第8話 極光の守り人

昼過ぎ、再びゼノス達の小屋の前に二人は立っていた。

アリアが気まずくて顔を出せないことを察したシルヴァは、彼女の代わりに扉をノックする。

気分を害されて門前払いもあり得たため、アリアは少し離れた場所で待たせる。


今度はクロウが出てきたが、顔には明らかな警戒が浮かんでいる。


「これ以上、あいつらを傷つけないでくれ」

「来たのは謝罪と訂正のためだ。あいつの物言いはよくなかったが、決してあんた達を傷つけたいわけじゃない」


シルヴァの真摯な言葉に、クロウは一瞬戸惑いを見せる。


「なら、なんだってんだ。二人の傷を抉る真似なんかしやがって」

「前を向いて欲しかったんだ。あんた達が望む生活ってなんだ?」

「そんなん……ゼノスとルナが、お互いに罪悪感を感じない生活を送れることに決まってるだろ。少なくとも、俺はそう思っている」

「だろ? これ、あいつが夜通し作った魔術書スクロールだ。二人の不調が治るはずだ、使ってくれ」

「な!? 本当か!?」

「嘘はつかない。俺達はあんた達に、俺達の屋敷の管理人をやって欲しい。そのためなら、俺達はあんた達の望みを叶えるために全力を尽くすよ。あいつは、不器用なだけで、根は優しいんだ」


クロウは訝しみながらシルヴァが差し出した魔術書を受け取ると、扉を閉めて部屋の中に戻っていった。


数分後、ゆっくりと扉が開いた。

そこには涙を浮かべたクロウ、その後ろにゼノスを支えながらルナが並んでいた。


「……もしや、効かなかったのか?」


ゼノスは首を横に振る。


「ずっと引き摺っていたんだ。筋肉が落ちちまってて、普通に歩こうとするとバランスが取れないんだ」


ルナに目をやれば「大丈夫、私も治っている」と頷いた。

三人は表に並ぶと、シルヴァに頭を下げる。


「礼はあいつに言ってくれ」


少し離れたところでモジモジしていたアリアだったが、シルヴァに手招かれて合流する。


「無事に治ったらしいぞ」

「あ、当たり前じゃないっ。誰が作った魔術書スクロールだと思ってんのよ」


アリアがそう言うと、三人はアリアとシルヴァの前に膝をつく。


「先日は無礼な振る舞いをしてすまなかった。何と感謝をすればよいかわからない。このゼノス、極光の力になれるのであれば、管理人でも何でも引き受けよう。ただ、この二人は自由にしてやって欲しい」

「え!?」

「ゼノス!」


ルナとクロウは両脇から、アリアに首を垂れているゼノスの横顔を睨む。


「お前達を俺が縛りつけていたのは事実だ。申し訳なかった。だが、極光のおかげで救われた。お前達はもう自由だ。冒険者にだって復帰できる」


アリアはゼノスの言葉を耳にするとゼノスを真正面から見据え、厳しい言葉を投げつけた。


「その節穴の目、一回潰さないといけないのかしら。あなたの目には、二人の望みが見えていないの?」


ハッと顔を上げたゼノスの頭を小さな手で押さえつけると、グイとルナの方に無理やり向ける。


「おぃリア」

「大事な人を本当に大事にしたいなら、しっかり目を見なさい。ルナやクロウは、本当にそれを望んでいるかしら?」


ゼノスの目に映るのは、涙を流すルナ。

そしてこの数年、変わらぬ忠誠を捧げてくれたクロウだ。

二人の想いは、確認せずともヒシヒシとゼノスに伝わっていた。


「……すまなかった。これからも……よろしく頼む」


震える声でようやく絞り出した言葉こそ、ゼノスの本心でもあった。


「うん」

「当然だ」


三人は肩を組んで抱き合い、その絆に身を震わせる。


「私達、いつまで待てばいいのかしら?」

「何年も溜め込んだんだ。少しくらいいいだろ? 羨ましいなら、リアのことは俺が抱きしめてやろうか?」

「は!? ば、バカじゃないの!? こんなところで!」


ルナはそんなアリアに対して、涙を浮かべながらも笑った。


「ふふ……あなたのこと、すごい嫌いだった。でも、ごめんなさい。今はすごい好きよ、天邪鬼なエルフ様」

「別に……好かれたいなんて思ってないけど、私も悪かったわ。最初に二人を見た時に治せるってちゃんと言えばよかった」


ルナは気にしないでと首を横に振る。

ルナとクロウは、アリアとシルヴァに深く頭を下げ、ゼノスと立ち上がると、共に再び頭を下げる。


「我々に明るい未来を示してくれた極光に最大限の感謝を。我々は元七星ではなく、“残光”として歩み直そう。君達の進む道の光がいつまでも消えることのないよう、我々がその背を支え続けると誓う」


