Diary

玄道

彼女の傷が、僕にも痛い。

 5月10日 はれ

 

 今日から 新しい日記ちょうにかく。

 

 あさ、おとなりのまなみお姉ちゃんとごあいさつする。

 

 お姉ちゃんはいつもやさしい。

 

 ママはまだはやいって言うけど、かけ算も漢字もおしえてくれる。


 ぼくはまなみお姉ちゃんがだいすきだ。

 

 5月16日 はれ

 

 まなみお姉ちゃんが、高こうのじっしゅうで作ったってクッキーをもらった。

 

 すごくおいしかった。

 

 今日は、草や木がどうしてなにも食べないのに、あんなに大きいのか教わった。

 

 光合成という字も教えてくれた。

 

 5月20日 はれ

 

 夕方、こうえんでまなみお姉ちゃんがブランコでうたっていた。

 

 ぼくが、「なんて歌?」って聞くと、「こっこのみずかがみだよ」って教えてくれた。

 

 お姉ちゃんのかおが、なんかこわかった。

 

 お姉ちゃんは、そのあと赤ちゃんみたいに泣いた。

 

 6月1日 雨

 

 あの日から、まなみお姉ちゃんがお家から出てこなくなった。

 

 ぼくがママに聞いても、「まなみちゃん、いそがしいのよ」って言う。

 

 高こう行ってないの、ぼく知ってるのに。ママのうそつき。

 

 6月7日 くもり

 

 まなみお姉ちゃんとひさしぶりに会った。

 

 すごくやせて、でも笑ってごあいさつした。ほっとした。

 

「まー君、いっしょに行こ? ね?」ってお願いされたから、とちゅうまでいっしょに行った。ようちえんで、かな子先生が「どうして、知らない人といたの?」って言ったから、「おとなりのまなみお姉ちゃんです」ってせつ明した。

 

 帰りも、まなみお姉ちゃんといっしょだった。

 

 お姉ちゃんは、すごくびくびくしてた。

 

 6月9日 はれ

 

 まなみお姉ちゃんが、ぼくにおてがみをくれた。

 

「まだ、あけちゃダメ、もう少しまって。こうこうせいになったら読むのよ。お姉ちゃんからの、さいごのおねがい」って言われたから、あけてない。


 お姉ちゃんの手が、いつもより冷たかった。それに少しふるえてた。さむいのかな?


 さいごなんて、やだな。お姉ちゃん、ひっこすのかな。


 ママに聞いたら、なんでかわかんないけどすごくおこられた。



 6月10日


 あさ、おとなりにきゅうきゅう車が来た。


 おばさんもおじさんも、すごく泣いてた。


 お姉ちゃんの名まえを、何回もよんでた。


 ママは、すごく泣いて、「もう、まなみちゃんにあえないのよ」って言った。


 まなみお姉ちゃんは、とおいところでしあわせにくらすんだって。


 もうあえないのはいやだけど、お姉ちゃんがしあわせなら、いいと思った。


 ◆◆◆◆


 あの日から、俺は日記に何も書けなくなった。


 愛美姉まなみねえのいない、長すぎる時間を過ごしてきた。 


 俺は、あれから愛美姉の言いつけを守り続けてきた。


 そして、明日が高校の入学式だ。


 愛美姉の、最後の言葉をようやく開く。


 □□□


 正紀まさき君、高校合格おめでとう。


 私はもういないけど、泣かないで元気でいたかな。


 私は、君のことが大好きで、弟みたいに大事だったよ。


 だから、一つだけ約束してね。


 女の子に、絶対に乱暴したり、エッチなものを見せちゃダメだよ。悪い友達や、先輩に誘われても、絶対に。


 ずっと優しい、正紀君のままでいてね。


 ごめんね。


 バイバイ。


 東野とうの愛美


 □□□


 手紙が、ぼたぼたと落ちる雫に汚されていく。


 ──謝んないでくれよ、愛美姉……ちくしょう。


 愛美姉がいなくなって、それからの長い月日で、少しずつ分かってはいた。 


 愛美姉に何があったのか。


 それ以来、俺自身を含む"男性"全てを、その欲望を憎んで過ごしている。


 エロ動画も、そういう漫画も、本も。


 愛美姉の歌っていた、Coccoの『水鏡』が、ずっとこびりついて離れない。


 俺の心に、愛美姉の爪が食い込んでいるような、そんな気さえする。


 愛美姉の事を想うと、フォークダンスすら嫌になる。


 


 ──きたねぇ。


 <了>

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Diary 玄道 @gen-do09

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