第4話 激突、呪われた遺跡の主
翌朝、二人はヴァリエを出発し、嘆きの森を越えて古代遺跡へと到達した。
草木が生い茂り好き放題に蔦が絡まっているその外観の荒れ具合から、人が出入りしている様子はやはり見受けられない。
しかし、遺跡を支える石柱自体にあまり劣化は見られず、遺跡そのものに何か魔法の力が働いているように思われた。
遺跡の周囲は冷たい霧に覆われ、一歩足を踏み入れた途端、シルヴァが激しい頭痛と高熱を訴えた。
「ぐっ……ぁあ……」
しかし、すぐにシルヴァの胸に下げられたプレートが淡く光り、症状を緩和させる。
「効いたわね。この魔法、負の感情を増幅させる極めて古い時代の闇魔法よ。元凶は奥ね」
二人は遺跡の深部へと進む。
途中、スケルトンなどのアンデッドと遭遇するが、アリアの魔法を要することなく、また、シルヴァは剣を抜くこともなく、拳と脚で難なく倒していく。
心身に不調を齎す闇魔法を緩和しているとは言え、そのスムーズさにアリアは違和感を覚えながらも、その正体を掴めずにいた。
広大な広間にたどり着くと、そこには夥しい数のアンデッドと、その中心に座する
「リッチ……これまた大物だな」
「遺跡の入り口まで届く闇魔法だもの。リッチなら納得」
「いけると思うか?」
「自信を持ちなさい。私達なら余裕よ」
「毎回、それで危険な目に遭ってるだろ」
「シルヴァがね」
「ぐっ! お前が無防備すぎるか――」
「来るわよ!」
胸の中心に赤黒く輝く魔石を擁し、死霊の王はアリアとシルヴァを視認するや、巨大な負の魔力の奔流を放ちながら激怒した。
『闇の領域に、生ある光のものが踏み込むこと、断じて許さぬ!』
王の放つ凄まじい負の魔力の奔流が襲い掛かる。
「きゃっ」
「うおっ」
その勢いが想像以上でアリアも流石にバランスを崩す。
シルヴァのプレートの表面がバチリと音を立て、妨害遮断の効果は耐えきれず霧散した。
プレートの防御が失われ、負の魔力を直に浴びたシルヴァは激しい苦痛に襲われることになる。
「ぐっ……」
「シルヴァ! 今、障壁を張るわ!」
「不要だ! 来てるぞ!」
苦痛を抱え、金色に瞳を明滅させながらシルヴァは迫るアンデッドを斬り倒していく。
平常時の状態では耐えられない闇魔法も、力を少しだけ解放すれば緩和できるようだ。
しかし、その分、別の苦痛がシルヴァを襲い続ける。
アリアはいつの間にか背後に回ってきていたアンデッドに魔法で対処せざるを得ない状況であり、アリアを頼ることはできない。
アンデッドもここに至るまでに遭遇したものよりも強敵になっていた。
リッチによる強化や支援があるのだろう。
キリがないアンデッドの襲撃に、シルヴァの動きが徐々に鈍くなっていく。
魔法で捌けない距離にアンデッドが迫ればアリアの体力では近接戦は乗り切れない。
少しずつ、少しずつ、アリアとアンデッドの距離が近くなる。このままではジリ貧だ。
取れる選択肢は、ひとつしかない――
「リア、使うぞ!」
じわりじわりと迫る危機、そして苦痛。
アリアを守らねばならないという意志が彼の瞳を黄金に染めると、力が爆発的に解放される。
「させねぇよ!」
シルヴァは咆哮と共に、自分達の周囲にいる死霊の王の召喚したアンデッドの群れを瞬殺する。
攻撃を受けることもなく、剣のひと薙ぎ、拳のひと突き、脚のひと蹴りで何体もの数をまとめて屠っていく。
その様子に拭い切れない違和感を覚えながらも、シルヴァが暴走する前に決着を着けるべく、アリアもすぐさま詠唱に入った。
