第2話 推しの想い人
「いったいどうしたんですか? ユーリさんが遅刻するなんて今まで一度もなかったのに」
「遅刻……? っべ!! 今何時だ!?」
「えっ? もうお昼になりますけど……」
「しまったぁっ!!」
ルーチェ(?)に言われて慌てて窓の外を見ると、太陽は既に空の真上にあった。
ヤバい! 遅刻なんてしたらパワハラ野郎に何を言われるか分かったもんじゃねえ!
――って、あれ? 今日は出勤日じゃなかったはずでは……?
そんなことよりも窓から見える町の様子がおかしい。
コンクリートジャングルと形容されるくらい建物が密集しているはずの都会の町のはずなのに、下に広がっていたのはたまーーーーに見るテレビに出てくる外国の町街並みのような景色。
というか俺の部屋は4階にあるはずなのに、ここはどう見ても2階の部屋だ。
何もかもがおかしい。頭がバグってしまいそうだ。こういう時はどうしたらいい?
あ、そうだ。スマホだ。まずはスマホで状況確認だ。今は何月何日何時何分で、俺は今どこにいるのか。
スマホを見れば全てが分かる。
「……? 何を探しているんですか?」
「スマホだよスマホ! 俺のスマホがどこにあるか知らないか?」
「すま、ほ……? なんですかそれは?」
「ええっ!? スマホ知らないの!? 持ってないのも珍しいけど、今時スマホそのものは知らない人がいるなんて……」
「えっと、それはどういったものなんですか?」
「どういったものって、どう説明したらいいんだろ……パソコンもテレビもねえし説明しようがないな……っていうか、今時外歩いてる人のほとんどが手に持ってるでしょ。あの小さな板みたいなやつがスマホだよ」
「ぱそこん……? てれび……? な、なにを言っているんですかユーリさん……?」
いくら説明してもルーチェ(?)は、全く理解してくれないのでどうしたものかと思っていたが、問答を重ねるうちに俺は最も重要なことを見逃していることを思い出した。
「
そう。彼女はさっきから俺のことをユーリさんと呼んでいる。
俺の下の名前はユーリではない。なんなら3文字ですらない。
もしかして彼女は俺のことを別の誰かと勘違いしているのだろうかという線を真っ先に疑ったが、そこで先ほど鏡に映った顔を思い出して改めてある予想に行き着く。
それはあまりに非現実的発想。幻覚を認めること以上にあり得ない、異次元の結論であるが、一度疑い出したらもうそれとしか思えなくなってしまう。
だから、俺は質問した。この疑問を確信に変える決定的なことを彼女に聞くことにした。
「えっと、ごめん。この町の名前ってなんだっけ」
「えええっ!? ライムテッドですけど……忘れちゃったんですか?」
「ライムテッド……マジかよ、ほんとにそんなことあり得るのか……?」
「ひょっとして記憶喪失……というものなんですか?」
「……そう、かもしれない」
「そ、そんなっ――」
ライムテッド。それは俺が前世でやりこんだ「エンド・オブ・リユニオン」というMMORPGの期間限定イベントで登場した町の名前だ。
そして「ルーチェ」は、そのイベント内で「結晶」と呼ばれる特殊な強化アイテムを鑑定するギルド職員の一人で、モブにも拘らずその容姿と性格から絶大な人気を獲得し、その年の人気投票で見事1位を獲得したアイドル的キャラクターの一人だった。
だんだんと思い出してきたぞ。そうなると俺は今、ゲーム内で最も嫌われていた男になってしまったという結論に至ってしまう。
(くそっ、よりにもよって「ユーリ」かよ! どうせ転生するなら主人公枠か超重要キャラにしてくれよ!!)
かくいう俺も「ユーリ」というキャラが非常に嫌いだ。
何故ならこいつは、冴えないモブのくせに俺の最推しキャラである「ルーチェ」の永遠の想い人という立場を獲得しやがったのだから。
ちなみに本来はイベント終了後、このライムテッドという町は、ラスボスである邪神の手先に町ごと滅ぼされ、住民はほぼ全滅してしまったことが後々発覚するのだが、ルーチェが運営の予想を上回るほどの圧倒的な人気を獲得してしまったため、さらっと彼女が死んだことが本編で触れられると、恐ろしい勢いで大炎上してしまったという黒歴史がある。
それを受けて数か月後に「ルーチェ」のサイドストーリーが追加されたのだが、そこで登場したのがこの「ユーリ」だ。
もともとイベントではルーチェとユーリが日替わりでギルドの鑑定所の受付担当が入れ替わる設定で、ユーリの日はハズレ日とされほとんど誰も利用しないくらい嫌われていたにも関わらず、サイドストーリーでは「ルーチェ」が先輩である「ユーリ」に好意を抱いていたことが発覚し、さらに滅びの日に「ユーリ」が命懸けで「ルーチェ」を守ったことで「ルーチェ」だけが唯一生還したという終わり方をしてしまったのだ。
これにより「ルーチェ」は傷心のまま永遠にユーリを想いながら細々とどこかで生き続けている(本編には二度と登場しない)という後付け生存ルートが展開されたものの、当然のごとくこのサイドストーリーは大炎上する羽目になった。
人気キャラを無理やり生存させるためとはいえ、これだけは本当にやってほしくなかった。
その日はショックで寝込んで仕事を無断欠勤してしまった上に、6年続けたこのゲームを本気で引退しようか考えたレベルでキツかった。
(くそっ、思い出しただけで腹が立つ。本当に許せん)
俺たちのアイドルだったルーチェを後付けで奪っていったユーリ(と運営)も当然許せんが、それ以上に今も二度と叶わぬ恋を抱えたまま生きているという雑な感動系の締め方をさせられたのが腹立たしい。
ああくそ、とんでもねえ状況に追い込まれているにもかかわらず、あの時の怒りを思い出しちまってどうでもよくなってきた。
「あ、あの!」
「え、あ、ど、どうしたの?」
「あの……知り合いの魔法使いさんがもしかしたら治療してくれるかもしれませんので、あとで来てくれるようにお願いしてみますね!」
とても心配そうな目でこちらの顔を覗き込むルーチェ。
やっべえ。滅茶苦茶かわいい。世界一かわいい。
ああくそ、「ユーリ」の野郎、どうせルーチェを守るなら後々悲しまねえようにちゃんと自分も生き延びろよな!
お前なんかにくれてやるのは正直不快でしかねえが、ルーチェが悲しみ続けるより遥かにマシなんだから!
――って、あれ?
「ご飯も……食べてませんよね? 何か作りましょうか? あっ、ギルドの方にはお休みするそうですって伝えておくので安心してください! えっとそれと――」
あれ……? 今「ルーチェ」が本気で心配してくれている男は誰だ?
合鍵を渡すほど信頼関係を築いている男は誰だ?
――
「私、ユーリさんが元通りになるまで傍にいますので!」
動揺を無理やり隠して精一杯優しげな笑みを浮かべてくれるルーチェ。
あっ、俺最高のキャラクターに転生しちゃったかもしれない。
【増殖バグで∞強化】死にゲー世界のNPC鑑定士に転生したので、前世の知識を駆使して破滅イベントを破壊します! あかね @akanenovel1
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