死神弾劾裁判
杜守幻鬼
死神弾劾裁判
十三階段を上った先に、その法廷はある。
冥界裁判所特別法廷。
被訴追神(ひそついしん)席と訴追神(そついしん)席を囲むように配置された裁判員席の数、十三。更に全体を見下ろせる位置に、裁判長の席がある。
それらにぽつりぽつりと、黒いローブに身を包んだ人影が現れ、やがてすべて埋まった。
被訴追神と訴追神も席に着く。
ここに、死神弾劾裁判が始まった。
「被訴追神・ヨイヤミ。あなたには、死神にあるまじき行為を繰り返した疑いがあります。この裁判で死神たるに相応しくないと判断された場合、死神の資格を剥奪若しくは停止します。よろしいですね?」
「はい、裁判長」
裁判長を務める死神の言葉に、被訴追神ヨイヤミは素直に従う。ヨイヤミは、まだ皮も肉も瞳も残っているような、若い死神だ。対して裁判員は、みな骨だけの老練な死神たちである。
「では訴追神、訴追事実を」
こちらもまだ若い訴追神は、頷くと、手元の資料にまだ残っている目を向ける。
「一、被訴追神は、死すべき魂を冥府に送らず、以て死者の数を不当に減らした」
裁判員席からため息が漏れる。本当の意味での息などしていないが。
「一、被訴追神は、他の死神が死者の魂を連行する際に妨害し、以て円滑な業務を妨げた」
ヨイヤミは真っすぐ裁判長を見ている。
「一、天界の神と私的な交流を持ち、以て冥界の風紀を乱した」
訴追神は資料を机に置く。
「以上です」
裁判長は頷いてヨイヤミに向き直る。
「被訴追神。以上の嫌疑につき、認否をどうぞ」
「はい」
ヨイヤミは周囲の裁判員を見回した。ある一柱に体と視線を向けて、発言する。
「まず、死すべき魂を冥府に送らなかったという事実はございません。よって、死者の数を不当に減らしたこともございません」
視線を向けられた死神は、すでに存在しない鼻で笑う。
ヨイヤミは今度は、別の裁判員に体と視線を向ける。
「次に、他の死神が死者の魂を連行する際に妨害し、その業務を妨げたこと。これは認めます」
視線を向けられた死神は頷く。
「ただし、正当な事由が存在しますので、その点につき争います」
頷いていた死神は存在しない眉を顰める。
ヨイヤミはまた別の裁判員に向く。
「最後に、天界の神と交流を持ったことも認めます。ただし」
またか、とうんざりした顔(存在しない)をする死神に、ヨイヤミは堂々と続ける。
「私的なものではなく、また、冥界の風紀を乱したという事実も否認します」
ヨイヤミは裁判長に向き直る。
「被訴追神の認否は以上です」
「わかりました。では訴追神。主張を……」
「その前に、ひとつよろしいでしょうか、裁判長」
ヨイヤミが血の通わない手を挙げる。
「被訴追神。勝手な発言は認めません」
「申し訳ございません。ですが、公正なる裁きのために絶対に必要なことなのです」
裁判員席の反応は様々だ。呆れるもの、訝しげなもの、面白そうなもの。
「……よいでしょう。発言を認めます。ただし簡潔に」
「ありがとうございます。では」
ヨイヤミは死神が通常使用する収納用異空間に手を突っ込むと、分厚い書類と思わしきものを取り出した。
「死神ナハト、死神テネーブル、死神トコヤミ、この三柱の弾劾を求めます」
★
名を呼ばれたのは、先ほどの認否の際に、ヨイヤミが向き合った三柱だった。
場がざわめく。
「静粛に」
裁判長の声と木槌の音で静寂を取り戻す。裁判長はヨイヤミに語りかける。
「その弾劾請求が、あなたを被訴追神とするこの場において必要なのですか?」
「はい。弾劾の理由を述べることが、私の疑いを晴らすと同時に、今後の手続きを迅速かつ円滑に進めるためにもよろしいかと存じます」
「わかりました。許可します」
名指しされた三柱は不服そうだが、裁判長の決定は絶対だ。
「感謝します。では、訴追神にお尋ねします。私に掛かっている嫌疑の内、死すべき魂を冥府に送らなかったという事実について、場所と日時の特定はできますか?」
「はい。現世・日本。現地で使用されている暦でいえば、西暦二〇二X年XX月XX日XX時XX分です」
「では死神ナハト。あなたはそのとき、どこで何をしていましたか?」