「聖なる光芒よ、我が言の葉に従い、天より闇を穿ち断て! ――
アリアの放った光の魔力が死霊の王に降り注ぎ、その全身を焼く。
『グアァァァ!! この忌まわしき光の使徒め!』
闇の魔力の奔流が弱まったその隙に、シルヴァはリッチに瞬時に肉薄する。
魔法主体の魔物とは思えないほどの勢いで振り下ろされるリッチの錫杖を剣でいなすと、紅黒のコアを拳で打ち砕いた。
『ガアアアアアア! まだだ! ここで滅びるというのなら貴様らもろとも……全てを葬る漆黒の闇よ――』
「!? シルヴァ、下がって! 眩き聖なる極槍よ、今ここにその威を示せ!――
『我が魂を礎として、奈落の焦土をここに! 闇刻――』
リッチの詠唱を耳にしたアリアは即座に再び詠唱を重ね、リッチよりも僅かに早く魔法を発動。
極大の光の波動がリッチを呑み込み、完全に消滅させた。
「ふぅ……今のは流石に危なかった……」
切り札を短縮詠唱したことによる負荷に膝をつきながらアリアはホッとため息を吐く。
リッチが最後に詠唱していた闇魔法は魂そのものを魔力の糧として放つ自爆魔法だ。リッチの魔力ではここら一帯が焦土となってもおかしくはなかったが、間一髪の回避となった。
短縮詠唱にした分、魔力消費も大きかったが選択の余地はなく、その瞬時の判断により難を逃れたわけだが、アリアにはまだやることが残っている。
「がぁ……グオオオオオ!」
リッチの消滅と共に呪いの魔力が完全に霧散したはずの広間に、苦悶に満ちた咆哮が響く。
「シルヴァ! 今、戻してあげ――」
駆け寄ろうとしたアリアは目の前の光景に足を止める。
獣化が進み、理性が溶けているはずのシルヴァが、片手で狼に変貌し始めている頭を押さえながら、アリアが近づくのを止めるようにもう片手を広げてアリアに向ける。
「シルヴァ……あなた……自分で抑えようと言うの?」
「づよぐ、づよぐならねば……がぁっ」
人の顔に戻り始めていたシルヴァだったが、限界を迎えたのか、顔は狼へと変貌し、両手には鋭い爪が生まれる。
「よく頑張ったわ」
アリアはガラスの小瓶をシルヴァの上に投げると、その小瓶に向けて魔法を放つ。
「
狙いは違わず、撃ち抜かれた小瓶が破裂すると、中に入っていたアリアの血を聖水で割った液体がシルヴァの頭に降りかかった。
「かはっ! はぁ……す、すまない」
「どこまで覚えてる?」
「一応、聖水をかぶるまで全部」
「すごいじゃない!」
「まだまだだ。でも、ありがとな」
「礼なんていいわ。体が動くなら、さっさと宝探しよ」
アリアはそう言って、リッチが消滅した広間の奥を指差す。リッチの魔力が消えたことで、隠されていた扉が静かに姿を現していた。
「さあ、神鋼級の最初の功績に見合う報酬をいただきましょ」
奥に隠された宝物庫への扉を抜けると、中には、魔装具や宝石、魔石などが所狭しと積み上げられていた。
アリアは部屋の隅に置かれていた古びた羊皮紙の巻物や魔術書に興味津々だったが、シルヴァはそれらを一瞥すると、部屋の中央に置かれた一対の剣に目を留めた。
中剣と小剣。鈍色の紫黒に輝くそれらは、明らかに他のお宝とは一線を画していた。
「リア、見てみろ」
シルヴァが見つけたのは、
「これは貴重ね。ただでさえ最硬度の神鋼に更に魔法が付与されてるみたい。何の魔法かは……わからないわね」
「何の魔法かわからないとなると、使うのは危ないか?」
「これだけ綺麗に飾られていたのだから、使用者に害を為す魔法じゃないでしょ、私は使うわよ」
