ある日、雨の中。猫を拾った
子供の子
雨ってやつは人間を少し気まぐれにさせる
はじめに断っておくが、俺は人間以外の……もっと言えば人間も含めて生き物が全般的に苦手だ。
いや、人間に関しては別に人間嫌いとまではいかないんだが。
人混みが苦手とか、人付き合いが苦手とかその程度だけれども。
ともかく、生き物が苦手だ。
犬や猫は吠えるし引っ掻くし噛むし、爬虫類は何考えてるかわからないし、鳥類はくちばしで突かれたら数針は縫いそうだし、両生類はぬめぬめしてるし。
具体的にどれくらい苦手かと言うと、動物特集! みたいなテレビ番組が始まるたびに無言でチャンネルを回すくらいには苦手だ。
特別可愛いと思えない。
動物園に行ったのなんて、20年くらい前に親に連れていかれたのが最後だと思う。
そもそも親も動物苦手だし、俺も昔から苦手だったしで当時1歳だか2歳くらいだった妹だけがはしゃいでいたイベントだった。
とまあ、何を長々と動物嫌いについて語っているかと言うと、捨て猫を見つけたのだ。
黒猫である。
多分生まれて間もない……一ヶ月とかそんなもんだろうか。
捨て猫て。
きょうび捨て猫て。
25年生きてきて、初めて見た。
ご丁寧に段ボールの底に毛布が敷かれていて、拾ってあげてください、と。
街頭に照らされた濡れた紙に滲んだ文字で書かれている。
そう、濡れた紙に滲んだ文字。
雨が降っているのだ。
俺は会社帰り。
会社は徒歩で30分ほどの距離にあるのだが、雨の中車を運転するのは雨の中を歩くのより嫌いなので傘をさして歩いていたところ、捨て猫を見つけてしまったというわけだ。
周りを見渡す。
この小さな黒猫を拾ってやろうという親切そうな人間が周りにいないかと。
もちろん、いない。
雨が降っている上に、夜20時。
住宅街ではあるが、特別人通りが多い道でもない。
……とりあえず。
流石に、流石に、だ。
これをスルーできるほど心が死んでいるわけではない。
動物は苦手だが、これをスルーして家についた後に悶々とする時間の方がどう考えたって精神衛生上悪い。
震える子猫が入った段ボールを玄関に置く。
黒猫はここまで鳴くこともなく、力なく震えている。
とりあえず、詳しいやつに聞こう。
「というわけなんだけど、どうしたら良いと思う?」
『すぐ行くから後でタクシー代ちょうだい!』
と、詳しいやつ……すなわち妹の頼もしい返事を得て、それまでの応急措置を聞いておく。
まずタオルで濡れた体を拭いてやり、ある程度拭けたらタオルで包んでやる。
そのタオルを手で包んでやる。
『どうせそれ以上は兄貴じゃわかんないでしょ、着いたら私がやるからとりあえずそれだけやっといて』
とのことだった。
妹は大学生でまだ実家住みなんだが、タクシーを呼んだのならここに着くまでにまあ30分かかるかどうかってところだろう。
……しかし。
子猫というのはこんなに小さいものなのか。
手のひらで包めてしまうようなサイズ感だ。
ドライヤーとか当てなくていいんだろうか。
いや、これだけ小さいとよほど上手く調整しないとドライヤーの風で火傷しかねない。
濡れた体は拭いてやった……とは言え、力加減をミスったらどこかが潰れてしまいそうなほど弱々しいその体を強くさわれるはずもなく、ちゃんと拭けているとは言い難いかもしれない。
妹が到着したのは結局それから20分後(驚異の早さだ、偶然だろうが助かった)のことだった。
「まさか兄貴が猫拾うなんてね」
「俺だってまさかと思ってる」
うちに着いた妹は猫を見るなりタオルで割とがしがし子猫の体を拭いてやって(どこか潰れそうでヒヤヒヤした)、今はタオルで包んだ子猫に家のどこにあったのか持ってきたスポイトでぬるま湯を与えている。
「猫用のミルクがあれば良かったんだけどね」
「この時間じゃもうペットショップも空いてないだろうしな」
手持ち無沙汰になった俺が子猫にぬるま湯を与える妹を眺めていると、
「やることないならコンビニで猫缶買ってきて。子猫用のが良いけど、多分ないだろうから普通ので良い」
「……普通の猫用ので良いのか?」
「見たところ3、4ヶ月くらいだしちょっとずつなら大丈夫。人懐っこい子だし、食べてくれると思う」
3、4ヶ月なのか。
それでこの小ささか。
それにしても、人懐っこい、か。
段ボールに入れられていた時点で当然っちゃ当然だが、元々人間のところにいたのだろう。
……捨てた人間がいるわけだ。
くそったれな話だな。
コンビニから帰ってくると、子猫はだいぶ元気になったのか、家にあったペットボトルの入っていた段ボールの中でみーみー鳴いていた。
子猫って感じの鳴き声だ。
子猫だから当たり前なのだが。
「威嚇……とかはされてない……んだよな?」
「威嚇ではないね。何を思って鳴いてるのかまでは流石にわかんないけど」
