第10話 義と忠誠と抱擁を
ギルドに着くとすぐに奥の部屋に通され、そこにはボイドとリオンがいた。
神鋼級になってからというもののVIP待遇だ。
「賊が入ったらしいじゃねぇか」
「問題ないわ。うちの守衛は優秀なの。それにしても情報が早いわね。関所に引き渡してそのままここに来たのよ?」
「うちの情報屋も優秀なもんでね」
「へっへー、これくらい余裕余裕」
ボイドの隣に座るリオンは足をジタバタさせながら踏ん反り返って満面の笑みを浮かべていた。
「流石に優秀すぎるでしょ……まぁいいわ。ギルドなら古代魔道具くらいあるでしょうし。それよりも――」
「行くのか」
アリアが核心に入ろうとしたところでボイドが遮った。
アリア達が旅に出ようとしていることは伝わっていた。
何しに来たのかというのはわかっていたらしい。
「世話になったわ。ずっと帰って来ないわけじゃないけど、発つ前にお礼をと思ってね」
「お前達はヴァリエにいるだけじゃもったいねぇさ。世界を見て来い。そして俺達のように最高の冒険者として名を馳せるのを楽しみにしてるぞ」
二人の会話に、さっきまで満面の笑みだったリオンの顔が悲しみに変わる。
「うわーん、アリアー! 行っちゃヤダー!」
「大丈夫よリオン、ちょっと出掛けて来るだけだから」
どっしりと構えるボイドとは対照的にリオンがアリアに抱き着いて別れを惜しむ。
アリアにしては珍しくその抱擁を受け止める。心なしか寂しそうな顔をしていた。
「シルヴァ、腐るなよ」
そんな二人を脇目に、ボイドはシルヴァを心配するかのように声を掛ける。
獣憑きと言われていることを気に掛けているようだ。
「心配無用さ。俺にはリアがいる」
「俺達もいるということを忘れるな。神獣の試練、乗り越えてみせてくれ」
「あぁ、ありがとう。ファランさんとロッティさんにもよろしく伝えてくれ」
「何ならどっかで会うかもな。あいつら基本周辺国に行脚して冒険者ギルドの地盤固めに奔走してるからな。何かあったら手伝ってやってくれ」
「俺達に出来ることなら喜んでやらせてもらうよ」
二人は力強く握手を交わす。
別れを惜しむリオンの頭を軽く撫でると、アリアは名残惜しそうにしながらもシルヴァに導かれるようにギルドを後にした。
「で、次の目的地はどこなんだ?」
活気あるヴァリエの街並みを歩きながらシルヴァは次の目的地をアリアに尋ねると、アリアは不敵な笑みを浮かべた。
「聖王国イルミナよ。そこに私達が追い求めるものの手掛かりがあるかもしれない」
イルミナに続く街道に出るために北の関所に向かっている途中、南の関所での屈辱に耐えかねたのか、雷刃が二人を追ってきて立ち塞がった。
雷刃のリーダーは怒りに声を震わせる。
「やはり貴様らの侮辱は許せん! ここで決着をつける! 決闘を申し込む! このまま逃げることは許さんぞ!」
決闘、という言葉を聞き、周囲に人だかりができ始める。
無関係なもの達にとってはある種のイベントであり、娯楽なのだ。
「……しつこいバカね」
アリアがため息を吐くと、シルヴァはアリアを守るように一歩前に出た。
その瞳に迷いはない。
「決闘の意味はわかっているな?」
冒険者同士の決闘。
命までは奪わないことを絶対の約束するものの、大怪我を負うことは覚悟すること。
そして、負けた方は自身のランクを相手のランクより一つ下げること。
「シルヴァが相手になるわけだけど、あなたが負けた時は、シルヴァは獣憑きではなく、神獣の加護持ちということを拡散してもらうわよ」
「ならば俺が勝ったら獣憑きと認め、ヴァリエに二度と立ち入らず、屋敷も財宝も手放せ」
「いいだろう。お前らの言う通り、舐められるのも面倒だということがよくわかった」
