第8話:ジェルガモ出版にて

 僕とメダ、アマンとプオルの四人はマシスたちと一緒に学院を出て、門前で分かれた。マシス達は街の人に聞きこみにいくらしい。


「で、俺達はどうすんだよ」

 プオルが僕に尋ねる。全員制服のマントをつけている。


「ジェルガモ出版……僕のバイト先にまずいってみる。そこでカルトの情報を集めるのと、ジグザのことを聞いて回る……と言っても後者は多分上手くいかないけど」

「なんで」

「組織の情報と個人の情報じゃ情報量に隔たりがあるからだよ」

 プオルはあんまり世間と言うものを知らない。

 けど、この中で騎士科はプオル一人だ。いざとなれば彼の剣に頼るしかない。


「出版社の人ならカルトについては何か知ってる可能性があるね」

 アマンの言う通りだ。そういうのには強いだろうという予感はある。


「だからまずチルさん……僕の担当に聞く。そこで何か手がかりがつかめればいいんだけど……まず、あの赤ワンピ集団は単なる詐欺集団なのか、それとももっと別な何かなのか」

 そこからして不明と言うのが状況を分からなくしている。貴族まで巻き込んでいるという所で何か妙なものを感じはするんだけど……もっとキールさんと話を詰めておくべきだったかも知れない。


「赤ワンピ集団の目的が単なる金ならバカな貴族が騙されたで済むんだけどね……」

 メダの言う通りではあるんだけど……。


「そりゃねーだろ」

「ないだろうね」

 プオルとアマンがメダの言葉を否定する。


「……二人とも何か思い当たることあるの?」

「クロツさんが例の貴族の話を聞き取ってくれた。渡そうとしたのはお金にならないけど赤ワンピにとって必要なものであって、お金ではないらしい。勿論高価なものって可能性は高いけど、単なるお金目的ではなさそうだよ」

 アマンが説明してくれる。

 そっか……クロツさんは貴族の話まで聞こえたのか……。となると、赤ワンピ集団はいよいよ怪しくなってくる。


「なんなんだろ……あの小さな建物だよ」

 そんな話をしてる内に、ジェルガモ出版に着く。

 僕を先頭にして中に入っていく。


「ニナギのケクとマクのギド、きました」

 僕が挨拶すると、チルさんが不思議そうに立ち上がった。


「あれ……休みってことになってたよね? もしかして支払いに不備でもあった?」

 チルさんは昨日のごたごたを聞いていないらしい。もっとも、騎士団が伏せたということだろうけど。


「それにお友達まで連れて……」

「これを見てください」

 僕は王立騎士団仮所属の身分証を見せた。


「……んん?」

「今、ちょっと厄介なことになってるんです。それでジェルガモ出版にも聞き込みをしたくて」

 僕はここにきた経緯を話した。


 謎の赤ワンピ集団と貴族ペリオ公女の繋がり、そしてそこに挟まってきたジグザと言う子……一通り話すと、チルさんは「ふぅむ」と腕を組んだ。


「例のカルト教団は一部の出版社の間で噂になってるよ」

 読み通りだった。


「ちょっと待ってね。キクネさーん」

 チルさんは一人の同僚に向かっていき、何かを貰ってきた。


「これを配ってるらしいよ」

 それは赤ワンピ集団が持っている薄いパンフレットだった。


《エメンハエム教団》とある。


 ……エメンハエム? パカンナントは一通り読んだと思うけど、少なくとも略式版に出てくるものではない。


「エメンハエムってなんですか?」

 メダが聞いてる辺り、ルーラシア人にしても馴染みのない言葉らしい。


「冥獣獄獣……つまり濁った闇ダレオスサに属す『異なる神』とか言う存在らしいわ。それによるとね」

 チルさんはパンフレットを示した。


 僕がそれを開くと、メダ・アマン・プオルが覗き込んだ。


「異なる神エメンの家エメンハエム……ルーラシア正教会とは別の在り方を示す、か。メダ、これは聞いた事はあるの?」

 アマンがメダに尋ねる。


「ないわ……異なる神なんて聞いた事ない」

「ギドのルーラポケで探せないか?」

 プオルが言うことは僕も考えていた。


「やってみるか……チルさん。何かメモできる紙ありますか?」

「これにどうぞ」

 チルさんがくれたメモ用紙を受け取って、僕は唱える。


「検索複写・異なる神エメンについての情報」

 幾つかの候補が僕の頭の中に浮かぶ、僕は片っ端からそれを複写していく。


「久々に見たけど普通に凄いよねこれ……」

 チルさんは驚いている。


「まあ情報的には強いんですけどね……パカンナントの一部にあるのがこれか。出典併記」

 僕が追加で唱えると、それはパカンナント完全版史書第三巻にある記述だった。


《異なる神エメンを崇める教団がかつて古都ギエレケトに存在し、ルーラシアとの戦いの末に滅ぼされた》……そこから当時の逸話が幾つか書いてある。

 それによるとエメンは濁った闇ダレオスサの名残で、ルーラに近い存在であるらしい。ルーラに鍵霊が付き従うように、ダレオスサにも仕える存在がいる。エメンと言うのはそれに近くて、ハエムというのは古ルーラシア語で『家』のことだ。


