにも危険すぎる。かといって酒屋に連れて行くわけにもいかないし…。途方に暮れていると、紗良が帰ってきた。
「おかえり!」
紗良に返事をして、外へ出る。そしてその瞬間、目を奪われる。
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生きがい。 れいとうきりみ/凪唯 @Hiyori-Haruka
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