第11話 剣は聖女のために振るわれる

雷刃乱心の顛末は、ヴァリエの街に衝撃をもたらした。

無謀な決闘の最中に市民を巻き込み重傷を負わせた雷刃に対し、シルヴァは圧倒的な力で瞬時にねじ伏せ、アリアと共に市民を守り抜いた。


何人もの市民が命を落としかけたが、シルヴァが雷刃の魔術師の獄炎魔法が放たれる直前にその命を即座に刈り取ったことで被害の拡大は防がれた。


彼らを瞬殺したシルヴァは市民を守った「英雄」として、重傷を負い命を落としかけていた市民達を古代魔法王国の治癒魔法で救ったアリアは「聖女」として、熱狂的に賞賛された。


この出来事により、シルヴァの力は「獣憑きの呪い」ではなく、「神獣の加護」であるというアリアのハッタリが、市民の心に深く浸透し始めていた。


しかし、ヴァリエの北門を出る時、シルヴァは自身の掌を強く握りしめていた。

その手の感触は、肉を断ち骨を砕いた時の鈍い衝撃をまだ覚えていた。


「どうしたのシルヴァ。こんな時くらい、英雄の顔をしなさい」


馬車に揺られながら、アリアは楽しげな声で促すが、シルヴァは英雄どころか、殺人者としての自己嫌悪に沈んでいた。


「リア……俺は……初めて自分の意志で冒険者を殺してしまった。英雄なんかじゃない」


雷刃の魔術師と弓師、斥候の頭を瞬時に打ち砕いたあの時の感覚が、シルヴァの良心を責め立てる。

アリアは馬車の窓から視線をシルヴァに戻し、その碧眼に宿る光を鋭くした。


「馬鹿を言わないで。あなたは何も間違っていないわ。あの場にいたのは、冒険者としての矜持を捨て、無関係の一般市民を殺しかけた。山賊や野盗と同じよ」


アリアの言葉は世界の常識に基づいていた。

冒険者同士の私怨による殺し合いは御法度だが、一般市民にまで危害を加えた時点で、彼らは保護対象から外れ、討伐されるべき対象となる。


「あれは私と市民を守った正当な行いよ。あなたは義を果たした。そのことを誇りに思いなさい。あなたは私にとっても誇りなのだから」


シルヴァの手を握り放たれるアリアの強い断言は、シルヴァの内に渦巻く罪悪感を霧散させる。彼の良心は傷つきながらも、またアリアに救われた。


「……本当に、聖女様みたいだな」

「ふふ、でしょ?」


シルヴァは拳を解き、アリアの瞳に忠誠を誓うように頷いたのだった。


その後、馬車に揺られながら、アリアは時折、黒い丸石を取り出しては手のひらで転がす。

黒い丸石を見つめながら、アリアは屋敷の自分の部屋で閃いたある推測を再度、論理的に確認していた。


リッチの遺跡で、シルヴァはアンデッドを次々と屠っていた。

アンデッドは光属性でなければとどめを刺せないはずだ。にも関わらず、シルヴァは剣や拳脚で難なくそれらを屠った。


瞳の黄金の輝きが、闇の対極にある光の属性である可能性。


一つの推測が、アリアの中で今や確固たる自信になりつつあった。

これが事実であれば、シルヴァの力は獣憑きという『忌避される呪い』ではなく、『神聖な加護』である可能性をより強く主張できる。


アリアはこの推測を確信に変える材料と、力の制御に関する手がかりを求めていた。それが、光属性の魔法を全てにおける第一義として考える聖王国イルミナに向かう理由だ。


だが、全くわからないこともある。

何故、シルヴァはアリア自身や血、髪、肌などに触れると暴走が鎮静化するのか。

それだけは全く理解が及ばぬことだった。


「ねぇシルヴァ。あなた、なぜ私の傍にいると力が制御できるのか、分かっている?」

「わからん。だが、リアへの忠誠が俺の理性の根幹を繋いでいることは確かだ。俺のこの力は、きっとお前を守るためにあるんだ」


シルヴァは迷いなく答える。

アリアの存在がシルヴァを制御できるということは、二人が出会ってすぐにアリアが気づいた事実であり、二人の間で認識されている真実だ。

平和平穏を望むシルヴァが、アリアの従者として忠誠を誓い、傍を離れない唯一無二の理由だった。


アリアは内心で疑問を抱きながらも、彼の言葉を否定しなかった。

アリアには自分の存在が暴走の抑制に繋がる理由となっていることの意味が全く分からない。


しかし、シルヴァの言葉が、彼自身の揺るぎない忠誠心に基づいていることは理解できた。

その強い意志は、彼が力を制御する自信になっている。

アリアは彼のその自信を尊重することにした。


数日の旅路を経て、二人は遂に聖王国イルミナの国境へとたどり着いた。

眼下に広がるイルミナの都は、白い石造りの城壁に囲まれ、教会の尖塔が幾つも立ち並んでいた。

太陽の光を浴びた都は、その名の通り、眩い光を放っている。

アリアは馬車から降り、シルヴァと共にその光景を静かに見つめた。


「ここが光の教義を掲げる聖王国。闇の呪いを否定し、光の恩寵を信じる国……」


アリアは確信に近い推測を胸に、静かに宣言した。


「あなたの力が呪いによるものではなく、神獣の加護、すなわち今の状態が神獣の試練であることを証明するのに、これ以上最適な場所はないわ」

「ハッタリって言ったくせに、本気なのがお前のすごいところだよ」

「世界を変えたいんだから、本気にもなるわよ」


シルヴァは満面の笑みを浮かべるアリアに釣られて頰が緩む。


「それなら俺は、リアが聖女であることを証明しよう」

「いいわ、頼んだわよ。私の最強の剣様」


アリアの碧眼には、知識への渇望と、愛する従者を世間が忌む呪いから解放したいという強い意志の光に満ちており、シルヴァはそんな主の傍で新たな誓いを立てる。


「あぁ、どこまでもお供しますよ、我が聖女様」


二人は新たな舞台、聖王国イルミナの門へと向かった。


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