三人の目には、希望の光が宿っていた。

こうして、極光の新たな守り人パーティー“残光”が誕生したのだった。


数日後、アリアとシルヴァは、残光の三人に荷物運びという雑用をさせながら、崖の上の屋敷に迎え入れた。


残光が街に買い出しにいく必要も考え、結局荷馬車を買うことにし、ベッドやタンスなどの大型の家具も同時に持って来ることができた。

シルヴァは虚影収納シャドウインベントリを使うことをアリアに勧めたが、アリアはそれを静かに拒んだ。

せっかく雇ったのだからこき使ってなんぼであると。

相変わらずの傲慢さだった。


屋敷に入ると、屋敷内の燭台に火が自動で灯る。


「おわっ。すげぇな」


ゼノスをはじめ残光はみな興味津々だ。

その様子を満足げに眺めながら、アリアはロビーの中央に向かって、声を上げた。


「ただいまっ。管理人を連れてきたわ。管理人って言っても、私達の仲間だから仲良くしてね」


アリアが何もない宙に向かって話しかける様子に、残光は心配そうにシルヴァを見つめる。

頭がおかしくなったとでも思っているのだろう。


「自己紹介を、マリエラ」


シルヴァの呼び掛けに、残光の三人は首を傾げた。

目の前には立派なロビーが広がるだけだ。


しかし、シルヴァの声のあと一拍もすると、ロビーの中央に半透明のメイド姿をした淡い蒼色の髪の女がゆっくりと現れた。


『おかえりなさいませ、アリア様、シルヴァ様。そしてはじめまして、みなさま。わたくしはこの屋敷でアリア様とシルヴァ様に救われ、メイドを仰せつかっております、マリエラと申します。以後、お見知り置きを』


メイド服の裾を掴み、優雅な礼をするマリエラの姿はとても幻想的だ。

アリアとシルヴァが下見に来た時の地縛霊が、今やこの屋敷の守護霊スピリットとなっていた。


「「「アンデッド!?」」」

「んー……どちらかというと、今の状態は精霊に近いわね」


残光の三人は驚愕した。

しかも、彼女の霊体はゼノスたちが知るアンデッドとは異なる、強く清浄な圧を放っている。


「ちょっと色々あってね。マリーには、屋敷内の掃除やら家事を任せているの。この子、魔法的な結界も張れるのよ。だからあなたたち残光には、屋敷の表向きの管理をお願いしたいの。訪問者の対応や、買い出し、裏の畑の管理、庭の整備とか。マリエラが対応できないことが中心ね」


「しょ、承知した……」


手荷物を下ろすと、マリエラがそれらを宙に浮かせて運び始める。


『アリア様、仕分けはどうされますか?』

「古代書や魔術書関係は私の部屋にお願い。二階の角部屋ね。よくわかんない魔装具や宝具関係はとりあえず地下でいいわ」

『御意。ちなみに、畑や庭の整備はできますよ?』

「あ、そっか。もう陽の光浴びても平気なんだったわね」


守護霊へと昇華したマリエラは、アンデッドの苦手とする陽の光を克服している。


「ハイスペックなメイドね。最高よ、マリー」

『お褒めに預かり光栄です』


「あなた達は一階でいい? 客室二部屋以外なら、どこ使ってもいいわよ」

「え、いや、そんな……こんな贅沢な暮らし、私達、いいの?」

「住み込みなんだから、気にしないでちょうだい」


アリアの言葉にルナは戸惑いながらも嬉しさを隠しきれないように口元が緩んでいる。


「ゼノスよ、いい奴らに見そめられたな」

「ったく……こんなことされちゃ、手抜き仕事なんて出来やしねぇぜ」

「ふふっ、手抜きする気もないくせに」


残光の三人はあの日から笑うことが増えた。

何かあれば三人顔を寄せ合って笑っている。

見ているアリア達も、胸が温かくなる。


「彼らでよかったな」

「そうね、リオンにちゃんとお礼しないと」

「だな」


こうして極光の屋敷は、守護者マリエラと“残光”という二重の守りを得た。

アリアとシルヴァは、旅立つための準備を整えながら、彼らが築いた新たな絆と、守るべき場所ができたことに、静かな満足を覚えていた。


そして穏やかな数日が過ぎる中、二人の次の旅立ちの日は着々と迫っていた。


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