第51話 暇つぶし3
「起きろホーク、魔獣が出た」
早口に焦るカイトの声で目を覚まし、俺はそばにおいてある剣を手に取りまだ少し眠い目を瞬かせた。カンカン!と鐘の音が響く。何かあったときはこの小屋に鐘の音がなる仕組みらしい。仮眠から起きてきたバンリさんたちが隣の部屋から飛び出してきた。一緒に農園に出ると、確かに異常な大きさの猪たちがあたりを囲んでいた。魔獣であると間違いないのは、俺の耳につけている魔力感知の魔導具が眩しく光っているからだ。
「暗いね、私の光魔法で照らしてあげる!」
ミクさんが短い詠唱を終えると真上に小さな太陽みたいな光球が現れた。すぐに俺達の周りは昼間のように明るくなった。
「あの一番大きな猪を狙って下さい」
カイトの指す方に目を向ければ、俺達の背丈よりも大きな赤い猪が唸っていた。
ミクさんが火魔法の豪火球を投げつけると、毛皮に火がつくがごろごろと周囲の木をなぎ倒しながら転がり消火しようとする。ジュドーさんの風魔法と水魔法は切り裂いたり凍らせたりするものが多いが、分厚い肉が邪魔をして深手を負わせるには行かなさそうだった。
「私が抑えておきます」
唯一攻撃の魔法が使えないバンリさんだったが、重力を操る闇魔法はその巨体も抑え込んだ。必死に抗おうとするが、バンリさんの尽きない魔力の前には敵わない。足を折って丸まるように地面に沈んで行くその姿を見て、バンリさんは俺の方を振り返った。
「ホークさん!!」
声をかけられて、留めを刺さなければ、とその頭部を狙う。頭にも強力に魔力をかけてくれたので、かけ登れるような角度で猪の頭は下げられた。
眉間に大剣を突き立てると、しばらく痙攣をした後に巨大な猪は体を弛緩させ、だらりと手足を地面に投げておとなしくなった。
「これが一番大きな猪みたいですね」
周囲の中型の魔獣をジュドーさんが風魔法で切り裂いていく。大きくなければ敵ではないと言う風だ。魔獣が暴れてガタガタになった地面を、土魔法が得意なカイトが平らにしていく。カイトなら大丈夫だろう、と他の中型の猪を退治して行っていれば、ミクさんの火魔法とは違う雰囲気の爆ぜるような音がして驚きそちらを見やると、先程の巨大な猪よりも更にひと回り大きなものがいた。なんだあれは。
耳につけた魔導具が痛いくらいに熱を持つ。赤い巨大な猪は、火魔法を放つのか……!カイトが肩を抑え蹲っている。
「カイト!!」
「僕はいい、その魔獣を早く!」
カイトは猪から距離を取り、瞬時に土魔法で壁を頑丈な作る。土魔法の使い手はあまり周りにいないが、守りに関してはかなり心強いはずだ。
先程と同じようにバンリさんが闇魔法をかけるが、なかなか今度は手強く、ジリジリとこちらに向かって来ようとする。体は自由が効かないが、猪の頭部に大きな火球が渦巻いていく。火魔法を投げる気だ。ジュドーさんが水魔法をぶつけ、相殺させようとしてもあちらも諦める様子がない。頭に火球があれば俺もそこに剣を突き立てるのは難しい。
ツーラ国での港への道中で会った魔獣は大型の兎や蛇くらいで、仕留めやすかったがやはりソアの獣は強すぎる。
「ジュドーさん、そのまま水魔法で、抑えてて、下さい」
バンリさんが両手を魔獣に向けると、闇魔法が目に見えるのか、黒い靄が獣の体を包んでいく。更に重力をかけようと言うのか、と思えば骨がきしむ音が響き、最後には口から血泡を吹いて猪は事切れていた。
バンリさんは珍しく消耗したのか、回復が追い付かなくはぁはぁと肩を上下させて息を整えている。
「いつもは体を重力で抑え込んでましたが、猪の体の骨を重たくして、内臓に突き立てました」
「なるほど……」
「体が大きいから、コントロールがうまく行かなくて、すいません……。あ、そうだ!」
