オスガキかむりちゃん!

@ikayuu

第1話 プロローグ  ~オスガキの日常~


「行くぞ、カムリ。痛くても我慢しろよ?」


「んっ……優しくして……」

 

 上目遣いにこっちを見るカムリは小刻みに震えている。

 

 はあはあと艶めかしい呼気が、俺の皮膚を優しく撫ぜた。

 緊張している様子がありありと伝わってくる。

 

 それも当然だろう。

 

 何せ初めてのことだ。

 幼馴染として過ごしてきた数年間、カムリは一度たりとて俺にこんな姿を見せたことはなかった。

 血だって出るかもしれない。

 

 しかし、放課後の薄暗い教室には、俺達を止める者は誰一人として存在しなかった。

  

 俺は保健室から借りてきたピンセットをそっとカムリの肌に押し当てる。

 

 ビクッ。

 

 ひんやりとしたその感触に、カムリは身動ぎしながら訴えた。


「うぅ……いじわるぅ。早くしてよぉ」


 詰まったような声で請願するカムリに、俺は嗜虐心を押し殺しながら淡々と告げた。


「うるさい。変な声を出すな。気が散るだろ」


 俺は、カムリの肌に深々と突き立てられた棘を繊細に摘んだ。


 そして一気に引き抜いた。


「あだー⁉ 優しくって言ったじゃん! 何してくれてんのっ⁉」


 カムリは血が滲む指をちゅうちゅう吸いながら俺に向かって絶叫する。


「いや、お前が急かすから……。まあいいだろ、綺麗に抜けたんだし」


「そんなこと言って、俺の甘えた声に興奮しちゃったから早く終わらせたかったとかなんじゃないのー?? ほんと蒼っちってば変態なんだからー」


「おま、抜いてやった恩も忘れやがって……」


「えー『抜いた』ー? やば! 俺、蒼っちに抜かれちゃったー! 遺伝子もってかれちゃうー⁉」


「このやろ……」


 ぷぷぷと含み笑いを浮かべながら、カムリはいつものように蒼のことを煽ってくる。


 そう、いつものようにだ。

 こんな不毛なやり取り、毎日続けていたらいつか禿げるぞ。


 やれやれ、と俺は自分の座席に腰掛ける。


 こいつと接してると疲れてしょうがない。

 が、無下に扱うわけにもいかないのだ。


 なぜなら……


「よいしょっと」


 腰掛けた俺の膝の上に、当然のようにカムリは座ってくる。


 そんな小動物のような挙動が、いちいち庇護欲を掻き立ててくるせいだ。


 子供のような出で立ちだからなのかわからないが、カムリのお尻から発せられる高めの体温が、太ももを通じてありありと伝わってくる。


「お前……いい加減にそれやめろよ……。他の奴に見られたら変な誤解されるだろ」


「えーどんな誤解なのかなー? 対面ほにゃららかなー?」


 そう、文字通りほにゃらら座位である。


 放課後の教室とはいえ、いつ誰が入ってくるかもわからないのだ。気が気じゃない。


「わかってんなら降りろって!」


 俺はガタガタと揺すってカムリを落とそうとするが、どんな体幹をしているのかびくともしない。


 その上、彼は俺の太ももの付け根辺りを手でまさぐると、


「でもでも、蒼っちの蒼っちは俺とくっついてたいみたいだけどねー?」


「それは財布だバカ、早く離れろ」


「あん」


 喘ぎながらカムリは机の方に席を移した。


 あいつには気付かれなかったようだが、実は財布といったのは嘘である。


 蒼っちの蒼っちは既に限界を迎えていた。


 それもそのはず。これだけ端麗な顔立ちの子の体温を一身に浴びたのだ。

 並の男であれば当然耐えれるはずもない。しかし、俺にとっては別の理由によるものだ。


 モゾモゾと、さりげなくポジションを直す素振りを見たカムリは、


「あー、やっぱり我慢できなかったか―。まーこんなにかわいい俺に跨られちゃったら当たり前だよねー」


 ケラケラと朗らかに、自身の美貌を自賛するカムリ。


 自己評価の高い無邪気な少女だな。俺っ娘なんて独自性があって可愛いじゃないか。

 何も知らない人が見たら、おそらくそう思うに違いない。


 しかし、俺だけは知っている。


 目の前でにやけ面を浮かべるこのメスガキが、本当はメスではないということを……。

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