理系集団が魔王を討伐するようです

胡桃瑠玖

理系集団が魔王を討伐するようです

 ※ 専門的な数学・物理の用語、またその手順については、正確さのため一部AIツールを使用しています。

 物語本文・構成・表現はすべて作者本人が執筆しています。


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 この国の人間は強さを語る時、決まってこう言う。


 ──勇者様は“桁違いに強い”。


 この世界の人間の平均攻撃力は大体90前後。

 対して勇者の攻撃力は130。

  確かに強い。これは平均攻撃力を40も上回るので、かなり大きな違いだ。

 だがそれは、“桁違い”と言って良い程の差だろうか?

 いな──否である。


 “桁違い”とは本来、10倍以上開いた時に使う言葉である。

 勇者の攻撃力は130。つまるところ、彼の攻撃力は10倍どころか1.44倍止まりである。

 これでは“桁違い”とは到底言えない。どう考えても同じ桁である。


 だがしかし、理系集団であるこの国の国民達は、皆そんなことは分かっていた。

 “桁違いに強い”と言う言葉が、比喩表現だと言うことに。


 そんな理系集団の国家の日常は、ある日、突然にしてぶち壊された。

 空に亀裂が走り、その亀裂から全長20メートルはあるであろう全身漆黒の皮膚を持った、禍々しい存在が姿を現したのだ。

 その存在は自身の翼をバッサバッサと上下に振り、周辺が暴風に包まれる。


「ふはははは……! 我が名は魔王! この世界を混沌の渦に飲み込む者なり!」


 周辺一体が闇に呑まれ、薄暗くなる。

 続けて魔王が語る。


「我が降臨したからには、お主らの運命は既に破滅へと収束している」


 全世界に聞こえるように発信したその言葉は、世界各国に行き届く。


 魔王が現れてから1ヶ月、瞬く間に魔王は2つの大国を破壊した。

 勇者はすぐさま魔王の元へ、国王によって派遣される運びとなった。


「勇者、そしてその仲間達よ! 直ちに、速やかに、“光速”ですぐさま魔王の元へ急ぐのだ!」


 国王のその言葉に、勇者の仲間である女魔法使いが答える。


「僭越ながら国王様。進言させていただくと、“光速”ですと止まってしまっています。いや、そもそも人間が光速で移動など質量的に不可能では……?」


 女魔法使いが下を向いて勇者の横でぶつぶつと計算をしている。


「では光速を突破した速さで直ちに迎え!」


 女魔法使いは顔を上げて計算を止める。


「なるほど! つまり国王様は、我々に“過去に戻って”、魔王によってもたらされた悲劇を事前に止めろと、そうおっしゃるのですね!」

「そうだ!」

「無理に決まってるでしょうが、このボケええええええ!!!」

「国王である我の前で暴言を吐くとは……。女魔法使い、死刑で」

「大変失礼しました」


 さて、出発前に一悶着あり、危うく女魔法使いが死刑寸前まで行ってしまったわけだが、なんとかこうにか勇者一行は魔王討伐の旅へと向かった。


 数々の試練を乗り越えた勇者一行は、1年後、ついに魔王のたもとへと辿り着いた。


「よくぞここまで参った。歓迎するぞ、勇者、そしてその仲間達よ」

「よくも“概数”1億人の人間を殺したな! 許さんぞ、魔王!」


 勇者は牙を剥き、魔王へ鬼の形相で睨む。

 勇者は自身の剣を構えて、魔王へ剣先を向ける。


「ふむ……。そこは“おおよそ”と現して良いのではないか?」

「黙れ蝙蝠デカブツ。“誤差”で語るんじゃねぇ!」


 勇者、聖女、女魔法使い、僧侶そうりょ、彼ら彼女らは今にも戦いが始まりそうな緊張感の中、皆魔王に向かって構えをとった。


「良いか魔王! 俺達人類はいつの時代も理不尽に抗ってきた! 人類の“可能性は無限大”だ! お前がいくら暴れようが、必ず俺たちが勝利するッ!」


 勇者の魔王への返答に耳を傾けていた僧侶そうりょが、勇者のその言葉に疑問を呈する。


「“可能性は無限大?” いえ、“大体有限”ではないでしょうか?」

「うるせぇ! 行くぞ!」

「「「はい!!」」」

 

 勇者一行は直ちに散開し、それぞれ準備へと入った。

 初めに僧侶が自身を含めた仲間達へバフをかける。


「ああ神よ……。どうか我々に力を与えて下さい……」


 僧侶の願いで自身を含めた勇者一行は光に包まれて、攻撃力・防御力・素早さ・それら全てが上乗せされる。


「僧侶の祈りを聞いて常々思うのですが、科学的に考えて神の奇跡などあり得ません。果たしてどのようにして僧侶は私たちにバフなるものをかけているのでしょうか? 大変興味深いですね……。いつか、是非ともその非科学的な現象を解き明かしてみたいものです」