シルヴァはアリアに腰に下げた剣を渡す。
剣を使うまでもない、という挑発だ。
アリアは静かに頷いた。
「な、舐めやがって……」
雷刃は剣を抜く。
周囲の野次がピークに達した時、先に動いたのは雷刃だ。
その二つ名に違わぬ速度と鋭い袈裟斬り。
しかし、
「なに!?」
シルヴァはそれを指で挟んで受け止めた。
瞳は金色に光り始めている。
そしてそのまま指を弾くと、雷刃の剣はオモチャのように弾け折れた。
「まだやるか?」
「獣憑きが! その瞳が何よりの証拠じゃねぇか!」
「神獣の試練だと何回言えばわかるのかしら」
「うるせぇ! やれ! お前ら!」
雷刃のリーダーのその声に、雷刃メンバー達が次々と戦闘態勢に入る。
弓師は複数の矢をつがえ、魔術師は杖を掲げ、魔法の詠唱を始めた。
「縦横無尽に駆け巡る光の矢となれ――
放たれた魔法と矢はシルヴァだけではなく、周囲の観衆にも飛んでいく。
瞬時に周囲は騒然とした。
ルール違反への批判の声、そして、巻き添えになった者達の悲鳴、直撃を受けたシルヴァを心配する声。
巻き起こった砂煙が晴れると、傷一つないシルヴァが立っている。アリアが咄嗟に障壁を張っていた。
「お前ら……何やったかわかってんのか?」
シルヴァは自分の背後にいた群衆に目を向ける。
何人もの一般市民が黒く焼け焦げていた。矢に倒れている者もいる。
「災厄の獣憑きの討伐に必要な犠牲だったというだけのこと!」
「バカなことを……!!」
金色に点滅していたシルヴァの瞳がゆっくりと、そしてやがて完全な金色に染まっていく。
「シルヴァ!」
「動くな!」
声に目を向ければ、騒ぎに乗じて雷刃の斥候がアリアを引き摺りながら喉元にナイフを突きつけていた。
「はっ。このエルフが大事なんだろう? 動けばこいつが死ぬぞ!」
その光景を目にし、瞬時に爪が伸び、牙が生える。
顔は狼のそれに変わった。
「グぁ……はぁ……リア……」
「シルヴァ! ダメ! 落ち着いて!」
シルヴァの変貌に、アリアが必死に呼び掛けるが、雷刃はその意味がわかっていない。
シルヴァがここで完全獣化してしまえば、雷刃だけでなく街に被害が出かねない。
「フハハハハッ! これでお前は何も出来ないだろ! そのまま俺達に討伐されるといい、災厄の獣憑きめ!」
雷刃のリーダーはバックステップで距離を取る。
それと同時に魔術師が再び詠唱を始める。
「地獄の炎よ――」
「獄炎魔法!? バカなの! みんな! 逃げて!」
アリアの警告に、周囲にいたもの達もただ事では済まないと思ったのか、散り散りに逃げ始める。
「その荒ぶる力をもって――ぴぎゃっ」
魔術師の詠唱が途切れる。
雷刃達の目の前には、頭がなくなった魔術師がパタリと倒れた。
雷刃のリーダーと弓師は自体が飲み込めていない。しかし、少し離れた場所にいた斥候とアリアは、魔術師の頭を殴り潰し、リーダーと弓師の後ろで立ち止まっている半獣化したシルヴァが見えていた。
「は?」
「ざぜねぇ」
「な――」
弓師の頭がなくなる。
「ひっ」
半獣化したシルヴァが目の前に突如現れ、雷刃のリーダーは恐怖に尻もちをつく。
斥候はシルヴァを止める切り札としていたアリアの髪を掴み、これが見えないのかと見せつける。
「お、おい! 動くな! 本当に殺――」
アリアの顔を突風が撫でた。
同時に目の前に影が落ち、温もりがアリアを包む。
「……させてたまるかよ」
頭の上から聞き慣れた優しい声が落ちて来る。
血の雨から守られるかのように、アリアはシルヴァに抱き締められていた。
半獣化は解け、いつものシルヴァがそこにいた。
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