10 婚約破棄、或いは無効でお願いします⑨


「ロサ姉さま‼」


 金色のヒヨコ――第三王子ヒョルス殿下が、従者の制止も振り切って、黒塗りの馬車から飛び出して来た。


 駆け込んで来て、私の胸に飛び込んだ。

 私の小さくはないが大きくもないバスト、西洋人ベースな人種のわりにはどちらかと言えば小さいかもなお胸なので、特には気にならないのだろう。

 姉さま姉さまと小さく連呼しながら、震えるまだまだ少年らしい細身の身体で、必死に私にしがみついている。

 怖かったよね。プロの戦闘集団に襲われたんだもの。


「オーリーが、オーリーが、僕のせいで⋯⋯」


 オーリーと言うのは、ヒョルス殿下の護衛騎士の一人で、確か、近衛騎士から選抜された、東部の伯爵家の次男だったかしら。


「怪我をされたの?」

「……うん」


 ざっと見渡すが、捕縛された傭兵、私の護衛聖騎士と話している殿下の護衛騎士、怪我をしてメルディに手当てを受けている殿下の護衛官。

 その中にオーリー・ベルクソン卿は居なかった。馬車の中かな?


「どうなったのか、わからないんだ。アルダー子爵家のマルフに斬られて、馬から落ちたのを見たのが最後で、追いついて来てないの。動けないだけならまだ良いけど、もしかしたら…… 僕のせいで、オーリーが……」

「きっと大丈夫よ。ね? 落ち着いて」


 気休めを言うべきではないかもしれない。

 でも、こんなに震えて自分のせいだと責めるヒョルス殿下をこのままにもしていられない。


 ヒョルス殿下を抱きしめて背を撫でながら、側に来たリックを見上げる。


「今、確認出来ました。かなり離れた場所ですが、木陰で座り込むオーリー・ベルクソン卿を見つけました。四肢も揃ってますし、制服が血に染まっていますが辺りが血溜まりにってほどの出血でもなさそうですから、自身で治癒魔法を使ったのではないでしょうか。体力・魔力共に消耗して動けないのだと思われます。今、護衛官のひとりが救助に向かいました。そのまま彼を王都の騎士団の治療院に護送するそうです」


 リックのまわりを、風の精霊が飛び回っている。らしい。見えないけど。たいして風も吹いてないのにリックの髪がサラサラと靡いたりしてるから、そうなのだろう。その精霊が現地へ飛んでいって見たものが、視界を共有するリックに伝わるそうで。


 風の精霊の加護を受ける魔法が使える人は、特に自由民冒険者はなるべく早く覚える、便利な魔法らしい。似たものに、動物や魔獣、妖精や魔物を使って視界を共有する魔法もあり、獣使い系・召喚系の魔法がある。

 そういう魔法が使えると、斥候とかいなくても便利だよね。

 ガルシアも、鷹や梟などの鳥と視界を共有して索敵や周辺の哨戒・探索するらしい。羨ましい。


「よ、よかっ⋯⋯た。僕が我が儘を言ったから、オーリーが死んでしまったのではないかと思ったら、怖かった」

「うん。良かったね」


 ぶら下がり令嬢ほどの豊かさはないもののそこそこ(と思いたい)胸に埋めていた顔を上げ、ヒョルス殿下が泣き笑いの表情かおを見せる。


 顔を赤くして私から離れ、私の護衛騎士達に向かって頭を下げる。


「皆様にはご迷惑をおかけしました。ロサ姉さまにも危険な目に遭わせるところだったと反省しています。本当にありがとうございました」

「え、ちょっと、ヒョルス殿下? 王族が簡単に頭を下げちゃダメでしょ?」


 慌てて止めるも、きっぱりと言う。


「いいえ。ロサ姉さま。王族だからこそ。民のために働かなくてはならない王族で、僕らを護って身を削る騎士達には、感謝を忘れてはならないんだ。そして、僕が浅慮だったから、みんなを危険な目に遭わせてしまった。それは、反省しなくてはならない事なんだ。繰り返してはいけない事なんだ」


 私に言っているというよりは、自分に言い聞かせて戒めるためのような言い方だった。


「殿下の謝罪は受け入れます。そして、繰り返してはならないと学ばれたのであれば、それでいいのです。あなたのために危険の中に身を置く護衛官達を大事にしてやってください」


 ガルシアが私の護衛騎士を代表して応えた。

 ヒョルス殿下は頭を上げ、神妙で何かを堪えるような表情かおで、大柄なガルシアを見上げる。


「はい。肝に銘じます」


「で、これからですが。殿下の護衛官は二人減り、近衛のお坊ちゃん二人と非戦闘員と言っても過言ではない従僕とになって、更には、南部貴族に殿下が狙われている可能性が高く、とても安全を担保できるとは言えない状況です」

「⋯⋯はい」


 リックの確認の言葉に、ちょっと泣きそうなヒョルス殿下。


「ここから王都に戻るにも先に進むにも、このままでは防御の手が足りないでしょう」

「⋯⋯⋯⋯」


 先程のアーベンの姿と重なる、悔しさが透けて見えるヒョルス殿下。


「幸い、殿下の目的地は我々の進行方向と同じで、こちらには、魔法も使えて剣技にも自信があり個々が一騎当千と自負する、聖騎士が四人と神聖魔法と属性魔法が得意な神官騎士が二人おります」


 ハッとした表情かおで、リックを見上げるヒョルス殿下。まだ少年なのに、王族というお立場が、分別ある青年のような対応を求められる。お労しい。


「どうでしょう? うちのお姫さまは、まだ道程の三分の一も来ていないのにすでに馬車旅に飽きて退屈なご様子。何度言っても窓の外に身を乗り出して騒ぐのですが、殿下が同乗して、高貴で大人な態度というものを、手本を見せて差し上げてくださいませんか?」


 リックの笑顔が、配下の小天使達に課題を出す三対六葉の翼の大天使のそれのように見えた。


 

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2025年12月9日 07:07
2025年12月10日 07:07

奉仕させられるだけの名ばかりの聖女も傍若無人な婚約者も必要ありませんので、隣国に逃げますので、追いかけてこないでくださいね ピコっぴ @picoppi_pen

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