第6話 いわくつきの優良物件


翌日、二人はギルドに顔を出し、リオンに不動産屋との顔繋ぎを頼むとリオンは快く引き受けてくれた。

そして数日に渡り不動産屋といくつかの物件や土地を見て回ったところで、ヴァリエ郊外に庭付き地下付きいわくつきの古い屋敷を見つける。


屋敷はヴァリエの中心部から離れており、アリアにとってはその静寂こそが理想だった。ヴァリエの南の砦を抜けてすぐの森を抜けた崖の上だ。

ヴァリエから崖に向けては坂になっているため、屋敷から北を見ればヴァリエが見渡せる。

逆に南側の崖下は大海が広がっており、海の向こうにはマグナ帝国領が微かに見えていた。


「静かでいいところね。この屋敷も何十年も前から住んでないって聞いてるけど、今も人が住んでるみたいに傷んでないし」

「ヴァリエの中心地まで四半刻はちょっと遠いけどな」

「別にたまにギルドに顔出すくらいしか用はないのだから、これくらい何でもないわよ。必要なら馬でも買う?」

「いや、常に旅に連れて行けるかもわからん。世話が出来ずに途中で乗り捨てるなんてしたくないし、買うのはやめておこう」

「相変わらず優しいわね」

「動物は裏切らないからな。裏切るのは、いつも人間だ。俺はそうはなりたくない」

「激しく同意するわ」


「あ、あの……では、どうぞ。私はここでお待ちしております」


入り口で不動産屋に鍵を開けてもらう。

不動産屋は一緒に入らないらしい。

この屋敷は『出る』らしいから。

景色も良く、敷地も広く立派な優良物件なこの物件が未だに空き家なのはそれが理由らしい。


「さて。出るのは吸血鬼ノスフェラトゥかしら、それとも王霊ゴーストキング?」

「やめてくれ、リッチと同格がこんなところにいたらたまったもんじゃない」


扉をくぐり、窓から入る陽光に照らされたロビーに入る。


「中に入ると立派さがより際立つわね」


ロビーは当時の状態なのか、赤絨毯が敷かれており、汚れは見当たらない。屋敷の中も所々、家具や生活品がそのまま残っているようだ。


「二人暮らしには大きいな」

「ふ、二人暮らし!?」


シルヴァから唐突に溢れた言葉に、アリアの胸は跳ねる。


「なんだよ、そうなるだろ?」

「う……確かに。そうね、二人暮らしになるのね」


普段、冒険の途中で野宿をすることもあるし、宿では節約して同じ部屋なのだから気にすることなど何もないはずなのに、この屋敷が『自分達の家』と思うだけで変な意識をしてしまう自分をアリアは落ち着かせる。

