第9話 閃きと信頼は旅立ちの鐘を鳴らす

――ヴァリエ郊外、極光の屋敷。


守護者マリエラと“残光”という二重の守りを得たアリアとシルヴァは、旅立つための準備を整えながら、彼らが築いた新たな絆と、守るべき場所ができたことに、静かな満足を覚えていた。


そして穏やかな日々の中、アリアは自分の部屋で日課を続けていた。

遺跡から持ち帰った黒い丸石に魔力を注ぐことだ。

丸石は変わらず魔力を吸い込むが、その本質は不明のまま。

アリアは魔力を吸い取る丸石にそっと触れると、慈しむように囁く。


「君は何なんだい? 一体、何のために存在するのか、教えておくれ」


当然のことながら答えはない。

ただ魔力を発さずただ吸い取るだけの丸石を、そっとベッド脇に置く。


「毎日飽きずによくやるもんだな」


部屋のもう一つのベッドにはシルヴァが寝転がっていた。

部屋を分けたら数日も経たず「落ちつかない」とアリアの部屋に転がり込んできたのだ。


確かに屋敷を手に入れるまでは宿では同じ部屋だったこともあり、アリアも一人部屋というのは一人旅以来だったこともあって部屋に一人というのは少しだけ空虚さを感じていた。

とはいえ、自分達の家となったこの屋敷で、しかも部屋も沢山あるこの屋敷でわざわざ同じ部屋になるのはむず痒さもあった。

目の前に寝転ぶ男はそんなこと気に留めている様子など皆無なのがまた憎らしい。


「無尽蔵に魔力を吸うのか、気になるじゃない」


ギルドの鑑定士達でもわからなかった正体不明の石。

それはアリアの興味の的となった。


理解を超えているものを解明し、理解したい。

それがアリアの根幹的な性質だ。


シルヴァの力、シルヴァの力を抑えることができるアリア自身の何か、滅びた古代魔法王国、そして、今もどこかで生きていると信じている家族達が郷を離れなければならなくなった理由。

