第7話 管理人候補、思い悩む

地下室の騒動があった後、アリアとシルヴァは屋敷の外で待つ不動産屋の元へと戻った。


「す、すごい音が聞こえましたけど、だ、大丈夫ですか?」


事態を知らない不動産屋はオロオロとしながら二人を心配そうに見つめる。


「あぁ、問題ない」

「この屋敷、買わせてちょうだい」

「えぇ!? いいんですか!?」

「いいも何も最高の物件よ。お金なら即金で払うわ。今日中に権利書を貰えるかしら?」

「も、もちろん! それでは今すぐ事務所に戻りましょう!」


売れるとは思っていなかったのか、不動産屋はさっきまでの不安そうな顔はどこへやら。

嬉々として馬車に二人を案内する。


二人は場所に乗る前に、今一度、屋敷を振り返る。

アリアは屋敷に向かって小さく手を振った。


「すぐに引っ越してくるからね」


シルヴァも無言で手をあげると、二人は馬車に乗り込み、屋敷を後にした。

ヴァリエの不動産屋の事務所で購入手続きを完了させ、事務所を出た二人は、早速、歩きながら次の課題について話し合う。


「まだもう少し、ギルドの転写に時間がかかるそうだから、次は管理人を探すわよ。訪問者対応とか、庭園の植栽管理とか、荒事対応も出来る人材がいいわね」


シルヴァは頷く。

二人が不在の間、あの屋敷は必ず妬みや悪意の的になるだろう。


アリアはリオンに教えてもらった候補者の名を思い浮かべた。


「実力、口の堅さ、そして誠実さ。そのすべてを持つとリオンの一押しなんだから、当たってみる価値はあるわね。今日はもう流石に行けないから、明日にしましょうか」


ギルドの情報屋リオンにはヴァリエの全ての情報が集まるという。

そんなリオンから情報を貰えるとは、いつの間にそんな仲になったのかとシルヴァは疑問に感じたが、今はそれよりもその人材だ。

ほぼ間違いない人材だと思われた。


元幻鋼級の「七星スターズ」の三人。

元リーダーの剣士ゼノス、魔術師のルナ、斥候のクロウ。

怪我により引退したらしいが、実力は神鋼級に迫ると言われていたらしい。その三人でパーティー構成を考えてみても、問題ない構成だろう。


翌日、アリア達は朝食を済ませるとすぐに、ヴァリエの端で暮らす彼らのもとを訪れた。彼らの住む小屋に辿り着いたのは昼過ぎだった。


小屋の前に立つアリアとシルヴァ。

ノックをすると、重い足取りの男――怪我の後遺症を抱えている様子からゼノスと思われる――が剣を片手に持って出てきた。


「冒険者か。エルフと人の二人組……お前らが噂の極光か?」


ゼノスの瞳が警戒の色を帯びる。


「あら、こんなヴァリエの端まで私達の名声が届いているなんて嬉しいわね」

「……何の用だ、極光。俺達はもう、引退している」


ゼノスは硬い表情ながらも、アリア達を迎え入れる。

部屋の中にはルナとクロウもいた。

椅子に座ろうとするゼノスを、ルナが献身的に支えている。

彼の足の傷が、彼を現役から遠ざけているのだろう。


「単刀直入に言うわ。住み込みで屋敷の管理人をして欲しいの。報酬は弾むし、あなた達の望む生活を与えてあげる。こんな陰気な暮らしとはおさらばよ」

「おぃ、リア。言い方があるだろ……」

「なんでよ。事実を言ってるだけじゃない」


アリアは迷わず、莫大な報酬を提示し、屋敷の管理と機密の保全を依頼するが、シルヴァはそのアリアの物言いにため息を吐く。


「……悪いが、金はいらない。辞退させてくれ」


案の定というか、ゼノスは、その報酬にも動じなかった。

しかし、気分を害したというわけではなさそうだ。

ルナとクロウが纏う空気はピリついているが。


「理由を聞いてもいいかしら?」


ゼノスは重々しく口を開いた。


「若い君たちの『急ぎすぎる旅』の匂いが苦手だ。君たちは何かを必死に追っている。それは危険な『業』の匂いだ。これ以上、誰も傷つくのを見たくない」


ゼノスは、自分たちが古代遺跡で経験した悲劇の繰り返しが極光を襲うことを恐れた。それ故の静かな拒絶だった。

しかし、拒絶されたアリアは口元を歪め、冷たい言葉を投げつける。


「急いでる? それはごもっともだわ。だけど、傷つくなんて決めつけないでもらえるかしら。それに『業の深い場所で立ち止まっている』のは、あなた達でしょう?」


アリアはゼノスの足と、隣で控えるルナを一瞥した。


「ゼノス、あなたの足の傷はいつまでルナを縛りつけるのかしら。そしてルナの魔力を蝕む呪いを、あなたはいつまで放置し続けるのかしら? こんな生活、いつまで続けるの?」


その言葉は彼らの心に深く突き刺さった。

ルナは息を呑み、クロウはアリアを睨みつける。

アリアの言葉に表情暗く俯くゼノスを見て、ルナが悲痛な声を上げた。


「私達は報酬なんかいらないし、私達は一緒にいられればそれでいいの! あなたになんて協力もしたくない! 帰って!」


アリアは嘲るように笑みを浮かべると、シルヴァに目配せをして、小屋を後にする。

小屋を出て少し歩いた後、アリアは立ち止まった。


「事実を言っただけじゃない。伝わってなかったけど……あぁもう、あんなことを言わなければよかった」


アリアが普段見せない後悔と戸惑いを見せる。

シルヴァはそっとアリアに触れた。


「今日は帰ろう、明日、謝りにくればいいさ」

「なんでよ、私悪くないもん」

「あぁ、そうだな」


シルヴァはアリアの頭を撫でながら、ヴァリエの宿へと戻った。

宿へ戻ると、羊皮紙にアリアが懸命に何かを書き始める。

その作業は夜通し続いたようで、翌朝シルヴァが目を覚ますと、机に突っ伏したままのアリアがいた。

その脇には紐で縛った羊皮紙が二つと、何度も書き直したのか、くしゃくしゃにしてある羊皮紙が山のように積まれていた。



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