買ってきた成猫用のキャットフードをさらに細かく割いて、妹が段ボールの中に入れてやる。
気づけば、おそらくペットボトルをタオルで巻いたのであろう物体も段ボールの中に入っていた。
なんだろう、湯たんぽ代わりかな。
「で、どうすんの兄貴」
「……どうすんのって?」
いやまあ、この流れで聞こうとしてることがわからないわけはないのだが。
それでも考えをまとめるまでの時間稼ぎのつもりで一応聞いてみる。
「飼うの?」
「んー……」
この賃貸はペット可だ。
飼おうと思えば飼える。
「貰い手が見つからなければ飼うしかないな」
「そこで元気になったら外に出すとか行ってたら殺してた」
「流石に言うわけないだろ」
物騒な妹である。
「明日朝イチで病院連れてかないと。兄貴、有給取れる?」
「まあ……取れんこともない」
幸い、先週一番いそがしい時期を抜けた。
むしろ上に代休を取れと言われている。
残業時間自体は大したことないんだが(今月はだいたい10時間くらい)、うちの職場は残業時間が8時間以上貯まったら代休を取れとやんわり圧をかけられるのだ。
もちろん残業代が欲しいならそれを跳ね除けることができる程度の圧だが。
「じゃあ明日病院連れていこう。ぱっと見でノミとかはいなさそうだし、ご飯も水も問題なくとってるから体調も問題ないと思うけどなにか病気とか隠れてるかもだし」
「お前はどうするんだ?」
「一限が外せない。昼過ぎには来れるけど」
「あー、そりゃ迷惑かけたな」
もう夜9時過ぎだ。
ここから家に帰ってあれこれ寝る準備をしても寝る時間はいつも次の日が一限の日より遅くなるだろう。
「いいよ、むしろ兄貴にしては良い対応だったじゃん。まず私に連絡するなんて」
「少なくとも猫に関しては俺の100倍は詳しいだろ」
「1億倍は詳しいと思う」
そして翌日。
その日のうちに再びタクシーで帰っていった妹から朝のうちにLINEでしっかり病院へ連れていくように釘を差され、とりあえずケージなんてないので段ボールに入れたまま病院に連れていく。
病室に入ると、少し歳の行った人のよさそうなおじいさんの先生だった。
俺の顔を見るなり、「よく連れてきてくれましたね」とにっこり笑う。
「いつ、どこで拾いましたか?」
「昨日の20時頃、家の近くで」
「ご飯は食べましたか?」
「食べていました。成猫用のキャットフードと、ぬるま湯を与えてます」
「排泄はありましたか?」
「あったようですが、妹が処理したので私は詳細はわかりません。なにかあれば妹が言っているとは思います」
「吐いたりはしてないですか?」
「私が見ていた限りは」
色々な質問をされ、妹に事前に聞かれそうなことは言われていたので、比較的スムーズに答える。
「うーん、健康状態は問題なさそうですね」
「そうですか、それは良かった」
ほっと一息つく。
ここで病気があるなんてことになればまた色々対応が必要になる。
「お兄さん、この子ですが、このまま飼われますか?」
「うちで飼うかどうかはまだわかりませんが、責任は持つつもりです」
「決まるまで一時的に預かってくれる団体もありますよ」
「……いえ、うちはペット不可でもないですし、大丈夫です」
俺がそう答えると、先生はにっこり笑って、「そうですか」と嬉しそうに言った。
「また1週間後いらしてください」
帰りにペットショップに寄り、先生に聞いたことや妹から聞いたこと、店員にも色々聞きつつ必要そうなものを買い揃える。
車に戻ると、助手席に置いた段ボールの中で子猫は眠っていた。
が、俺が戻ってきた音で起きて、その俺を見るなりみーみー鳴き始めた。
……ふと思い立って、手を差し出してみるとぐりぐりと頭を擦り付けられた。
よくよく聞いてみるとぐるぐるぐるぐると唸り声のようなものをあげている。
怒っている……わけではなさそうだが、なんだろうこれ。
猫が甘えているときに鳴らすゴロゴロ音があるようだが、それがこれなのだろうか。
昨日の今日だぞ、お前。警戒心はないのか、警戒心は。
家に着く。
「おかえり。どうだった?」
既に妹がいた。
「どうもこうも、どうもなかった。健康状態に問題なし」
「そりゃ良かった。ねー、こっち来て見なよ」
と。
台所の方に向かって妹が声をかける。
するとその方向から母親が出てきた。
いやまあ、玄関に靴があったのでいるのはわかっていたが。
母がここに来るのは、引っ越す時に手伝ってもらって以来だ。
「ふーん、黒猫なんだ」
と言って。
特になんの警戒をする様子もなく、母は子猫に人差し指を差し出した。
昨日、妹から頭の上から手を出すと怖がられると聞いていたので俺は知っていたのだが、母もそれを知っていたか妹から聞いていたか、ちゃんと目線より少し下になるくらいの位置で。
「小さいねえ、可愛いじゃん」
……え?
