第29話 平穏は浜で死にました

 夕食後のリビングには、拓とフィナの二人だけがいた。落ち着かないことが最大の欠点の住居だが、それでもプライベート空間であることには変わりない。というより、気を無理やりにでも抜かないと眠ることすら困難だ。


 よって、気分を無理やり変えることにした。


「たっく。あの女、俺に嫌がらせするためだけにこんな提案したんじゃないだろうな」

「仮にそうだとしたら随分と身体からだを張るものだ。いささか以上に不合理なのではないか?」


 部屋に備え付けてあった画素のやたら豪華な最新型テレビは、古臭いゲームでも異常にくっきりと滑らかに描画する。


 対戦モードでフィナをボコボコにする気だった拓は、何故か逆にボコボコにされていた。どうも隔絶した実力があるようだ。


「……ゲームが上手すぎないか? つい最近目覚めたばっかりなのに」

「人間の作った道具を操ることは得意なのだ。一応言っておくと、これは本当にただの特技であって、呪術的ななにがしかは一切不使用だぞ」

「……あとで二人がかりで洗美をボコってやろう。ちょっとくらい吠え面かかせたいし」

「かまわんが……さて。いつ出てくるやら。女の入浴は長いぞ?」


 洗美は着替えのパジャマを携えて、さっさと入浴に行ってしまった。行くときにはやたらと『覗くな』と厳命していたが、そんなことをするのは洗美のことを知らない者か、知った上で死にたいヤツだけだろう。


 とはいえ、それは洗美の艶姿あですがたにまったく興味がないことを意味しないのだが。まったく想像もしないし、昂ぶりもしないと言えば嘘になる。


「……我が女の入浴と言った途端にちょっと興奮したな? キモいぞ」

「ばっ!?」


 フィナによる急な罵倒と冷たい視線に心を抉られた。ついでにゲームでも無惨に撃墜されてしまう。


「こっ、こここ興奮とかしてねぇよ!」

「我が読めるのはあくまで記憶であって、そのときの感想や感情まで含めたは読めないのだが。それはなにも耳と目で感じたことしか読めないというわけではない。触覚や味覚や嗅覚も含める。触覚さえわかれば、貴様の鼓動が速くなったことも当然筒抜けというわけだ。表情に出ていなくともな」

「趣味が悪いぞ大怨霊! 家の中でまでそんなもん読むなよ!」

「しかしあやつ、脱いだら凄いだろうなぁ。なにしろ服の上からではわからないくらい胸の中身がみっちみち――」


「セクハラよ」


 バチンッ、という電撃でも弾けたような音がリビングを駆け巡る。


「ぎゃんっ!?」


 なにが起こったのか一瞬理解ができなかったが、すぐに彼女の姿と構えを見て理解する。


 洗美がフィナの後頭部を思い切りデコピンしていた。たかがデコピンとは言え、音から判断するにちょっとしたビンタ以上の威力は出ていそうだが。実際、フィナは頭を抑えて悶えている。


「戻ってきてたのか!?」

「気付かなかったようね。あなたたち、ゲームとお話に夢中だったようだし」


 拓の驚きの言葉に、軽く呆れた顔で洗美は返した。


 あまり顔には目がいかなかったが。ついさっきまで胸の話をしていたのもあって、拓の視線は泳いでいた。


 動揺もあるが、衝撃だったからだ。制服以外の服装というだけで、魅力の質というものは大きく変わることを実感する。


 淡い青のパジャマはゆったりとした構造にはなっていたが、それでも中身の身体の主張を完全に封殺するほどではない。


 体格に見合わない凶器が内側から胸部を盛り上げて、完全に無視をすることは不可能だった。


(い、いけない! このままじゃ俺もデコピンの刑だ! なんとか顔に視線を上方修正しなければ!)


 とは言え、目線を上に向けたところで、である。

 普段は恐怖が先行して意識しないだけで、洗美はとても美しい。それが風呂上りの上気した肌と、ドライヤーによって乾いたばかりのしっとりとした髪も合わされば、興奮の質が変わるだけで目に毒なのは変わらなかった。


「……なによ?」

「ハッ!? い、いや別に!? なんで俺は今ぼーっとしてたんだろうな!?」

「私が訊いてるんだけど。あなたひょっとして私のこと好きなの?」

「はあっ!?」


 直球かつ直線の質問を叩きこまれて、もう息つく暇もなかった。


「なっ、ななななな、なにをこっ、ここここ根拠に?」

「前にあなたの能力を検証したときにドキドキしてたみたいだし。今も顔真っ赤よ?」

「いやーーー! あっちーなこの部屋! まだ春なのになッッッ!」


 下手かつベタすぎる誤魔化し。こんなもので会話を切り替えられるものだろうか、と拓本人も思う。


 だが意外にも洗美はあっさりと追及を翻した。


「……風呂上りだからよくわからないのだけれど。そうなの?」

「我に訊くな。烏の死体ぞ? あー、もう。まだ後頭部がじんじんする……」

「あ、あれ……」


 どうもこの追求自体、あまり本気でされていなかったらしい。冗談ではないが、からかってもいないしイジメてもいない。


 本人の自認としてはおそらく『気になったから訊いただけ』といった軽いものだろう。


「……」

「……どうかしたの? なにか微妙な顔になっているけど」

「いや。なんでもない。助かったし」

「……? まあいいわ。それ面白そうね。コントローラーは用意してるから私も参加して――」


「……待て」


 フィナが、急に眼光を鋭くして二人を制した。


「あ? どうしたフィナ。デコピンされたからって怒って除け者にしようとしてんのか?」

「あら、酷いわね」

「……そうではない。学園の方角で、なにか……いや確実に学園の敷地内だな」


 フィナは立ち上がり、眉間の皺を深くする。声の調子も緊張感が滲み、明らかに尋常ではなかった。


 雰囲気がおかしくなってくる。先ほどまで、歪とは言え団欒だんらんとしていたというのに。まるで野生の肉食獣の接近に気付いたかのような静かな危機感。


「……小僧、それと生徒会長。今すぐに学園に行くぞ」


 質問の挟む余地も与えずに、フィナは続ける。


「今日中になんとかしないと、明日死人が出る」

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ファイナル・ゴースト・ピッキング 城屋 @kurosawa

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