「黙って聞いていれば貴様! 根拠無く私を貶めようなどと、恥を知れ!」
ナハトと呼ばれた死神が、中手骨を机に叩きつけた。
「死神ナハト、あなたが答えなくても私が答えますよ」
ヨイヤミは先ほど取り出した書類から、一枚の写真を取り出した。
「あなたはその時間、私と同じ場所にいました」
写真には、倒れている人間の前に立つヨイヤミと、その人間に向けて鎌を振り上げるナハトが写っていた。ヨイヤミが人間を庇っているように見える。そして、冥界で使っている撮影機で撮った写真に記録されている日時は、決して偽ることができない。魂の記録だ。
「い、いつの間にそんな……いや、皆、見てみろ! 正しく私の邪魔をして、貴様が死すべき魂を死の運命から遠ざけている場面ではないか! 私は正当な業務を行っていた!」
「そうではありません、ナハト。裁判長、こちらの証拠を提出します」
ヨイヤミは書類の中から一枚の紙を裁判長へ提示した。裁判長が頷くと、その手元に紙が異空間を通じて移動する。
「これは……死期管理帖の抄本ですか。管理員の証明印もありますね」
「はい。それは先ほどの写真に写っている人間の頁です。魂の照合をお願いします」
死神は、冥界の撮影機での写真に写っている人間の魂を、正確に識別することができる。
「い、異議あり! そんなものは必要ない! これは裁判の攪乱だ!」
「異議を却下します。……照合しました。確かに、この抄本はその人間のものです。そして……」
裁判長はナハトに眼窩を向ける。
「この人間の死期は、現地の時間で七十三年後です。……どういうことでしょうか」
「そ、それは」
ナハトがたじろぐ。ヨイヤミは追撃する。
「あなたは先ほど、この写真につき、自分の邪魔をした、と発言しました。つまりあなたは、死すべき定めにない魂を刈ろうとしたと、自白したことになります」
「ぐ……!」
「証拠がないだろうと見縊ったのでしょうが、堂々とこの場に居ることが意外でしたよ。……裁判長、以上により、私が死すべき魂を冥府に送らなかったこと、及び、それを以て死者の数を不当に減らしたことを否定し、また、その疑いをそのまま死神ナハトに対する弾劾請求の理由といたします」
ヨイヤミは一礼する。裁判長は頷いた。
「わかりました。ナハト、あなたの弾劾裁判を開く必要がありそうです。また、本件弾劾においても被疑事実の当事者本神が裁判員になることは認められていません。退廷を命じます」
がっくりと項垂れたナハトは、守衛に連行されていった。
★
「では次に、他の死神が死者の魂を連行する際に妨害し、以て円滑な業務を妨げたとの点について。……訴追神、こちらの特定もお願いします」
「はい。現世・日本。西暦二〇二X年※※月※※日※※時※※分、総勢二十一名を連行する件です」
「担当の死神は?」
「死神イエライシャンです」
「担当地域は誰の管轄ですか?」
「死神テネーブルです」
また場内がざわつくが、死神テネーブルは余裕の態度を崩さない。
「それで? 死神ヨイヤミ。私にどんないちゃもんをつけようと言うのだね?」
「あなたは部下の死神イエライシャンに命じて、二十一名の死者の魂を連行しようとしましたが……連行先は何処の予定だったのですか?」
「そんなもの、冥界に決まっている」
「本当に?」
「……どういう意味だ?」
「私はそうは思わない、ということです。そもそも……この二十一名は本当に死すべき時期の者だったのですか?」
「ふん、お得意の死期管理帖か? そこに別の死期が記されているとでも?」
「いいえ。この二十一名すべて、死期管理帖には当該時刻の交通事故により死亡との記載があります」
「では問題ないだろう。なんなのだ、さっきから何が言いたい?」
テネーブルはいらつきを隠せなくなっている。
「死期管理帖の不当な改竄です。……裁判長、これを」
ヨイヤミは書類から紙の束を取り出し、異空間を通して提出する。
「これは……」
裁判長は書類に眼窩から視線を走らせる。
「死期管理帖原本の閲覧記録です。当該日時の数日前、死神テネーブルの閲覧の事実が記録されています」
「閲覧になにか問題があるというのかね?」
「閲覧だけならなにも。問題はこちらです」
ヨイヤミは異空間から機械を取り出した。映写機だ。
