秘密はいつもティーカップの向こう側 ~神様の言うとおり~

天月りん

神様の言うとおり

「な、何だと……!?」


 新年最初の打ち合わせは、問題なく終了した。

 コーヒーとセットにしたガトーショコラも、満足といえる味だった。

 何より今日は、湊と会う約束になっている。


 それなのに――。


 気まぐれな神様のお告げは、亜嵐を幸せな日常から絶望へ突き落とした。


 ***


 チリン。


「こんにちは~、翠さん」

「こんにちは」


 正月休みが明けた小春日和の午後。

 湊と美緒は、揃ってローズメリーのドアを開けた。


「あら、お揃いで。待ち合わせたのかしら?」

「やめてくださいよ~、翠さん。師匠に聞かれたらどうするんですか」


 白いダウンコートを脱ぎながら苦笑する美緒に、湊は小首を傾げた。


「……?駅でバッタリ会ったんです」

「そう、バッタリ。だから私は無実なんです!」

「ところで、亜嵐さんは?」


 いつもの表情、いつもの温度感――慣れ親しんだ遣り取りなのに。

 翠は口元をきゅっと引き締め、眉をすぅっと寄せた。


「亜嵐さんなら……あそこにいるわよ」


 そう言って示したのは、店の一番奥――窓から離れたテーブルのさらに隅。


「ん?あんな暗い席ありましたっけ?」


 美緒はしぱしぱと目を瞬かせた。

 照明は届いているはずなのに、そこだけ妙に薄暗く、空気も澱んでいる。

 翠は「はぁ……」とため息を吐いた。


「戻ってからずっとあの調子なのよ。ケーキにも手を付けないし」

「えぇっ!?師匠が甘味を拒否だなんて……絶対おかしい!」

「亜嵐さん!?」


 湊は呼びかけながら駆け寄った。

 しかし亜嵐は壁にもたれたまま、まるで電池が切れたおもちゃのように、微動だにしない。


「どうしたんですか、体調が悪いんですか?」


 がっくりと落ちた肩にそっと触れると、亜嵐はやっと目線だけちらりと寄越した。 


「……湊」


 力のない声音に、湊の心配は一気に膨らむ。

 と、そのとき。ふとテーブルに落ちている紙片が目に入った。


「何ですか?これ」

「私を苦しめる神のお告げだ……」

「はい?」


 どんよりと重々しい声。

 紺色のモッズコートを脱いで亜嵐の隣に腰かけた湊は、紙片を手に取って確認した。


「おみくじじゃないですか」

「どれどれ?……わっ、大吉!」


 向かいの席に座った美緒が、湊の手元を覗いて声を上げた。


「大吉なのに、何でそんなに凹んでるんですか?師匠」


 至極もっともな問いに、湊も亜嵐を見る。

 すると亜嵐は両手で顔を覆い、さめざめと泣き出した。


「大吉など嘘っぱちだ。詳細を読んでみればわかる」

「詳細……?」


 細かい文字を、湊と美緒は一つずつ読み始めた。


「願望、思いがけず援助あり、叶う。……別に悪くないですよ?」

「……次を」

「はいはい。待ち人、おらず。……ん?いないってこと?」


 首を傾げる美緒の前に、紅茶のカップが置かれた。

 翠が温かい紅茶を持ってきてくれたのだ。


「そこはいないんじゃなくて、もう傍にいるってことじゃない?」

「ああ、なるほど。藤宮くん、次は?」


 カップに紅茶とミルクを注いで、美緒は先を促した。


「失せ物、遠くにて出ず。ちゃんと出てくるってことですよね」

「……次」

「恋愛は――やや難し。求める前に誠意に応えよ」


 美緒が読み上げると、ほんの半秒の沈黙が落ちる。

 そして――翠がプッと吹き出した。


「学問は努力の末に吉ありで、商いは利ありて損なし。良かった、順調って事ですね!」

「…………」

「病い――完治の見込みなしっ!」


 読み上げた瞬間、美緒はテーブルに突っ伏した。

 翠は俯いて、肩を震わせている。

 その様子を見遣って、亜嵐は深く息を吐いた。


「二人の様子でわかるだろう、湊。今年の私は最悪だ。正月早々、もう終わりなのだ!」

