第8話 最初の依頼を受ける時は偽名で
翌朝。
宿屋の木製の窓から、やわらかな朝日が差し込んでいた。
ベッドの上で目を覚ます。
「ううん、朝ですわね」
身体は少し軽い。けど”慣れてきている”ことに、少しだけ怖さを覚えた。
ヒールでの長距離移動と先頭で削られた疲労も、ルーチェの回復魔法と休息でだいぶ戻っていた。
本当、何でヒールで普通に歩けていたんだろうな。
もう疲労が溜まりやすいって。
スニーカーが履きたい。似合うかどうかは別にして。
「おはようございます、お嬢様」
「ええ、おはよう」
ルーチェはすでに身支度を終えていて、声や私を見る目が安堵しているように感じた。
爽やかな挨拶をしている。
相変わらず完璧なメイドだ。
(本当に、この子がいなかったら詰んでいたな……)
まあ、あのスライムを倒せなかったら、それ以前に詰んでいたが。
そこはもう、どうでもいいが。
俺はルーチェや昨日の事を思い出しながら、朝食を済ませる。
パンとスープ。
質素だが、昨日よりはずっとありがたい。
あの固すぎるパンを食べた記憶がまだ残っているからな。
「美味しいわ」
味だって、あのパンよりも何倍も旨かった。
食べ終わると、宿屋を出ていく。
「とりあえず、お金は欲しいわね」
ルーチェに頼り切りというのも悪い上に、彼女が持っている所持金だっていつかは無くなってしまう。
それなら多少でも、稼ぐ必要がある。
赤字だろうが、赤字幅は少ない方が良いからな。
「となると、依頼を受けるとか、でしょうか?」
「へぇ、依頼ね」
RPGみたいなシステムが、この世界にあるのか?
悪役令嬢としての記憶を思い出すが、そんなのがあったような覚えがない。
もしかしたら王都以外ならあるかもしれないが。
そう思いながら村の道を歩いていく。
少し歩くと、村の中心に掲示板があった。
この村にもあるんだな。RPGであるような掲示板って。
木の板に羊皮紙が釘で打ち付けられている。
「これが、依頼板ですの?」
「はい。冒険者や旅人向けの仕事が貼られています」
近づいた瞬間、ウィンドウが表示された。
ーーーーーーーーーー
◆掲示板検知
・討伐依頼
・採取依頼
・護衛依頼(低難度)
ーーーーーーーーーー
まるでスマホのカメラが四次元バーコードを認識したみたいだ。
UIは掲示板を認識機能があるなんて。
(完全にRPGだな)
ただ、ゲームと違うのはーー受けると戻れない現実だ。
とりあえず、掲示板に貼られている依頼を見てみる。
依頼は三枚。
【依頼1】
マルム村周辺のゴブリン討伐
報酬:銀貨五枚
備考:単独不可/二名以上推奨
【依頼2】
薬草(グリーンリーフ)の採取
報酬:銀貨三枚
備考:森の浅層に自生
【依頼3】
行商人の荷運び補助
報酬:銀貨二枚
備考:半日
「妥当なのは、2の依頼かしら」
戦闘は出来るが、連戦は避けたい。
俺かルーチェが倒れる危険性がある。
薬草採取ならリスクも低い。
途中で戦闘の可能性はあるが、何とかなるだろう。
「はい。今のお嬢様の状態なら、こちらが安全かと」
ルーチェも同意していた。
だがーー紙の下部に小さな文字があった。
【※依頼受注時、代表者の名前を記録します】
喉がきゅっと締まる。
(名前……)
ここで名乗る=社会に出るということだ。
もし、グローリア・ルイーザ・ネウムと書いたら?
王都からの通達が来た瞬間、”あの悪役令嬢”として処理される可能性がある。
心臓が早鐘を打つ。
「……お嬢様」
ルーチェは、少し声を落とした。
「無理に本名である必要はありません」
「え?」
「旅人は仮名を使うことも、珍しくありませんから」
その言葉に、はっとする。
(ああそうか、ゲームと違って、世界は柔軟なんだな)
俺がそう思ったら、ウィンドウが開いた。
ーーーーーーーーー
◆依頼受注に関する選択
・本名で登録
・偽名で登録
・同行者名義で登録
※選択により社会的フラグが変化します
ーーーーーーーーー
(選択肢、本当にRPGだな)
だがこれは、生存選択だ。
選択肢なんて軽い言葉で済ませていいのか? これが、失敗したら死ぬ現実だ。
「今回は偽名で行くわ」
「かしこまりました。では……」
ルーチェは一瞬考える。
そしてすぐに言葉を続けた。
「『グロリア』などはいかがでしょう。響きは似ていますが、別名です」
上手いな。
大喜利があったら、面白い回答が出来るんじゃないか?
「それで行きましょう」
俺は頷いて、掲示板の隣にいた村の青年に声をかける。
「この依頼を受けたいのだけど」
「お、ありがとうございます。お名前をーー」
「グロリアですわ」
ペンが紙を走る。
心臓の鼓動が感じられるくらいに、ドキドキしていた。
書き終えた時にほんの少しだけ、息を吐く。
ーーーーーーーーーー
◆依頼受注完了
代表者名:グロリア
依頼内容:薬草採取
ーーーーーーーーーー
問題なく、通った。
青年も違和感を感じていなかった。
(……よし)
胸を撫で下ろす。
その直後、UIが小さく更新された。
ーーーーーーーーーー
◆社会的認識
・登録名:グロリア
・警戒度:低
・偽名使用:フラグON
長期運用時、露見リスク:低〜中
ーーーーーーーーーー
(ちゃんと記録されているな)
ゲーム的だけど、これが命綱になる。
とりあえず依頼中は、グローリアという名前を使えない。虚しいが仕方ない。
「では、森へ向かいましょうか」
ルーチェも準備が出来ていた。
「ええ。初めての”正式な仕事”ですもの」
村の人間として、冒険者として、追放令嬢としてではない。
”ただの旅人”として第一歩。
ルーチェが静かに微笑んだ。
「お嬢様。いえ、グロリア様」
その呼び方が、少しだけ新鮮で、少しだけ心強かった。
誰にも見られていないけど、自分の中では大きな一歩だった。
男子高校生、悪役令嬢に転生して断罪されましたが 、追放の瞬間に記憶が戻ったのでハーレム作って魔王ぶっ倒します 奈香乃屋載叶 @NCR144
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