「コンパクト魂魄映写機、愛称『こんぱっくん』です」
ヨイヤミが映写機のハンドルを回すと、空間に映像が映し出される。そこには、巨大な書物を前に、ペンを握るテネーブルの姿があった。
「フィルムは、とある管理者の権限で、閲覧室で撮られたものです」
「そんなはずはない! 閲覧室は撮影機器の持ち込みは禁じられている!」
「管理者の権限、です」
テネーブルに焦りが浮かび始めた。
「最近、管理者は度々管理帖の内容に違和感を覚えることがあったそうで、念のために撮影機を設置したそうです」
「違和感、など」
「ここ数年でしょうか。何故か特定地域で複数人の死者が一度に出ることが多くなっている、と。彼はそう言っていましたね」
ヨイヤミは映像を指し示して、皆の視線をそちらへ誘導する。
「これまでの管理は、死神の高い倫理観に任せた性善説で行われていましたが、彼はそこにも疑問を持っていたそうです。……こういうことが、起きますからね」
映像の中のテネーブルは、禁止されているはずの、死期管理帖原本への書き込みを行っていた。
「……死神テネーブル。これはどういうことです?」
裁判長の声が冷たく響く。
「い、いや、これは、原本に誤字を見つけたのです! それで、つい良かれと思って」
ヨイヤミが機器を操作すると、映像の中のテネーブルの手元が拡大されて映し出された。二十一名分、死期と死亡原因を書き換えているのがはっきりと分かる。
「こちらの映像も証拠として提出いたします。私が管理者からこの件で相談を受けた時点で、当該事故の時刻直前であったため、残念ながら死亡を防ぐことはできませんでした。ですが、死神イエライシャンが死者の魂を連行する場面に間に合い、緊急措置として彼女を制圧・拘束して死者の魂を保護し、冥府の死者緊急保護機関に引き渡しました」
テネーブルは心の中で冷や汗をかいていた。周りの、特に裁判長からの圧が凄まじい。死期管理帖の改竄は、かくも忌み嫌われるものなのだ。
「死神イエライシャン本神は正当な業務と思っていたそうです。保護機関の取り調べによると、彼女は死者の魂を直接冥界に送るのではなく、テネーブルに引き渡すことを命じられていましたが、それも彼女が大人数の魂を一度に送ったことのないまだ新神だったことから、疑問に思わなかったようです。……まあ、そのために、私に対する弾劾を請求したわけですが」
ヨイヤミは溜息をついたが、また表情を引き締めて裁判長をまっすぐ見つめる。
「以上をもって、私が他の死神が死者の魂を連行する際に妨害し、以て業務を妨げたこと自体は認めますが、不当かつ不正な行為を防ぐためであり、正当な行為であったと主張します。また、その正当性の根拠たる死神テネーブルの不当かつ不正、そして違法な行為をもって、同神に対する弾劾請求の理由といたします」
ヨイヤミは一礼する。裁判長は頷いた。
「わかりました。……テネーブル。あなたも弾劾裁判を開く必要がありますね。守衛、拘束を」
なにかしら喚くテネーブルは、守衛に引きずられるように連行されていった。
★
「では最後に、天界の神と私的な交流を持ち、以て冥界の風紀を乱したとの嫌疑についてです。訴追神」
「はい。冥歴二億三千五十八年十三月三十五日、十三時十三分頃から約十分間、冥界監獄区画の外れ、殺原荒野において、天界の神一柱と密会していたとの疑いです」
すっかりヨイヤミと訴追神の息が合っている。日時と場所の特定が済んだ。
「こちらの事実については全て認めます。ただし、これをもって風紀を乱したことはありません。そちらについて説明いたします」
ヨイヤミは書類の中からまた一枚の写真を取り出した。裁判員たちにも見やすい位置に浮かべる。
「こちらが私が面会した神、マーネです」
冥界とは真逆の、いかにも生命力に満ち溢れた輝かんばかりの筋肉と笑顔の男神である。眩しい。
「彼は天界で、世界間渡航管理を担っています」
場がざわめいた。なんとなくあまり賢そうでない顔をしているこのマーネ神、かなり知性が高いようだ。これだから肉はいけない。惑わされる。
「私から彼に面会を求めました。現世から冥界、冥界から地獄もしくは天界、そしてその他への魂の移動について、ここ数年、不審な点があったためです」