「えぇ!?どうしてそうなるんですか。健康診断やったばっかりですよね?完全に健康体だって自慢してたじゃないですか!」


 全くかみ合わない二人――主に湊の天然ぶりに、美緒と翠はとうとう笑い声を上げた。


「あははっ!これって『やや』ってレベルかな?」

「うふふっ、大丈夫よ藤宮くん。たとえ草津のお湯で治らなくても、ここであなたと紅茶を飲んでいれば、悪いことなんて何も起きないから」

「それってどういう……湯治が要るってことですか?」


 きゃらきゃらと笑う女性陣に、湊は首を大きく傾げた。

 まったく理解はできないが、笑っているということは――おそらく亜嵐は大丈夫なのだろう。


 ジト目で三人を見遣った亜嵐は、額に手を当てて頭を振った。


「こんなことなら、軽々しくおみくじなど引かなければよかった。あの編集者め……『この神社は縁結びで有名なんですよ~』などと誘っておきながら!」


 次第に怒りがこもっていく声音にハッとして、湊は亜嵐を見た。


「だって大吉ですよ?」

「しかし中身が悪い!これでは実質大凶だ!」

「うーん。そう思うなら、どうして結ばず持ち帰るかな?」


 美緒の呆れ声に、亜嵐はキョトンと目を丸くした。


「結ぶ……?何だそれは」


 そんな亜嵐に、今度は湊と美緒がキョトンとする。


「……そっか。師匠、知らないんだ」

「良くないおみくじは神社に結んでくれば、悪運を神様に預けられるんですよ」

「何だって!?」


 ガタン!


 驚いた亜嵐は、腰を浮かして湊の肩を掴んだ。


「だがあいつは『持っていればお守りになる』と言っていたぞ!?」

「大吉だからそう言ったんじゃないかしら?」


 しかし翠の正論に、亜嵐は納得しない。


「結べると知っていれば、そうしたものを……!」

「じゃあ、今からでも結びに行きますか?」


 湊がコートを掴んで席を立つと、亜嵐はポカンとした表情になった。


「今から……君と二人でか?」

「ええ。こんな状態の亜嵐さんを、放ってなんておけません」


 放っておけない――その言葉で、亜嵐の瞳に光が戻る。


「いいのか?」

「そんなに遠くないですよね、編集部のあるビルの近くでしょう?」

「そうだが……」

「今から行けば、夕飯までには帰れますよ。ほら、行きましょう」


 そう言って、湊は亜嵐に手を差し出した。

 その手をじっと見ていた亜嵐の口元が、ふっと緩む。


「そうだな。……実はその近くに、気になるショコラトリーがあるんだが」

「じゃあ、そこにも寄りましょう。白石さんも行くよね?」


 邪気のない笑顔で誘われたが、美緒は顔を青くして首を横に振った。


「やめておく。馬に蹴られたくないから」

「……?」


 またしても首を傾げる湊に、翠も美緒も苦笑を浮かべるしかない。

 湊は「そっか、じゃあ」と言って、亜嵐の腕を取った。


「行きましょう、亜嵐さん」

「ああ。行こう、湊」


 慌ただしく、けれど楽しそうに肩を並べ二人を見送りながら、美緒と翠はクスクスと笑った。


「ご利益、ありまくりの神社ですね」

「そうねぇ。ふふっ、今年はどうなることやら」


 チリン。


 出ていく二人と入れ違うように、風がふわりと舞い込む。

 冷たいけれど、どこか春の匂いを含んだ空気には、縁結びの神様の気配が確かに感じられた。


 

 秘密はいつもティーカップの向こう側

 SNACK SNAP

 神様の言うとおり / 完


 こちらの作品の本編は、アルファポリスにて連載中です。

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秘密はいつもティーカップの向こう側 ~神様の言うとおり~ 天月りん @RIN_amatsuki

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