「その楽観さというか、豪胆さは見習いたいな」
アリアは満足げに笑い、シルヴァが見つけた小剣を手に取り、備え付けの鞘にしまった。
「中剣はあなたのね。剣が折れる心配はいらないし、最高のお守りになるわね」
「これで武器代が浮くな」
シルヴァは中剣を腰に佩き、新たな武器の感触を確かめた。
「貴重な剣を手に入れた感想がそれって。まぁいいわ。気になる書物もたくさんあるし、持って帰るものが多くて困っちゃう」
宝物庫に収められた財宝の量は、二人が手荷物として持ち運べる量をはるかに超えている。
「仕方ない。やってみましょうか」
アリアは周囲に視線を巡らせると、広間の自分の影を見つめた。
「
アリアが低い声で詠唱すると、彼女の足元に伸びる影が大きく広がり、空間を歪ませる。シルヴァやアリア自身を除く全ての財宝が、その影の中に吸い込まれていった。
「さ、帰りましょう、シルヴァ」
満足げに笑ったアリアは歩き出そうとしたが、その体はピクリとも動かなかった。
「……やっぱり動けないわね」
アリアが使用した
「……だからいつも言ってるだろ、無茶するなって」
シルヴァは苦笑しつつ、動けないアリアを軽々と抱き上げた。
「ば、バカ! やめなさい! 自分で歩けるわ!」
「嘘つけ。ほら、さっさと帰るぞ」
シルヴァは大量の財宝を収納したことで重くなっているはずのアリアを眉ひとつ動かすことなく軽々と抱きかかえて、遺跡の出口へと向かった。
至宝を手に入れ、歓喜に浸る二人。
そこに予期せぬ闖入者が現れた。
荒々しい足音とともに現れたのは、例の神鋼級パーティー“雷刃”だった。
彼らもどうやら同じ依頼を受けて慌てて後を追ってきたようだ。
リーダーの男は、広場の中心部、そしてそこで悠然と立つシルヴァと、抱えられているアリアを見て息を呑む。
「おい、さっきの強烈な魔力の波動はなんだ!」
「淀んだ魔力の流れが完全に消えてる。 何があったんだ!?」
「極光は生きてるのか!?」
「あら、心配してくれるなんて意外と紳士なのね。でもごめんなさいね。ここの踏破者は私達“極光”よ」
「なっ!? その色、
彼らの視線は、シルヴァの腰に佩かれた鈍色の紫黒の剣と、アリアの手で弄ばれる小剣に釘付けになった。
雷刃の仲間たちが驚愕の声を上げる中、アリアはシルヴァの腕の中で、神鋼の小剣を隠すことなく見せつけ、傲岸不遜な覇者の笑みを浮かべた。
「この遺跡のお宝は全て“極光”が貰い受けたわ」
シルヴァは彼らに目を向けることなく、雷刃の脇を通り過ぎ、堂々と遺跡の出口へと歩を進める。
「――格の違い、見せちゃったかしら?」
しつこいまでの追撃の煽りに、雷刃のメンバーたちは怒りに顔を歪ませるが、澱んだ魔力が消滅しているという圧倒的な戦果と、その手にある神鋼の剣、そして何より先ほど感じた計り知れない魔力の余波に、悔しさに打ちひしがれる。
「ち、ちくしょう……! 絶対に……絶対に負けねぇからな!」
実力差を痛感した捨て台詞が、遺跡の中に響き渡る。
雷刃のその声を背に、二人は出口へと向かった。
「ははっ、俺に抱えられながら言う台詞としては、どうなんだ?」
「い、いいのよ! あいつらは悔しがってたみたいだから、これでいいの!」
遺跡を出れば森は来た時とは全く異なり、澄んだ空気に満ちている。
木々にとまる鳥達の囀りが、二人の冒険の新たな始まりを告げていた。
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