ヨイヤミは資料の中からフィルムを手にし、「こんぱっくん」にセットした。
「天界のほうでも最近不審な動きがあったようで、彼はすぐに面会に応じてくれました。これは、彼との面会の一部始終です」
映像が始まる。
『面会に応じていただき、ありがとうございます、神マーネ。記録のため、録画することをお許しください』
『構わないよ! 君の右後ろ数百メートルのほうからこちらを観察している神がいるけど、それはいいのかい?』
『はい。尾行は承知の上です。ではマーネ、こちらが記録上現世から冥界へ送られた死者の数ですが、全体の死者数と一致しないのです。不一致はこの一年……冥界基準の一年だけで千に上ります』
『なるほど……実は冥界から天界に来るべきのはずの魂も、記録と実数が一致していない。おそらく、天界を通過せずに直接移動しているか、失われたかしている』
『原因に心当たりは?』
『……僕たちの所属するのとは別の【世界】に、密輸されている可能性が高い』
「別の世界だと!?」
「禁忌中の禁忌ではないか!」
裁判員たちが騒ぎ出す。裁判長がひとつ、木槌を打つ。静寂が戻る。
『やはり、あなたもそう考えますか……実は、現世のとある場所……日本という国から、一人、あるいは集団で死者数の不当な増加が目立っています。彼らの魂は、多くが冥界に送られておらず……』
『成程。実は天界で、しばらく前にちょっとした騒ぎがあってね。別の【世界】の神が干渉してきたことがあったんだ。見返りをやるから、こちらの【世界】の魂を、あちらの【世界】に転移もしくは転生させろ、とね』
法廷は静まりかえっている。それが本当だとすれば、大変な話を聞いている。莫大な数が存在する世界を、系統立てて分けて管理することによって、すべての存在が上手く廻るようになっているのだ。それを根本から崩すことになりかねない。
『成程、疲弊した【世界】に新たな魂を呼び込んで活性化を狙ったか……或いは、単に神々の娯楽、でしょうね。天界はまさかそんな話に乗りませんよね?』
『当然さ! こっちの神は、君たちのように多様性はないんだ。全が個、個が全というところがあるからね。全神一致で話を蹴ったよ』
『でしょうね。して、その別の【世界】の神は何を見返りに提示したんです?』
『こちらの【世界】には存在しない魂。人と獣が混じった者や、魔族といった者たちの魂そのものさ。だが、必要ない。……少なくとも、こちらはね?』
『……そう言われると、痛いですね。死神は昔、【神】としての職務がきちんと定義づけされるまでは、好き勝手魂を食らっていたものもいるので。実は今でも密かに、変わった魂を嗜好品として摂取したがるものがいるのですよ』
「死神トコヤミ。あなたのようなね」
法廷のヨイヤミが、死神トコヤミをまっすぐに指さした。
「な、何を……」
『ではそういった死神に、あちらの神が直接接触して取引をしている可能性があると思うかい?』
『はい。特に昔、まだ魂を喰らっていた時代の死神は、怪しいですね。最近、彼らが主導して死すべきでない魂を不当に刈って死者を増やしている。私はその調査をしています』
「私の所属は秘匿事項ですが、この法廷内限りということで、開示いたします。皆様守秘義務の魂の誓いをお願いします」
法廷のヨイヤミの言葉に、すべての参加者が頷く。己の魂をかけての、絶対の誓いを行う。
『私は』
『「内部監査室に所属しています」』
映像と法廷のヨイヤミの声が重なる。
参加者たちは抽象的な意味で息を吞んだ。
内部監査室。
強い権限を持ち、容赦なく死神たちの不正を暴き、罰する。ある意味死神が最も恐れる部署だ。
『天界には必要ない部署でしょうが、こちらでは結構必要とされるのですよ』
「まさにこういった事態の調査のためにね」
ヨイヤミは映像を一旦止めた。
「死神トコヤミ。あなたのことはかなり前から調査していました。ですが、なかなか尻尾を出さなかった。さすがに、単純なナハトや詰めの甘いテネーブルとは年季が違う」
「……」
「ですがやはり、手を組む相手はもっと選んだほうがよかった」
ヨイヤミは伏し目がちに資料を取り出す。
