第5話 知れ渡る実力は賞賛と嫉妬と共に

ヴァリエの冒険者ギルドは、未だ興奮と混乱の渦中にあった。

神鋼級冒険者「極光」による嘆きの森の遺跡踏破の報は、ヴァリエの歴史において誰もが不可能と思われていた出来事だったからだ。


「……以上が、遺跡内で確認された主要な遺物と、遺跡を守護していた魔物の情報となります」


アリアはギルド代表とギルドマスター、鑑定団を前に、簡潔かつ正確な報告を行った。彼女の横には、遺跡で手に入れた竜鱗の外套を身に纏ったシルヴァが静かに立っている。アリアも同様だ。


「神鋼の剣が二振りと竜鱗の外套が二着。古代の魔術書に、膨大な魔力を秘めた魔石。金銀財宝、それに、この黒い丸石……」


鑑定団の団長が、テーブルに置かれた特異な石を興味深げに眺めた。その石は、まるで夜の闇を凝固させたかのように深く黒く、魔力を引き出すことはできないが、注ぐと際限なく吸い込まれていくという奇妙な性質を持っていた。


「この丸石は鑑定不能です。魔力を引き出せないため、価値判断もできません」


アリアは頷き、黒い丸石を手に取り、懐にしまった。


「その書物の内容を転写する間、数日は必要になるでしょ。転写が終わったら原本は返してもらうけど、情報は渡すから解析はお願いね」

「もちろんです。ご協力ありがとうございます」


冒険者は所属するギルドに情報を提供する義務がある。

そのためギルドは感謝を述べる必要はないのだが、律儀なものである。


「それにしてもリッチか。あの呪いの根源として驚きはないが、ヤバい奴が棲みついていたもんだな」


分厚い胸板の前で腕を組み、ギルドマスターが椅子にふんぞりかえる。


「そんなヤバい奴を二人で倒して来てしまうのだから、お前が見つけた“極光”も恐ろしいものだ」


普段は周辺国との外交に出ていることが多く、滅多に姿を見せないギルド代表が、興味津々という様子でアリアとシルヴァに視線を向けてくる。

ギルドマスターに比べるとひと回り身体は小さい。

所作もギルドマスターとは異なり貴族を感じさせる上品なものだ。しかし、歴戦の猛者のオーラを漂わせ、只者ではないことが窺い知れる。


「俺が見つけたってわけじゃねぇけどな。この二人がヴァリエを選んでくれただけさ」

「ふっ。彼らが街に来た最初の頃に、すごい奴らを見つけたと騒いでいたではないか。謙遜するな」

「よくそんな前のこと覚えてんな! 流石リーダーだぜ! ガハハッ!」


ギルドマスターは笑いながら代表の背中をバシバシと叩く。

力加減が出来ていないのか、代表の顔が引き攣っている。


「ファラン、ボイド、仕事中よ」


傍で控えていた美しい女性が昔話に花を咲かせそうになる二人を嗜めた。


「わかってるよ、ロッティ。ほら、ボイド。そろそろ叩くのをやめてくれないか」


ギルド代表はファラン、ギルドマスターはボイドという名前らしい。

アリアもシルヴァも他者に興味がないこともあって、今の今まで知らなかった。

傍で控えているロッティという女性を含めて、随分と仲が良いようだ。

疑念の眼差しを向けてしまったことを察知されたのか、ファランが補足を始めた。


「すまないね、“極光”のお二人。我々は昔のパーティーメンバーなんだ。秘書のロッティ、そこの鑑定士のサイラス。あと――」

「情報屋のリオンだよ」


突如、天井から獣人の女性が降ってくる。


「なっ……気配を感じなかった」


索敵能力に優れているシルヴァにすら気配を察知させない。

それだけでこのリオンも凄腕であることがわかる。


「代表達はまだまだ現役でいけそうですが、どうしてギルド側に?」


アリアは純粋な疑問をぶつけるが、ギルドマスターのボイド以外は気まずそうな表情だ。


「ガハハッ! 落ち着きたくなった理由が出来たってことだぜ、アリア嬢。ファランとロッティ、サイラスとリオンは結婚してんだ。ファランとロッティは子供もいるんだぜ」

「あぁ、なるほど」


大切なものを危険に晒せず引退。

よくある話だった。


「ちょっとボイド、個人情報でしょ」

「“極光”は興味ないみたいだが、ヴァリエじゃ有名な話だろ。今更だ。当時は盛り上がったんだぜ、神鋼級“秩序の守護者”が電撃引退ってな、ガハハ!」