黒い丸石含め、それらは全て、アリアが解明したい謎だった。


新しい知識や現在の好奇心の対象を紐解く手掛かりが何かないか、棚に仮置きしている古代書を手に取ってペラペラとページをめくる。


「この古代書は魔物に関してか…アンデッドが光属性でしかとどめをさせないなんて当たり前・・・・のことじゃ――っ!!」


当たり前。

それが、アリアの中で閃きへと変わる。


そうだ、何故気づかなかったのか。

アンデッドは光属性でしかとどめをさせない。

だからリッチと対峙した時に、アリアが聖刻・極光神撃グングニルでとどめをさしたのだ。


あの時感じていた違和感の正体。


「これだ……」


次の行き先は決まった。

シルヴァの方をチラリと見る。


寝姿も凛々しいこの銀髪の男は、興味なさげに目を瞑って横になっている。


「なんだ?」


にも関わらず、こちらが見ていることには気付く。

シルヴァに勝る索敵能力や気配察知能力を持つ者をアリアは知らない。


「まだ教えない」

「はいはい」


まだ確証を得たわけではない。

期待をさせて落とすことはしたくない。

だから間違ったことは言いたくなかった。


「寝てていいわよ。まだ私、古代書見てるから」

「わかった」


別の古代書を手に取り、ペラペラとめくっては読み込む。

少し経つと穏やかな寝息が聞こえてきた。


その寝息が支配した二人の空間で、どれだけの時間が経ったのだろうか。


火が噴き出すような音が一瞬鳴ると部屋の灯りが全てつき、輝きが強くなる。

マリエラの結界に異常が起きた時の合図だ。


その音にシルヴァも起き上がり、即座に戦闘態勢に入る。

ゆっくり扉を開け、音を立てないように部屋の外に出ていく。

アリアもその後に続いた。


階段に差し掛かる通路の角からロビーを覗くと、マリエラがロビー中央に姿を現し、予期せぬ来訪者達を迎えていた。


『あいにく、無断での立ち入りはご遠慮いただいております。ご退場ください』


その言葉と共に、黒い外套をかぶった者の一人がマリエラの拳で屋敷の外まで吹き飛ぶ。


「な、なんだこいつ!?」

『この屋敷の専属メイドですが、不届き者に名乗る名はありません』


メイド服を翻しながら、そばにいた男に回し蹴りを繰り出す。


「がはっ」


残り五人。

階上から助けに入ろうとしたアリアとシルヴァだったが、その圧倒的な様子を見て、見守ろうと目を合わせる。


「大丈夫か! マリエ――むぐぁ!」


残光の三人が慌てて駆けつけるが、ゼノスはマリエラにボールのように投げ飛ばされた侵入者によって言葉を遮られた。


『今、わたくし、不届きものに名乗る名はないと宣言したところですの』

「そ、それは申し訳ない……だが、俺達は名乗るぜ! そういうのは俺達の役目だ! お前らの相手は俺ら残光だ!」


立ち上がり、構える。

ゼノスがこの屋敷にきた日にアリアから渡された脛当ての魔装具の効果により、筋肉が落ちてバランスの悪かった体幹は怪我をする前と同等レベルに戻っていた。


「なんなんだ貴様らは! ここは極光の屋敷じゃないのか!」

「誰に聞いたか知らねぇが、お前達ではあの二人が出て来るまでもねぇってことを、俺達が教えてやるよ!」


威勢よく声を上げると、ゼノスの重い剣撃が賊の注意を引き、ルナがその隙に賊の魔術師を魔法で無力化する。クロウは斥候として賊の逃げ道を素早く塞ぎ、逃亡と連携を完全に分断した。

マリエラの強さも、残光の連携も言うことは何もなかった。


二階から見ていたアリアとシルヴァは、その光景を見て介入の必要がないことを悟る。

賊は瞬時に全員無力化された。


「彼らなら大丈夫ね」

「ああ。生け捕りは評価に値する」

「そうね、新居を汚されたら怒っちゃうかも」


シルヴァとしては殺すより難しい生け捕りを成し遂げたことを評価したわけだが、アリアの視点は別だった。

しかし、マリエラ達には実際にその意図があったようでアリアはご満悦だった。


翌朝、アリアとシルヴァは涙を浮かべるマリエラとルナ、無愛想に笑うクロウに見送られ、残光のリーダーであるゼノスと共に捕らえた賊を連れて馬車で関所へ向かった。


「もうちっと旅立つの先送りにして屋敷で過ごしてもよかったんじゃねぇのか? あんなマリエラ嬢見るのは結構辛かったぜ」


マリエラは二人を見送る時に、気丈に振る舞っていたがその瞳には涙を隠せずにいた。

それでも泣き崩れることなく、最後まで気丈に、忠実なメイドとして主人達を見送ったのだ。


「可愛いマリーのためにも早く帰ってきてあげるわよ。あんな顔で『“お早い”お帰りをお待ちしております』なんて可愛すぎるでしょ」


その一言にマリエラの感情の全てが詰まっている。

そう考えると愛しさが込み上げた。


「マリエラのこと、頼んだぞ、ゼノス」

「もちろん。二人の大事な守護霊スピリット様だ。俺より強いが、全力で支えるさ」


「なんだ、賊に屋敷を狙われるとは舐められたものだな、極光」


和やかな空気が流れる中、聞き覚えのある声の嫌味が聞こえてきた。


関所に着き、賊を引き渡す際に聞こえてきた声に意識を向けると、そこには“雷刃”がいた。

彼らはヴァリエ関所の警備の依頼を受けていたようだ。

雷刃のリーダーは、賊が極光の屋敷を狙ったことを知り、ニヤリと笑う。


「お前らが不在の間、手に入れた屋敷とお宝を本当に守り切れるのか? 所詮、地縛霊の噂と隠居の冒険者で人を遠ざけているだけのハリボテではないか」


アリアは冷たい笑みを浮かべた。


「ふふ、賊はね、あなたたちエセ神鋼級なんかじゃついていけないくらい素早く、この“残光”に無力化されたわ。あなたたちがヴァリエから出る賊を見逃さなければ彼らの手を煩わせることもなかったのだけど」

「俺達はヴァリエに不法に入るやつを取り締まってんだ! 出るやつなんて知らねぇよ!」

「まぁ所詮その程度ということよね、エセ神鋼級だもの」


アリアの言葉は雷刃が持つ神鋼級としてのプライドに傷をつける。顔を真っ赤にして怒り狂う雷刃のメンバーたちだったが、関所の警備者が他にいるこの場では手を出せない。


「……大丈夫なのか? そうは言っても神鋼級なんだろ?」


目の前で始まった言い争いにゼノスは気まずそうにシルヴァに話し掛ける。


「あっちから突っかかってくるんだ。今のところ害はない。害があるようなら潰すさ。引き渡しの手続きが終わったら帰っていいぞ。俺達はギルドに挨拶に行ってそのまま街を出る」

「あ、あぁ。無事の帰還を待ってるぜ」


アリアとシルヴァは雷刃の怒りの視線を背中に受けながらも、ゼノスと別れを済ませると涼しい顔で関所を後にし、ギルドへと向かうのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る