努力の勇者は天の刃をもって魔王を一閃しちゃいました
茶電子素
最終話
俺は勇者だ。
いや、正確には「努力でのし上がった勇者」だ。
血筋も伝説も何もない。
村の隅っこで薪割りしていたただの孤児が、
ひたすら剣を振り続け、筋肉を泣かせ、指の皮を何度も剥がし、
ようやく「勇者」と呼ばれるようになった。
だからこそ、俺の技は努力の結晶だ。
名付けて――奥義「極楽浄土」
……名前だけ聞くと、なんだかありがたそうだろ?
神仏の加護でも降りてきそうだろ?
だが実際は、地獄らしいんだ。俺自身が一番思い知らされている。
事の始まりは魔王城の最終決戦だった。
仲間たちはそれぞれの持ち場で奮闘していた。
魔法使いは結界を張り、
僧侶は回復を飛ばし、
盗賊は罠を解除していた。
そして、俺はただ魔王の前に立っていた。
「努力で勇者になった?笑わせる。血筋も才能もない者が、何を成せる?」
俺は答えた。
「才能がないから努力したんだ。才能がある奴より、ずっと長く、ずっと深く、剣を振り続けたんだ」
そして俺は剣を構えた。極楽浄土を放つ時が来た。
極楽浄土――発動条件は簡単だ。
剣を振る。ただし、己の全てを乗せて全力で。
その瞬間、俺の周囲に幻影が広がる。
花畑、青空、涅槃の音楽。
まるで死後の世界に招かれたかのような光景が展開される。
だが問題は、その「極楽」が俺以外には「地獄」に見えることだ。
魔王は絶叫した。
「な、なんだこの光景は!血の池!針山!亡者が俺を引きずり込もうとしている!」
僧侶も悲鳴を上げた。
「勇者様!これ、極楽じゃなくて地獄です!阿鼻叫喚です!」
俺には花畑に見えている。
仲間には地獄に見えている。
魔王にはさらに強烈な地獄に見えている。
つまり、見る者によって解釈が変わるのだ。
俺は剣を振り下ろした。
魔王の周囲に、無数の亡者の手が伸びる。
魔王は必死に抵抗するが、亡者たちは笑いながら引きずり込む。
「やめろ!俺は魔王だぞ!こんな地獄に落ちるはずが――」
その声は亡者の群れに呑まれ、消えた。
俺には、魔王が花畑に抱かれて安らかに眠るように見えた。
僧侶には、魔王が血の池に沈んで泡を吐いているように見えた。
盗賊には、魔王が針山に串刺しにされているように見えた。
結果だけ言えば、魔王は倒れた。
だがその過程は、俺以外には誰も笑えない……。
戦いが終わった後、仲間たちは俺を囲んだ。
「勇者様……あの奥義、なんですか?」僧侶が震えながら問う。
「極楽浄土だ」俺は胸を張った。
「いや、地獄でしたよ」盗賊が即答した。
「俺には極楽に見えたんだが」
「私には亡者が解体しているように見えました」魔法使いが青ざめている。
どうやら俺の奥義は、見る者の心を映すらしい。
俺は努力で「安らぎ」を求めた。だから俺には花畑が見える?
だが魔王は罪深い心を持っていた。
だから地獄に引きずりこまれた。
仲間たちは……まあ、日頃のストレスでも反映されたのだろう。
問題はその後だ。
魔王を倒した俺たちは凱旋した。
王都での祝賀会。
民衆の喝采。
俺は誇らしく剣を掲げた。
だが、王に請われて「極楽浄土」を披露した瞬間――会場は阿鼻叫喚となった。
王様は「血の池だ!」と叫び、貴族は「針山が迫ってくる!」と逃げ惑い、子供たちは泣き叫んだ。
俺には花畑が見えている。
民衆には地獄が見えている。
結果、祝賀会は大混乱。
俺は「勇者」から「地獄を呼ぶ男」に格下げされた。
それからの俺の人生は苦難の連続だ。
村に帰れば、子供たちが泣いて逃げる。
市場に行けば、野菜が投げつけられる。
僧侶に至っては
「勇者様、あの奥義を封印しなければ教会勢力が動きます」と真顔で忠告してきた。
だが俺は封印できずにいた。
努力の結晶を封印するなんて、今までの人生を否定することになる。
だから俺は今日も剣を振る。極楽浄土を磨き続ける。
ある日、村を強大な魔物が襲う。
俺は立ち向かい剣を振うと極楽浄土が発動した。
魔物は絶叫した。
「ぎゃあああ!餓鬼が俺を引きずり込む!」
村人たちも悲鳴を上げる。
「勇者が地獄を呼んだ!」
俺には花畑が見えている。蝶が舞い、鳥が歌っている。
だが周囲には地獄が広がっているらしい。
魔物は倒れ村は救われた。
だが村人たちは俺を恐れ憔悴しきっている。
俺は考えた。
極楽浄土とは何なのか。
努力の結晶であるはずなのに、なぜ周囲には地獄に見えるのか。
答えは簡単だった。
俺の積み重ねた努力とは周囲から見れば地獄らしい。
毎日剣を振り続け、血を流し、汗を垂らし、眠れぬ夜を過ごす。
おそらくそれは地獄のような日々だったのだろう。
だがそれしか縋るものの無かった俺はそれを「極楽」だと思い込んでいた。
努力の果てに得る安らぎを、極楽だと信じていた。
つまり、俺の奥義は「努力の幻影」なのだ。
俺にとっては極楽。周囲にとっては地獄。
それに気づいた俺は、少し笑ってしまった。
村人たちは俺を恐れる。
仲間たちは距離を置く。
王都では祝賀会は二度と開かれない。
だが俺は剣を振り続け、努力を積み重ねる。
いつか、この奥義を周囲の者にも極楽に見てもらえる日が来るかもしれない、
……いや来ないかもしれない。
それでも俺は剣を振り努力を続ける。
地獄を背負いながら。
魔王を倒した勇者の物語は、普通なら「めでたしめでたし」で終わる。
だが俺の物語は、そこで終わらなかった。
奥義極楽浄土は、俺の努力そのものだ。
努力は地獄のように苦しいこともある。
だがその最果てに、俺は確かに花畑を見た。
人はそれを地獄と呼ぶかもしれない。
俺以外の誰もが恐怖するかもしれない。
それでも俺は信じるしかない。
努力の果てに見えた景色は、たしかに俺にとっては極楽だったのだ。
だから俺は今日も剣を振る。
村人に恐れられようが、王都で嫌われようが、仲間に距離を置かれようが。
努力をやめない限り、俺の極楽浄土は続いていく。
――地獄すぎて笑えない極楽浄土を、俺は背負って生きていく。
努力の勇者は天の刃をもって魔王を一閃しちゃいました 茶電子素 @unitarte
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