「ナハトはあなたとのやり取りを忘れないようにメモしていました。最低限の伏字のようなものは使っていましたが、一目瞭然」
裁判員に見やすいようにそのメモを提示すると、何とも言えない雰囲気が広がった。「トコヤミ」を「TコYミ」と書く程度の隠し方だ。薄皮一枚も隠せていない。
「テネーブルは日記を付ける趣味がありました。胡散臭い詩的な文面で一見分かりにくいですが、その日の行動の監視記録と照らし合わせれば理解できる内容です」
日記の一頁が提示される。こじゃれた日記帳に気障な文字が並んでいる。例の改竄の日付だ。「おお、未熟な果実らよ 我が手で熟せし果実らよ(中略)暗き闇に捧ぐ」などと書かれており、先ほどの映像と合わせると意味が推測できてしまう。裁判員たちは唸る。恥ずかしい日記だなぁという思いの唸りもある。
「……この場での開示はこの程度にしますが、以上により、私と天界の神との交流は私的なものではなく、また、冥界の風紀を乱したとの点はむしろ、逆に風紀を正すためのものであったと主張いたします。そして……」
ヨイヤミはトコヤミを視線で射貫く。
「死神トコヤミの、冥界の秩序に対する数々の罪に該当する行為を以て、同神の弾劾を請求いたします」
★
法廷は静まり返っている。
「……死神トコヤミ。なにか申し開きは?」
裁判長が顎の骨を開く。
「ございません」
トコヤミは席を立つと、一礼して、自ら守衛の下に向かった。
「トコヤミ……」
ヨイヤミはトコヤミに声をかける。トコヤミは足を止めた。
「随分と諦めがよろしいのですね。あなたともあろう神が」
「引き際は弁えている」
「……何故、このようなことを?」
「……『異世界に行きたい』という現世の者たちの望みと、異世界の神の望みが合致し、私に利益があった。それだけだ」
「不当に死に至らしめた全員が、それを望んだわけではないでしょう」
「だが、潜在的にはそう思っていただろう。現世のものは古来より、己の生に不満を持ち、なにかと別の人生を生きたがる」
「それはあくまで夢想に過ぎません。結局今生にしがみつく者も多いはずです」
「我々死神に、いや、所詮別の魂が、誰かの魂の真の望みを理解することなどできんよ。結局、都合の良い主張と妄想の押し付け合いだな。忘れてくれ」
「……」
ヨイヤミは俯いた。トコヤミと守衛はまた歩き出す。
「……さようなら、師匠」
「……達者でな」
法廷の扉は閉まった。
「……さて、予想外の展開となりましたが」
裁判長が言葉を紡ぐ。
「死神ヨイヤミを被訴追神とする本件弾劾裁判に対する評決を。みなさん、お願いします」
声が十、上がる。
「……判決を下します。被訴追神ヨイヤミを不罷免とする」
ここに、死神弾劾裁判は閉廷した。
★
「ヨイヤミさん!」
閉廷後、訴追神であった死神がヨイヤミに駆け寄った。
「ユオさん、お疲れ様です」
「よかった、本当に! 僕、こんな役目したくなかったですよ!」
「ふふふ、私もですよ」
「ですよね!」
二柱(ふたり)は同期で、仲が良いのだ。ユオもまだ若いゆえに、押し付けられた役目である。
「無罪放免祝いってことで、打ち上げしましょうよ!」
「奢りなら」
「任せてください! レイルとアフタンも呼びますね!」
ユオは興奮冷めやらぬ様子である。とてつもなく長い死神史においても例のないものを見てしまったのだ。仕方あるまい。
「可哀そうなイエライシャンのアフターケアもしてあげてくださいね」
「あ、そうですね。……しかしこれから、荒れるでしょうね、冥界も」
不正に手を染めているのは、恐らくトコヤミだけではない。それに、これからも現れるかもしれない。ユオの言う通り、冥界は荒れるだろう。
「そうですね……ですが、仕方ないのかもしれませんね。異世界の神は現世のものの需要に付け込んでいますが、確かにトコヤミのいう通り、どちらの望みでもあるのですから」
ヨイヤミはそのまだ白い肉を失っていない首を傾げた。
「全く、なんでそんなに異世界に行きたいのでしょうね?」
(END)
死神弾劾裁判 杜守幻鬼 @nekorugi
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