第12話 光の国で掴む灯火

白い石畳がどこまでも続く、聖王国イルミナ。

ヴァリエの雑然とした熱気とは対照的に、街全体から静謐な、そして厳格な空気が立ち昇っていた。純白の尖塔は太陽の光を反射し、まるで天上の都市のように眩い。


「さすがは聖王国ね。隅々まで清められているみたい」


アリアは馬車を降り、目を細めて街の光景を見回した。


「ああ。人が多いが、ヴァリエのような喧騒はないな……リア、お前は気にすることはない。把握してる」


シルヴァは、周囲からの鋭い視線に気づいていた。

神鋼級のタグプレートと美しいハイエルフの主に対して向けられる敬意。その奥には、従者である自分に向けられる底知れない忌避感があった。


極光の名が、このイルミナにも届いていることの証左である。


シルヴァは、自分の力を呪いとみなす世間の認識が、この光の都でさらに強まることを予感していた。

しかし、主を守るという揺るぎない決意が、その不安を押し殺す。

アリアはシルヴァの視線を追うと、クスリと笑った。


「ありがと、でも心配ないわ。ここのエリアはまだ噂に聞く“聖光特区”ではないし、絡まれたって言いくるめてやるんだから」


聖光特区――自らを高潔なる存在と自負する者達や純然に清廉潔白な者達が集まるエリアであり、特区内のあちこちに嘘がつけなくなる看破の魔法が設置されているという。監視社会ではあるが、そのおかげか治安はすこぶる良いらしい。そのため、特区に住みたがる者は意外と多いようだ。


彼女は、ヴァリエを出てからずっと、この聖光特区以外にも看破の魔法が張り巡らされているのではないかと警戒していた。しかし、この一般区域には看破の魔法の気配はなかった。


二人はイルミナの冒険者ギルドへ滞在登録をしに向かう。

ヴァリエのギルドよりも規模が大きく、受付職員の制服すら、どこか神殿の聖職者を思わせる格式がある。

ギルド内で“極光”の登録手続きを始めると、周囲の視線が一斉に集まった。


「……ヴァリエの神鋼級?」


受付の若い職員は、アリアが提示したタグプレートを見て息を飲んだ。ヴァリエで神鋼級に昇格したばかりのパーティーが、遠路はるばるイルミナに現れたことに驚きを隠せない。


だが、エルフと人の組み合わせを認識すると、職員の表情はすぐに敬意から恐怖へと変わった。


「あ、あの……! 噂の……獣憑き、の……」


職員は言葉を詰まらせる。

噂はやはりすでにイルミナにも届いていた。

彼が畏れているのは、神鋼級の力ではなく、その力が“呪い”であるかもしれないという恐怖だった。

アリアはそんな職員を一瞥し、冷ややかな視線を向ける。


「私の従者よ。何か問題でも? 彼は光の神獣に選ばれた者。あなたの持つ『獣憑き』という侮蔑的な定義で語られるべきではないわ」


アリアが毅然として言葉を放つと、職員は顔を青くして慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません! 手続きを続行いたします!」


シルヴァは、アリアが自分に向けられた忌避の視線を一言でねじ伏せたことに、改めて感謝と尊敬を覚えた。

滞在登録を終えると、アリアはギルドの図書館の隅にある古文書の棚に向かった。


「まずは情報収集よ。あなたの力の証明と、古代王国の手がかりを同時に探るわ」


アリアの目線は、この国が神聖魔法と呼び、全てにおいて第一義とする光属性魔法に関する文献と古文書に注がれた。流石にこんな誰もが見ることができる場所に、より貴重な古代書まではないらしい。


古文書を開けば古代魔法王国――クロノスの名がある。

このイルミナでもその呼び名は変わらないらしい。


アリアが持っている古代書にはその名はクロノスフィアと記されている。

決してクロノスでも間違いはないのだが、クロノスフィアという名が世に出ていないということは、恐らく保存状態や時代、ジャンルの問題だ。

アリアが持っている古代書以上の価値ある情報はなさそうだった。


「はぁ。とりあえず先に宿を探しましょうかね。希望はある?」

「ないよ。お前が望むところが、俺の望む場所だ」

「もぅ。つまらないわね」


書物を片付け、ギルドの売店でイルミナの地図を買い、滞在場所として聖光特区のそばに目をつける。

特区と言うからには他の一般区域にはない情報もあるはずだった。

ただ特区の中は看破の魔法が張り巡らされているから境界あたりの宿が望ましい。


目的の宿を早々に決めると二人は酒場へと繰り出した。

リアルな情報は酒場に限る。


「俺、明日属性鑑定なんだ。やっと正式な信徒になれるぜ」

「いいなぁ。私は二ヶ月後よ」

「君はまだ早い方だよ、俺の友人は一年待ったとか言っていたから」


案の定、知らなかった情報が耳に入る。

イルミナの聖教会では、正式な信徒となる際に「属性鑑定」が義務付けられているらしい。


属性鑑定――それは魔法かどうかも定かではなく、ただイルミナが編み出したという独自の技術であることは間違いない。

古文書や古代書に、そのような記載は今まで見たこともないからだ。


イルミナ独自の技術ということであれば、イルミナでは一般的かと思いきや、属性鑑定を無闇に行うことは許されていないらしい。とは言いながらも、それを行えるのは聖教会、しかも大司教以上の聖職者しか行えないらしいから無闇に出来るものではない。

秘匿性を重んじているのだろう。


そして何より重要な情報を耳にする。

それは、『闇属性の者は信徒になれない』ということだった。

獣憑きの呪い。

それは御伽噺では闇属性を示している。


「属性鑑定……これよ、シルヴァ!」

「ん?」


目の前でイルミナの名物料理をただ頬張るシルヴァに向かい、アリアの碧眼は強く煌めく。


シルヴァの力を公式に「闇属性ではない」と聖教会が証明すれば、「獣憑き」という呪いの汚名を晴らすことができる。


神獣の試練、神獣の加護まで繋げることは難しいかもしれないが、少なくともシルヴァを獣憑きと蔑む奴らに一矢報いることができる。


「信徒になることを希望する……無理ね、絶対に看破の魔法が使われる……なら直接、大司教に会う必要がある。でも……どうやって……」


アリアの目は、次の目的地の場所を地図から探していた。


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金色に瞳が染まる時、私の従者は世界を変える 727 @tandt

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