第28話 共同生活開始!

「いいか。日本のカレーの強さとは『果てを目指そうとすればどこまでも上に行ける余地』ではない。単純に『カレー愛好家が多いので拡張パーツを手に入れるのが極めて容易』という一点だ」


 拓は語る。自分の料理の腕を誇っているのではない。日本食としてのカレーという料理そのものを誇っていた。


「人は言う。誰が作ってもそれなりのものにはできるから日本のカレールーは偉大なのだと。真理だな。真理ではあるが、これでもまだ足りない。カレーを支える残りの神髄とはどこか?


 ……そう。やはりどこまで行っても『後乗せによる拡張性の高さ』に勝るカレーの強さは無いと断言しよう。肉類、タマゴ類、野菜類、果てはスパイスの追加や専用シロップによる辛味の相殺などなど。これがあるかないかでカレーの幸福度は倍近く変わる。


 アレルギーという概念がある限り全人が食べられる料理には決してならないのは残念だが、万人が食える料理として膾炙かいしゃされまくった実績は伊達じゃない。俺みたいな普通の高校生でもカレーは等しく救ってくれたよ。実際美味いだろ?」


 洗美もフィナも答えるのに時間がかかった。


 食べるのに忙しい。喋っている時間がもったいないと感じる程度には、拓の作ったカレーは美味しかった。カレーそのものの完成度が高い、というよりはカレーにトッピングされたトンカツやら温泉タマゴやらまで含めての逸品。


 究極のカレーを作る必要はない。カレーそのものの幸福度を拡張するという設計思想に徹底してこだわった消え物の芸術品だった。


「くっ……なにをいきなり語りだしておる、とツッコミを入れる気すら失せる。本当に美味いなこれは」

「ええ。正直言うとあんまり期待してはいなかったのだけど。ていうかこのトンカツも美味いわね。昼ご飯と二連発でトンカツ食べたことが記憶から吹っ飛んじゃったわ。どこの?」

「俺の家の近所の肉屋。カレーに合わせるならコレしかないなって。柔らかくてスプーンで力を入れれば問題なく切断できるだろ? あの執事さん、黒海くろうみさんって言ったっけ。頼んだら買ってきてくれたよ。買い物終わったらお礼を言う暇もなくどっか行っちゃったけど」


 拓は回想する。料理でもして待て、と言われた後は買い物に出かけようとしたのだが。それを静止して黒海と名乗る執事が、必要なものをすべて買い出してくれた。


 単純に、軟禁状態を維持したかっただけかもしれないが運搬するには結構な量だ。礼はしなければならない。


「……下拵えの全力さね。この柔らかさの正体は。ちょっと顔出してみようかしら」

「頼むから『気に入ったから全部ちょうだい』とか言わないでくれよ。俺たちの買う分がなくなる」

「しないわよ。いくら大家族だからって」

「冗談だよ。はははははは」

「うふふふふふふふふふ」





「冗談じゃねえんだわッッッ!」


 全力で現実逃避しようとしたが、無理だった。あまりにも理不尽すぎたので拓はついに絶叫する。


「正しいよ! 理屈は全部! 相手の能力を鑑みるならこの程度の備えはするべきだろうさ! だがいきなり呑み込めるか!?」

「学園からも近いから通学は楽になるわよ。それ以外の立地も最強だし」

「いや、だから俺は家族でもない男女が一つ屋根の下で暮らすことが論外だと……立地?」


 学生にとって『家と学び舎の距離が近い』以外の重要視すべき立地条件はない。だというのに、洗美の自信満々加減がどこか引っかかった。


「……近くにコンビニとかがあることか? でも食事を調達するにしてもあれじゃあ……」

「はい、聴診器。気になるなら両隣の壁を『聴いて』みるといいわ」


 ごとん、と食事のテーブルの上に聴診器が置かれた。なんの躊躇いもなく当たり前のように出されたが、普通の女子高生は聴診器など持っていない。


 保健室から借りてきたのだろうか?


「いや聴いてみろもなにも、そんなのプライバシーの侵害だろ」

「右隣を聴けばそんな台詞は言えなくなるわよ」

「えっ?」


 妙に確信した言い方。どう考えても右隣にいる誰かと洗美は知り合いなのだろう。洗美が指差した先に駆け寄り、聴診器を壁に当ててみる。


 すぐに異音が聞こえてきた。聞き覚えはあるが、壁から聞こえたらおかしい音。


「……ん? なんだ? なんで呼吸音が聞こえるんだ……?」

「黒海が私たちの間に間違いが起こらないかどうかを壁に張り付いて確かめてるのよ」

「ひいいいいいいいっ!?」


 都市伝説の赤い部屋のようなオチに、拓はすぐさま壁から後ずさる。情けないことに尻もちをつきながら。


「あ、あの執事さん! 俺を軟禁状態にしている割には妙にあっさり引き下がるなって疑問だったけど! 隣の部屋に住んでるのかよ!」

「ついでに左隣も素敵な人が住んでるわよ」

「ひっ、左も!?」


 戦々恐々、しかしもうプライバシーがどうとか言う気は失せた拓は、反対の部屋の壁に聴診器を当てる。


 今度はわかりやすく声が響いていた。


『誠実さはどこですかああああああああ!? 誓いの価値はどこですかあああああああ!?』


「多分だけど隣の部屋の人、外科手術してないか!? えっ!? マンションの一室で外科手術!? なんで!?」

「治死杉先生の趣味よ」

「道理で聞き覚えがある声だと思ったよ!」


 右隣が壁から聴診している執事の黒海。

 左隣が趣味が手術の治死杉。


 正直に言って――


「最高でしょ?」

「落ち着かないという欠点に目を瞑ればなぁ!?」


 一足先にカレーを完食したフィナは、その様子を見て確信する。


「……割と上手く行きそうではないか? いつも通りではないか貴様ら」

「学園でのいつも通りと家でのいつも通りは別であるべきだと俺は思うんだけど!」

「後でスマブラでもせんか?」

「……するけど! それは!」


 最早騒いでも仕方がない。拓は座りなおして、カレーをかき込んだ。

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