何より何にも感じていないシルヴァに僅かながら腹を立てるが、そんな様子はおくびにも出さない。


「本当に、何かいるな」

「え?」


シルヴァの声に警戒の音が乗る。

シルヴァが言うのだ、何かいる。

アリアも警戒し、いつでも動けるように周囲に意識を向ける。


「どこ?」

「……わからない。が、何かいる。この屋敷の中のどこかに」


シルヴァが相手の位置を特定出来ないことは珍しい。

相手が『いる』とわかっている上で、見つけられないというケースは過去になかったかもしれない。


「ここで立っていても仕方ないわ。とりあえず全部の部屋を見ましょ」


一階と二階は陽光が差し込んでいる。

アンデッドであれば、陽光のある場所では出てこない。

出てくるとすれば、地下だ。


案の定、一階と二階には何もなかった。

舞う塵に光が反射してそれをゴーストにでも見間違えるかもしれないと思ったが、そんなことすらなかった。


「しっかり掃除されている……誰も近寄りたくないとか言われてるのに、管理が行き届いてるじゃない」


違和感を覚えながらも屋敷の状態に感心し、そしてついに、地下へと続く石造りの階段を降りて、地下室の扉を目の前に立ち止まる。


「いるな」

照らせライト。すぐに攻撃しちゃダメよ。何なのか確かめたい」

「またお前は――」

「お願い」

「はぁ……わかったよ。でも、ヤバいと思ったら動くからな」

「うん、それでいいわ」


扉をゆっくりと開ける。

隙間が出来ると、啜り泣くような音が漏れてくる。

扉を開き切った時、その音が『ような』ではなく、啜り泣きであることを理解する。


『私が……私が屋敷を離れなければ……』


地縛霊バウンドスピリット?」


地下室の中央で泣き崩れているのはメイドだ。

メイドの姿をしているが、僅かに身体が透けている。


人語を話している時点で、かなり高位の霊体だ。

シルヴァはいつでもアリアを守れるように立ち位置を少しズラす。


『誰……ご主人様?』


アリアは一歩、バウンドスピリットに近づく。


「いいえ、違うわ。勝手に入ってごめんなさい。あなたは、自分のことがわかる?」


人語を話していることに希望を託して話しかけるが、その瞳は一目見て常軌を逸しているとわかるほど紅く染まっていた。


『ご主人様じゃない……侵入者……侵入者! ご主人様達を殺した侵入者!!!』


刹那、猛烈な圧が二人を襲う。

メイドの姿が消える。


シルヴァは即座にアリアの手を引き、自分が前に出る。

瞬きをした次の瞬間、目の前に回し蹴りを放とうとしているメイド。

その蹴りをシルヴァは両手で受け止め、足首を掴む。


「いってぇ……なんつう蹴り――だはぁっ!」


掴んだ脚を支点に、半回転をしたメイドはもう片方の脚でシルヴァの腹を蹴る。

その衝撃にシルヴァは手を放し、後ろにいるアリアのところまで吹き飛ばされる。


「シルヴァ!」


膝をつくシルヴァの背にアリアが駆け寄る。

怪我をしたのではないかというくらいの吹き飛び方だったが、シルヴァには思ったよりダメージはなさそうで安心する。


「リア、バウンドスピリットってこんなに強いのか? しかも触れるし、物理攻撃だぞ」

「いえ、そんなはずは……でも、バウンドスピリットは意志と魂が強く影響するから、あり得なくはないかも……シルヴァ。倒すんじゃなくて、動きを止められる? シルヴァの命に危険が及ぶなら諦める」

「いや、やられるほどではないとは思うが……何を思いついた?」


口元が笑っているアリアに、シルヴァは嫌な予感がする。

 

『許せない……許せない……』


「向こうは待ってくれないみたい。いいから、よろしくね」

「ったく!」


一歩一歩、踏みしめる度に殺意が高まっているようにメイドの圧が強くなる。

シルヴァはメイドの目の前に踊り出すと、その腹を拳で突き上げようとした。


メイドはそれを両手で受け止めると衝撃を逃すように地面を蹴ってそのまま縦に回転すると、その勢いのままシルヴァに脚を振り下ろすが、シルヴァも両手でその蹴りを受け止める。


「だからなんでお前の蹴りはそんなに重いんだ!」


そのまま脚を掴むと、地下室の壁に向けて投げ飛ばす。


『許せない……私は……』


壁にぶつかる直前にくるりと回転すると、壁に着地し、


『私は私を許せない!!』

「!?」


その悲鳴のような叫びを上げながら、壁を蹴ってシルヴァに向かって一直線に向かって来る。


「そうか、いいぜ。お前の苦しみ、受け止めてやる」


メイドとは思えない怪力とスピードが乗る拳がシルヴァに迫る。

シルヴァは構えを解いて、それを無防備に胸で受け止める。

大型の魔物が空から墜落したかのような鈍い音が響いた。


「ぐっ……」


シルヴァは胸で拳を受け止めると、そのままメイドを抱き締める。


『はなせ! はなせぇぇぇ!!!』

「辛かったな。だがな、お前のせいじゃない」

『うるさいうるさいうるさいうるさい!!』

「お前は何も、悪くないんだ」

『貴様に何がわかる! 私が! 私があの日! 屋敷を離れたから!!』

「わからないが想像はできる! 俺も主に仕えるものだ! 主を失った時、俺は絶対に俺を許せない! 全てが俺の責任だと思うさ! だが、俺の主はきっと、そう思うことを許さない! お前の主人もそうじゃないのか!!」

『!?』


メイドの動きが止まる。

そこに――


「慈悲深き天上の理よ、彼のものの愛を赦したまえ――聖刻・志魂調浄ホーリーブレス


アリアの澄んだ声音が響くと、地下室は光に満ち、シルヴァとメイドを包みこむ。


『あぁぁぁ……ご主人様……うわぁぁぁぁぁぁ』


憎しみに満ちた声でなく、ただ悲しみと愛しさに満ちた声が、地下室に響き渡った。


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