「我々僧侶と同じく神の奇跡を行使して戦う聖女様の発言とは到底思えませんね。ですが聖女様の疑問には、僕も全面的に同意します」

「魔法も同じよ。あまりにも非科学的過ぎるわ」

「お前魔法使いだろ! 魔法の根本的な要素を否定すな!! あと、聖女と僧侶は奇跡を否定してどうすんだよ!! 1番否定したらダメな人達だろ!!」


 さて、勇者一行の1人、女魔法使いが、魔王に杖を向けて魔法を詠唱しだした。


「可燃物! 酸素! 熱! 生成炎!」


 杖の先からボッと、小さな火の玉が生成される。


「炎の質量・温度・燃焼速度・空気抵抗・風速……衝撃波・エネルギー保存・角度計算……」


 小さく燃えていた炎が段々と大きく燃え盛り、女魔法使いの身体の半分が収まる程まで大きくなる。

 彼女が生み出した炎は、赤から蒼へと変色する。その影響で、熱波によって周辺がチリチリと焼かれ、空気が揺らぐ。


「……計算完了。さぁ出来たわよ! 喰らいなさい! 蒼くブルー燃え盛るファイヤー衝撃の炎の玉ボールインパクト!」


 ズドーーーーンと、轟音と共に打ち出された蒼炎は、軌道上の全ての空気を焼き尽くし、床を熱で抉らせながら高速で魔王の元へと飛来する。

 女魔法使いの杖は、自身の放った魔法の反動で上へと打ち上がる。


「喰らうものか! 外力・内部圧力・ヤング率・ポアソン比・弾性エネルギー保存! 表面密度を均一化……局所空間を面として固定k──」

「──遅い!!」

「ぐわああああああああ!!!」


 魔王が詠唱していた障壁が間に合わず、女魔法使いの蒼くブルー燃え盛るファイヤー衝撃の炎の玉ボールインパクトが魔王の身体に直撃した。


 勇者はそのチャンスを見逃さず、すかさず剣身の長さを伸ばす魔法詠唱と計算に着手する。


「熱伝導! 金属結晶格子の格子間距離! 膨張係数──最大値まで上昇! 温度上昇速度 対流! 伝導! 放射! 剣よ……物理的に伸びろッ!!!」


 詠唱終了と共に、勇者の剣身がジジジジと赤熱し始め、金属拡張で1.5倍程に伸びる。


 続けて勇者は詠唱を続ける。


「高温! 黒体輻射こくたいふくしゃ! プランク定数! ボルツマン分布! 金属表面の温度を臨界まで上昇! 出力波長、可視光域へ強制シフト! 光子放出量──最大!! 輝けッ!!!」


 伸びた剣身が真っ白な光を帯び、次第に青白く、そして黄金へと色を変えていく。

 

「アンタいつまでもたもた詠唱してるのよ! 折角私が魔王に蒼くブルー燃え盛るファイヤー衝撃の炎の玉ボールインパクトを直撃させたのに……ッ! 見なさいよッ! 回復されてるじゃない!!」

「お前のそのクソダセェ魔法のネーミングセンスどうにかしろや!!」


 そんなことを愚痴るが、女魔法使いのその言葉を聞いた勇者は魔王へ視線を向けた。そこには確かに回復し切った魔王の姿があった。


「あまりにも遅い! 次はコチラからゆくぞッ!」


 その言葉と同時に魔王の右手が振り上げられ、魔法の詠唱がされ始める。


「質量源、仮想生成……。局所空間座標のメトリックを歪ませる……。重力ポテンシャル、下降方向へ偏向……。一般相対性理論、適用範囲をこの戦場に限定!」

「ッ!? 重力魔法よ! 勇者! 今すぐ魔王を攻撃しなさい!」

「了解!」


 勇者は女魔法使いの言葉で足元に力を入れ、踏み締める。ドンっと、飛び上がると同時に、地面にクレーターが出来上がる。


 勇者は先程詠唱完了した白く光り輝く、通常よりも伸びた剣を、魔王の首元目掛けて横一線に振るう──が、あと少し、ほんの数秒程時間が足りなかった。

 勇者が魔王の首元目掛けて剣を振り切る前に、魔王の魔法詠唱が完了したのだ。


「発動──重力領域グラビティ フィールド!!」

「「「「ッ!!」」」」


 自身の重力が急激に増し、勇者は一気に地面に叩きつけられる。もちろん、他の勇者一行も同様だ。


 通常の5倍……いや、10倍はあるであろう重力に、勇者一行は這いつくばることしか出来ない。


「くっ……! お前ら! “重力に負けるな”!」

「私達、“重力には常日頃から負けています”よッ!」

「聖女ちゃん、冷静すぎる、わよ……ッ!」

「私達、生きてる限りずっと落ち続けていますからね……! “重力加速度”で……ッ!」

「冷静に説明せんでええわ! その前にやることがあるだろ聖女!! 早く奇跡を使用してくれ……ッ!!」

「かしこまりましたッ! この理解不能な奇跡の力を行使しますッ!」

「ええ、そう、ですねッ! 全くもって奇跡とは理解不能な現象だと、僕も思いますッ!」

「だから聖女と僧侶はそれ言うな!!!」


 部屋には勇者の絶叫が響き渡り、それを横目に聖女は奇跡を行使するために祈り出す。


「女神様! どうか、我々をお救い下さい! ──相殺する奇跡オフセッティング ミラキュラス!」


 その言葉と同時に、勇者一行の身体に白い光が纏わりつき、次の瞬間──バチッバチッと重力領域グラビティ フィールド相殺するオフセッティング奇跡ミラキュラスがぶつかり合い、相殺し出す。