「ルーラシア建国当初は同様の存在が各地にいた……か。史書の細かい所までは義務教育課程でやらないからな。そりゃメダも知らないわけだ」

 アマンの言う通り、メダでも恐らく学んでない範囲だ。


「あなたその子と同じルーラシア人じゃないの?」

「あ、俺とプオルはギドと同じクタリニンです」

 チルさんにアマンはプオルを指して答えた。


「あー、ギド君と一緒に見つかった九人の内の二人か。なら疎いのも仕方ないと思うけど、でもエメンって神についてはルーラシア人でも知ってるのは宗教学者か考古学者くらいよ。それくらいマイナーな存在だし」

 となると学院の教授とかに聞いてみる必要もあるだろうか……いや待てよ。


「ちょっと待ってください。検索複写・エメンについて触れた学術書」

 僕はとんとそこに追加で一覧を複写した。これも数が少ないけど、図書館にはありそうだ。


「うーん……エメンについてだと調べることが多いな……このパンフに書いてあることはどの程度信用できるのか……。でもエメンハエム教団について調べるのであればパンフがあれば充分かな」

「そこはアマンの言う通りかな……ただこのパンフ貰っちゃうとチルさん達が困りますよね?」

 恐らくジェルガモ出版で使っているからあるわけだし。


「まあねー。でも、王立騎士団の身分証あれば適当に押収できるわよ。あの赤いの割とその辺にいるし」

 複写はできるけど、すぐには……いや、文明の利器を活かすか。


「ちょっとだけ借ります。メモください」

「うん? うん」

「検索複写・エメンハエム教団のパンフレットの全文」

 僕は複写した全文をルビゼで撮れないか試した。問題なく撮れて、連絡先に共有する。これ、割とスマホと同じ感覚で使える。


「これがあれば大丈夫かな」

 僕がルビゼを見せると、アマンとプオルはそれを確認した。


「待ってなんで三人ともそんな簡単にルビゼ使えるの!? どこで見るの!?」

「浮かんできた表示をつつけばいいんだよ」

 僕は慣れてないメダに教えてあげた。


「こうか。普通に写ってる!?」

 メダはルビゼと似てるスマホを知らないからか、驚いてる。それくらいルビゼが珍しいものだったりする。


「で、ここからどうすんだ? この情報をどうにかするにしてもここじゃ……」

 プオルが尋ねてくる。


「分析はバラキに任せるよ。バラキは多分余裕があるから。僕達は脚で探そう」

 聞き込みをキールさんが、広範囲の探索をクロツさんがしてるってことは、バラキは多少余裕がある筈だ。


「それだろうなー。僕達は……ジグザって子についてか。なんだかんだ顔が分かるギドがいた方が調べられる」

「うん。さっきの似顔絵は……これか。チルさん、この人見ませんでしたか? さっきの話で僕を嵌めようとした子です」

 チルさんはクロツさんが写した模写を見た。

 かなり精密に書き写してくれてるから、見て分かんないってことはないと思うけど……。


「うーん……少なくとも私は知らないわね」

 チルさんは「待って」と言ってジェルガモ出版の人に聞いて回ってくれた。


「ジグザって奴が何してんのか分かんないか?」

 プオルが腕を組んでいる。


「うーん……見た目に分かりやすいけど、何かの包みを背負ってたくらいしか他の情報がない……お金はそんな持ってなくて、輝都ジェケドットの出身で最近王都にきたって話はどこまで信じていいか分かんないし……」

 出身地の情報とか幾らでも偽れるし、検索で出てきたってことは名前だけは正真正銘の本名ってことだろうけど。


「輝都ジェケドット……だと王都の隣だし、行き来はしやすいから人の出入りは割とあるのよね」

 メダは地図を思い出しながら言ってるらしい。輝都はいこうと思えば王都から歩いていけると聞いたことがある。


「お待たせ。誰も知らなかったわ」

 チルさんの言葉で僕らはどうすべきか考える必要があった。


「とりあえずどっか入って今後の話しようぜ」

 プオルの言葉で、僕達はチルさんにお礼を言って、僕は連絡先を教えてジェルガモ出版を出ることになった。


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2025年12月10日 20:00
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ルーラシア戦記~秘の転生者~ 風座琴文 @ichinojihajime

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