今、母さんが可愛いって言ったのか?
「でしょ~?」
妹が満足げに頷く。
「母さん、猫嫌いなんじゃないのか」
「嫌いだったけど、こんな可愛いの見たら可愛いって言うでしょ」
「ええ……」
妹があんだけ泣き喚いても両親ともに頑なだったのに。
「見れば陥落すると思ってたんだよね。パパも絶対そう」
「というかパパに拒否権ないよ」
母がさらりと残酷なことを言う。
可哀想に、一家の大黒柱。
……拒否権ってなんに対する拒否権だ?
「ママに決定権あるもんね。というわけで、兄貴。この子はうちで飼うことになりました」
「ええ……」
「あれ、もしかして兄貴もしかして自分で飼いたかった?」
「いや、とりあえず貰い手は探すつもりだったけど……」
まさかこんなあっさり見つかるとは。
「兄貴、一人暮らしだし。うちで飼ったら常にママか私はいるからね」
「それは別に良いんだけど、あっさりしすぎじゃないか? 母さん、本当にいいのか?」
「別に良いでしょ。お父さんもこの子見たら嫌とは言わないわよ。そういえば名前とかあるの?」
まじかよ。
「名前とかは別に決めてないけど……」
「あんたが連れてきたんだからあんたに命名権があるんじゃない?」
と、母さん。
「でも兄貴、センスない名前つけそう」
と、妹。
センスのある名前ってなんだよ。
「…………」
子猫がこちらを見上げてみーみー鳴いている。
何を考えているのやら。
「……クロで」
名付けのセンスは、やっぱりなかった。
俺が子猫を拾ってから、半年が経った。
「あれ、兄貴。また来たの?」
「悪いかよ」
妹と実家の玄関前で鉢合わせた。
ちょうど大学帰りだろう。
「ちょっと前までは正月も帰ってこないくらいだったのに」
「別に帰りたくなくて帰ってなかったわけじゃないしな」
なんとなく家でだらだらしてただけだ。
特別両親や妹と不仲だったとかそういうわけではない。
「それが今や一週間に2回は帰ってきてるよねえ」
「クロが寂しがるといけないからな」
「実際、一番一緒にいる時間短いのになぜか一番兄貴に懐いてるからなあ」
「良さがわかるんだよ、クロには」
「人間には伝わらないからいつまで経っても彼女ができないってこと?」
「しばく」
「暴力はんたいでーす」
家に入り、居間に続く扉を開くと黒猫が飛び出してきた。
半年前に比べたら随分大きくなった。
しかしまだまだ子猫と言えるサイズなんじゃないだろうか。
あの時のように触れたら潰れてしまいそうなほどではないが。
拾った当初は3、4ヶ月でこんなに小さいのかと思ったが、逆に今はたった半年でこんなに大きくなるのかと思う。
喉をぐるぐる鳴らしながら、しきりに俺のすねに頭突きをかますクロ。
これ地味に痛いんだよな。
ズボンが毛まみれになるし。
「なに、また帰ってきたの?」
ソファの方から母の機嫌の良さそうな声が聞こえてくる。
俺はその場にしゃがみこみ、クロの喉元を撫でた。
その場にクロがごろんと寝転がる。
「クロに会いに来たんだよ」
ある日、雨の中。猫を拾った 子供の子 @kodomono_ne
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