元勇者ですが何者にでもなれるようです
犬山テツヤ
第1話
激闘の末に決着はあった。
勇者――如月結城は勝利したのだ。
悪逆非道たる魔王の心臓には剣が生える。彼の屍が地に倒れると勇者パーティーは快哉をあげた。
十年の月日を経て、ようやく世界は平和を取り戻したのだった。おしまい。
* * *
ここに住所不詳の職なし、学歴なし、金なしのホームレスがいる。
俺である。
28にもなって持っている服は異世界から持って帰ってきた中二病ちっくなファンタジー衣装のみ。
イラストレーターが資料用に買ってくれるかもしれないとオークションに賭けようとしたが、そもそもインターネットすらない状況だった。時は202☓年。八月。
茹だるような暑さのなか。元勇者=如月結城は公園のベンチに座りながら、ぼっと太陽を眺めていた。
こんな人物が異世界で勇者をやって、酒池肉林にまみれ、魔王を倒したのだとは誰も知らないだろう。
「これからどうするか」
魔王を倒せば地球に戻れることは知っていた。女神からそう教わったのだから。有言実行。流石は神様だ。だが唐突に地球に放り投げるのは無責任ではないだろうか。
おかげで今の俺はシャツ一枚で夏を凌ぐ不審者である。
たった一時間の間に二回も職務質問を受けた。
「とりあえず金を稼がないとな」
言っていて虚しくなる。もし異世界に残っていたなら金も家の心配もなく平和に暮らせていたはずだった。何が悲しくて28の大人がホームレスにならなければいけないのか。
金を稼ぐ方法は幸いにも幾らでもある。
だがとりあえずは――
「目の前のお金を拾うか」
スキル:探知を発動。
公園には小石とゴミに交じって硬貨が落ちていた。
「ひとまず10円」
この調子で100円を手元に集めた。
格好は同じままで府中の競馬場へと歩いて向かう。距離はせいぜい10㎞ほどだろうか。遠くはないが近くもない距離だ。
勇者にとっては欠伸するほど退屈な距離である。
「ねえあの人臭くない?」
「うっ。くっさ」
時折心無い言葉も頂戴しながら競馬場にたどり着いた。
スキル:未来視を発動。
オッズが荒れる3連単狙いで全財産の100円をベッドする。
勝てば天国、負ければ現状維持。
【3連単・9-12-4】
オッズは24350倍。
100円はあっという間に243万円に化けた。
俺はシャツ一枚のまま紙袋を受け取る。中には帯が二つ入っていた。ちょろいものだ。
つぎはWIN5と呼ばれる一着の馬を五回連続で当てるゲームに挑む。掛け金は100円のみ。総額6億円の山分けレース。
当たる確率はたぶん100万分の1くらい。
【WIN5・8-5-11-2-6】
はい、勝った。払戻金は2億2000万円なり。
ちょろいもんだぜ。
金を手に入れた俺はとりあえず風呂に行くことにした。ネットカフェで個室を借りて、金は亜空間収納にしまっておく。
身綺麗にしたあとで服屋に向かう。
それが終わったら牛丼屋に。
「うまっ。うまっ」
異世界の料理はまずくはなかったが、日本の料理はやはり格別に美味しかった。舌が唾液で洪水のようになるほどに。
これで衣食は整った、あとは住居である。
「すみません」
向かったのは牛丼屋の目の前にあった不動産屋だった。
鞄から300万円を取り出して机に並べる。受付の人がお姉さんからおじさんに変わると、活きのいい営業スマイルを浮かべた。
「即日入居できる物件を探してください。予算は300万円です」
「お客様は資産証明書か所得証明書はお持ちでしょうか」
「……いいえ。ありません。やはり難しいですか?」
「マンションとなると厳しいですが。アパートでしたら100万円もあれば十分にご紹介できますよ」
勇者はほっと一息ついた。
元勇者ですが何者にでもなれるようです 犬山テツヤ @inuyama0109
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