 数秒後、完全に魔王の重力領域グラビティ フィールドが相殺された。

 そのおかげで身体が軽くなり、勇者一行はその場に立ち上がる。そして魔王を見据えて再度臨戦体制を整えた。


「ふっ……。やるではないか、お主ら。さすが勇者一行と言ったところか。ここまで我と戦えるものは初めてだ」


 その後も勇者一行と魔王は苛烈な攻防を繰り広げる。その影響で、それこそ半径数キロは全て焦土と化す程に。


 勇者一行は魔王との戦闘で数々の傷をおい、身体中から血を流している。魔王のあまりの強さに、ついには『敗北』という二文字が見えてくる。


「終わりだ、勇者一行。次の攻撃が最後だ。これでお主らを消し飛ばそうではないか」

「「「「ッ!!」」」」


 勇者の使い物にならなくなった片腕をからは、血が腕を伝って地面へとポタポタとした垂れ落ちている。

 だが、彼の瞳にはまだ、闘志の光が宿っていた。

 勇者以外の、女魔法使い、聖女、僧侶、皆同じ目をしている。


 確かに敗北が見えてきているが、それでも諦めてはいけない。

 諦めた瞬間、その時点で戦いは決してしまうのだから。


「外力・内部圧力・応力集中・ヤング率・ポアソン比・塑性そせい変形・エネルギー保存則──そして、全エネルギーを一点へ収束……」


 魔王は淡々と最後の大技の詠唱ををする。

 魔王の手のひらに、空間を歪ませるほどの光球が形成された。

 周辺は暴風に見舞われ、勇者一行の髪や服が盛大に靡く。


「アレはッ! アレは局所空間の歪みが臨界点超えそうよッ! 間違いない!! 魔王がブラックホール未満の何かを放とうとしているわ……ッ!」

「これは……流石にまずいですね……。私達も含めたこの辺り一体が文字通り消え去りますッ!」


 勇者一行に過去最高の緊張が走った。


「ふははは! 完璧な計算だ!」


 魔王が高笑いをする。

 勇者一行は、流石にこれは終わった……、誰もがそう感じた。

 しかし、世界最強である魔王がまさかの失態をしてしまう。


「これで貴様らは終わ…………ん? 符号が……逆……? えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」


 この時、勇者一行と魔王の意見が初めて一致した。






「「「「「えっ??」」」」」






 物理・数学の世界に置いて、“符号ミス”は最悪級の凡ミスである。

 プラスマイナスが逆転すれば、力は逆に働き、エネルギーは意図と反対の方向へ流れる。

 つまり、『攻撃魔法』が『自分に向かう魔法』へと変貌する。

 するとどうなるか、『自分に向かって全力でエネルギーが殴りかかり、自滅する』。


 もうお分かりだろう。そう、つまりはそういうことだ。


「待て! これは違──エネルギー収束点が中心ではなくッ……外側に──」


 ドゴーーーーーーン!!!


 魔王──自滅。盛大な自滅。勇者一行を追い詰めて自滅。あと一歩のところで自滅。魔王、爆散。

 あまりにも南無阿弥陀仏。


「「「「…………」」」」


 勇者一行は、魔王がまさかそんな凡ミスで自滅して終わるとは思わず、皆目が点になっていた。


 数十秒後の無言の末、勇者が1番初めに我に返り、勇者一行に声をかけた。


「ま、まぁ、なんか自滅してくれてラッキーだったな」


 その言葉に、次々と我に返り出す勇者一行。


「え、ええ、そうね。まさか符号ミスして自滅するとは思わなかったわ」

「もしかしたら……これが本当の奇跡なのかもしれませんね」

「ええ、そうですね。僕もそう思います」


 苛烈な戦いの末、勝利した勇者一行。彼ら彼女らは、戦いで焦土した周辺を見回した。

 何もかもが崩れ去り、もはや人間が住めたものではない。

 ビュービューと風が吹き荒れ、砂埃が風で舞い、崩れ去った建物のゴミが散乱されている。

 しかし勇者一行の尽力のおかげで、これ以上の悲劇の連鎖が断ち切れた。


 こうして世界は救われた──魔王の凡ミスによって。


 この勇者一行の魔王討伐の伝説は、のちに書籍化され、小説のタイトルにはこう記載されるようになる。


『理系集団が魔王を討伐するようです』


 ──と。






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 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 聖女と僧侶の使い所が難しくて、結局ほとんど出番なしで終わってしまった……。





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