第1話
「かんぱーい!!」
雅也が大声でビールを持った片手を伸ばして掲げる。隼人と海もそれに倣ってビールの入ったグラスを雅也のものに当てる。かつんという小気味のいい音とともにグラス同士がぶつかって水面が揺れる。
「おい!望も!」
大きな声で雅也が呼びかける。
「ああ」
小さく笑って望は自分のグラスを掲げた。4つのグラスが並んで、ぶつかる。
「カンパイ」
雅也以外の3人が、雅也の乾杯に呼応して重なる。掲げた手を引っ込めて口元に運ぶと口の中に入るだけビールを流し込んだ。下にあたった瞬間苦みが泡とともにはじける。
「にげえっ!」
相変わらず大きな声で雅也は言った。すでにテーブルに置かれているジョッキの中身は3分の1ほど減っていた。
「あははっ!やっぱおいしさわかんないや!」
隼人も笑いながらビールを離して言う。
「やっぱこれだよ」
海は気持ちよさそうにジョッキをテーブルに戻す。
「練習終わりのビールはしみるな!」
望も雅也に負けないくらい大きな声で言った。おいしいなんて思えないビールも冷やされて口元ではじけると心地の良い飲み物になる。全員が嬉しそうに大きく頷いた。
望たちはつい30分前まで、スタジオで練習をしていた。バンド練習だ。ギターボーカルの雅也の声が大きいのはさっきまで大声で歌っていたせいもあるかもしれない。
「大人だねー」
からかうように望を見て雅也が笑う。そのまま口元に運んだビールを飲み込んで顔をしかめる。
「次頼むぞ!」
「はやっ!もっとゆっくり飲めよ」
海がたしなめるように言うが雅也は気にしない。
「何言ってんだ!お前も飲むんだよ!」
そう言うと大声で店員を呼んだ。
「ハイボール4つで!」
「はい!かしこまりましたー」
店員は流れるようにメモを取ってさっと下がる。
「勝手に頼むなよー」
ゆっくりとビールを飲んでいた隼人が焦って自分のジョッキを傾ける。
「もう俺らも3年だぜ。馬鹿みたいに飲む年じゃねえって」
呆れたように笑う海もそんなことを言いながらグラスのビールは半分以上減っている。
「あいつらが大人になっちまうよ!やばいよ望!」
雅也は大きな声で望の方を向いて悲しむ真似をする。そんな雅也を見ると思わず笑ってしまった。
「お前ら!雅也を泣かすなよ!俺はお前の味方だぞー」
そう言って望はビールを一気に飲み干す。今度は全員が笑った。
「望!お前ちょろすぎだろ!」
海はそう言って自分の分も飲み干した。
「こんなん新手のアルハラだよ。助けて労働基準法ー」
隼人もふざけながらビールを飲み干した。
「うわ。お前ら、もう一杯目飲み切ったの?さすがにひくわー」
雅也がニヤニヤと笑って一歩引く。雅也のグラスにはまだビールが残っている。
「お前が言うな!」
全員からの突っ込みが入ったタイミングで店員の声がした。
「お待たせしました。ハイボールでーす」
店員は間延びした声でテーブルにジョッキを置く。
「あざーっす」
軽く片手をあげて雅也がハイボールに手を伸ばす。
「もう雅也はほっといて俺たちで飲もうぜ」
「だな!」
海と隼人が自分の分のジョッキを掴むと雅也から目をそらして口に運んだ。
「おーい。まじかよ!助けて望君!」
「いーや。もうだめだね。反省しろ!」
望はそう言うとハイボールを押し付けるように渡す。
「味方がついにいなくなった―」
雅也は嘆きながらビールを飲み干しハイボールに手を伸ばした。望たちは大きく笑って自分のジョッキを口元に運ぶ。あちこちで大声が聞こえる大衆酒場で、望たちの声は飲まれて消えていった。
夢望 @SakuaHaru
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