バンリさんは蹲るカイトに駆け寄る。猪に不意を突かれて肩が引き裂かれている。バンリさんの治癒魔法で即座に傷は塞がり、カイトは息を整えると土魔法の壁を解除して立ち上がった。
「小物は逃げたようですね。皆さん、ありがとうございます。魔獣の後処理は置いといて、小屋に行きましょう」
「うん……」
泥まみれになった体を引きずり、一同小屋にへろへろになって転がり込むことになった。
一応農園の小屋にはシャワールームだけはある。女子たち(俺以外)はみんなで駆け込みばしゃばしゃと楽しそうな声が聞こえた後に、俺が入り、最後にカイトが汗を流してみんなの待つリビングに戻ってきた。
「つ、疲れた〜!ソアの国の魔獣強すぎるし、でかい!」
「はい……あんなに大きいと思っていませんでした。私の風魔法で切り裂けなかった……」
ミクさんとジュドーさんがしょんぼりする中、またカイトはテーブルの一家の主人が座る位置に腰を下ろし、パン、と手を叩いた。
「あなた達の実力はよく分かりました。このまま発掘場に行けばまず死ぬ。魔力が見事に高いので、行けると思いましたが勉強不足にも程がある」
え、もしかしてこれって俺達のテストだった!?呆気にとられる一同の顔を見て、カイトは順に語りかけた。
「先ず、ミクさん。火魔法は強いが大きいものばかり投げようとする。魔力が尽きるのでコントロールを身につけたほうがいい。体に投げつければいいというものではない」
「はあい……」
「ジュドーさん。使える魔法の種類が少ない。風や氷を刺す術もある。新しい魔法を学ばなければならない」
「はい……」
「そしてバンリさん。貴女は無尽蔵の魔力を持っているが出し惜しみしている。暴発してしまうのを恐れているなら、貴女もコントロールの練習が必要だ」
「はい」
「で、ホークは、その姿になって力が弱くなっているが、前よりも小回りはきく。戦い方を変えたほうがいい」
「それは思ってたよ……」
みんな自覚があったことを指摘されて意気消沈するが、カイトは、ふ、と愉快そうに鼻を鳴らす。
「しかし言い換えれば、こんなに才能に溢れた者たちが一同に会するのは稀なことだ。きっと、育てれば王宮の兵士団が万で襲っても敵わなくなるだろう」
みんなは褒めのターンが来た!?と顔を上げると、更にカイトは笑顔で続けた。
「では、王都に戻ってからは毎日午前中は魔法の訓練場に通って頂きます。きっと発掘場に潜る頃には皆さんは最強の魔法使いになっていることでしょう」
「ええー!学校みたいなとこ!?」
「ミクさん、まあ、そういうことです」
にこ、と穏やかな笑みを向けてくるが皆は顔を顰めている。バンリさんは息を吐いてカイトを真っ直ぐに見つめると「分かりました」とはっきりと言う。
「私達が魔力が高いだけで、使える術が少ないことも、コントロールが下手なことも分かっていました。この先々のために、よろしくお願いします」
「私も……」
「ハイハイ、私もやりますよ!」
続けてみんなが了承して、カイトは演技ではなく上機嫌になった。こいつは学生の頃から、才能のある人間を見つけると実に嬉しそうにするのだった。
「ホークも兵士の訓練場に通ってもらう」
「ていうかさ、お前だって怪我したくせにさ……」
「まあ、僕に頼られては困るからね」
わざと負傷したのか……。そういうやつなんだよな。やる気に満ち溢れたバンリさんの顔がスン…と無になる。カイトと会ってから、バンリさんの表情がかなり豊かになってきたのはいいことなのか悪いことなのか俺にはまだ分からない……。
八百比丘尼、異世界で放浪スローライフ アジ @eieino
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