“秩序の守護者”、流石にアリアも耳にしたことはあった。神鋼級を目指していた者として、その名を耳にしないことはあり得ない。

今なお、ヴァリエ最高の冒険者として語り継がれているのだから。

そんな生きる伝説が目の前にいることに、流石のアリアも身が引き締まった。


「光栄ね。“秩序の守護者”と対面できるなんて思ってなかったわ」

「珍しいな、リアが下手に出るなんて」

「何よ、私だってちゃんとしてる人には敬意を払うわよ」


ファランはアリアの言葉に静かに微笑み、ボイドは満足そうに腕を組んだ。


「それじゃあ、転写が終わったらまた使いを出しますね」

「えぇ、お願いします」


ロッティの言葉に応えると、アリアとシルヴァは“秩序の守護者”に頭を下げて会釈をすると部屋を出る。


「いい関係だろ。連携も完璧なんだ。これからが楽しみだろ?」

「あぁ。だが、彼女達が歩む道は茨の道だ。名を上げる程に、獣憑きの噂もついて回るだろう。神獣の試練というものが、少しでも浸透すればいいのだが……」

「そればっかりはな。獣憑きの御伽噺は、みんな子供の頃に聞かされて育つからなぁ」


未来ある二人の若き冒険者が出て行った扉を見つめながら、“秩序の守護者”は何か力になれることはないかと、思考を巡らせるのだった。


数日後。

アリアは遺跡から持ち帰った不要な宝石類を売却し、驚くほどの資金を手に入れていた。


「ふふ、これで一生遊んで暮らせるわ」


そんなつもりもないのに、アリアは一度言ってみたかったと俗物的なことを言う。

当面の資金を確保できたことは二人にとって素直に喜ばしいことだった。


しかし、その莫大な富は同時に妬みを生んだ。

昼食をとるために入ったヴァリエの酒場では、早くも噂が飛び交い始めていた。


「聞いたか? あの極光のこと」

「ああ。あの獣憑きとハイエルフだろ? 運だけで一獲千金を掴んだらしいな。遺跡には呪いなんてなかったらしいぜ」

「まったく、とんだ成金コンビだぜ」


下級冒険者の間では、極光の急激な成り上がりに対する嫉妬と憎悪が渦巻いていた。

その極光がすぐそばでその言葉を聞いているのに、気付いてもいないのだから、真偽を自分の目で確かめることもしないような連中であることがわかる。


「あんなバカ達の妄言は気にしないけど、この膨大な資金と手に入れた品々を気にしないわけにはいかないわね」

「持ち運べないぞ。ずっとリアを抱えなくちゃいけなくなる」


シルヴァが冗談めかして言うと、アリアは口元を緩める。


「わかってるわよ、でも置いておくにも宿では限界があるわ。資金はギルドの銀行に預ければいいけど、特に古代書を置いたり読んだりする場所が欲しいし、黒い丸石を調べる場所も必要ね……静かな広い場所……山の洞窟に籠るのは流石に億劫よね……」

「買うか? 俺達の家」


シルヴァの提案に、アリアは一瞬目を見開く。


「か、買うって――」

「その金はあるだろ?」

「だ、だって私達には目的が――」

「お前が郷の家族と合流できて、家族の元に残るってんならその家は売ればいいだろ?」

「……あなたは?」

「お前の家族に許されるなら一緒に残るんだが、エルフは基本、他種族嫌いだからなぁ。その時は、少し離れた所に小屋を建ててでも傍にいるしかないな」


シルヴァのこの言葉は、シルヴァの力を抑えるための薬的なものとしてアリアを見ているのか、それとも主従の契約に縛られているからなのかはわからない。


ただ、どんな時も傍を離れることが頭にないシルヴァの様子に、アリアは頬に熱が籠るのを感じる。無意識に口元が緩む。


「ふふっ。変な心配しないの。よし、買うわよ、ヴァリエに。そして、絶対売らないわ。私達の家なんだから、厳選するわよ! 気にいるものがないなら建てるわ!」

「建てるって。金の心配はいらんが、時間がかかるんじゃ――」

「これに関しては時間がかかってもいいわ! 後悔したくないもの!」

「……はいはい。なら、明日から家探しだな」

「ふふっ、楽しみね。いい不動産屋探さないとね」


アリアの笑顔には、普段見せない幼なさが見える。

純粋に楽しみにしているということが見て取れ、シルヴァはこの主の楽しみにとことん付き合おうと思ったのだった。


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