12
判場はいつになく苛立っていた。
もちろんその理由は、前日に起こった過去最高に面倒な揉め事のの始末が、いまだにつけられていないどころか、さらにとんでもない爆弾に火を点けていったことだ。
逃亡した連中はほぼ捕まえた。残ったのは春条わたなだけで、それも時間の問題だと思っていた。だがあろうことか判場が掴まされたセプターは偽物で、それを春条が盗んで逃げていて、最後には逃亡していた魔法少女と合流して、追跡していた大勢を振り切って逃げたのだ。
つまりこの街に、フル装備の魔法少女が放たれたということだ。他ならぬ判場の責任で。とんでもないことだ。
判場は今朝から上位組織である九杯社に出向いて副社頭に頭を下げたが、副社頭は全く納得していなかった。三日で全てに始末をつけると誓って解放されたが、そうできなかったときに自分の身に何が起こるのかなど、考えたくもなかった。
全ての仕事を中止して、全人員をわたなの捜索に差し向けた。
――これで見つからなければ、俺は終わりだ。
判場は表向きのオフィスに向かうと、念のために高飛びのための準備を始めようとした。
よく光の差す社長室で、判場はひたすら必要なものをかき集めていくが、最後に唯一、見つからないものがあった。偽造旅券。鍵つきの引き出しにしまっておいたはずだったが、それがない。
おかしい。判場が焦りを感じながら引き出しを一つ一つ探していると、だんだん雑念が沸いてくるのを感じていた。
そもそも、まず誰が蒲原にあんな噂を吹き込んだのか。
実は判場は、例の仕事の話を蒲原から聞いていた。いつも軍の内情を流してくれる名前で、欲深く意地汚いが、しかし摘発を恐れることなく横領に手を染めてくれるから重宝していた。
昨日そいつを締め上げにいったところ、どうも本当にそんな情報は流していないというらしい。そもそも補給部隊の人間が魔法少女の情報なんて知れるわけがないと言ってそいつは泣いていたが、つまるところは蒲原の人間関係を調べて偽情報を掴ませ、セプターを盗ませた誰かがいるってことだった。
一体誰が、なんのために?
蒲原は使える奴だった。あいつが死んだのはあまりにも痛い。
それに、わたながあんなことになったことも不快だった。まだ子供だが将来が面白い、そんな好奇心であいつを迎え入れたことで、俺は今とんでもないツケを支払わされそうになっている。
何もかもがいらついた。
判場の手に力が入り、今にも爆発しそうなほどに顔が真っ赤になっていく。
怒りを静めるために深呼吸をしたが、まるで何の効果もない。
判場は限界に達した。大声で怒鳴り、一枚板のデスクに拳をたたきつけようとした。
そのとき、背後のドアが開いた。
「これをお探しですか?」
振り返ると、旅券片手にこちらを見ている少女がいる。
少女は勝ち誇った表情で、ひらひらと旅券を見せてくる。
「こんにちは判場さん。昨日はよく眠れましたか?」
春条わたながそこにいた。
「――――ッ!」
声にならない声を上げ、判場はわたなに飛びかかった。
反射的な動きだった。怒りの根源そのものがそこにいると知って、判場はほとんど自動的にそうしたのだった。
まさかいきなりそんなことをしてくるとは思っていなかったわたなは驚きのあまり避ける暇がなかったが、しかしその後ろにいたうなみが、即座に魔法を使って判場を床に叩き落とした。
「てめえっ、このっ、なんだこれっ、くそっ……!」
地面から起き上がることのできないまま、じたばたともがき続ける判場。
昨日はあれだけ偉ぶっていた男がこうやって目の前でひっくり返った昆虫のようにしていることがちょっと面白いと感じてしまったが、わたなはそんな時間はないと思い直して、携帯のカメラを起動した。
そして判場をカメラに収め、言った。
「えーと、確認です。あなたは両元会の代表、判場虎康ですね?」
「何してんだてめえっ、止めろっ、撮ってんじゃねえっ」
わたなは判場にかまわず、顔をアップで写す。自分の人生を自力で作り上げていった自負のある男。わたなの人生を切り開いてくれた恩人。その姿としてはあまりにも惨めに過ぎて、わたなは悲しくなったが、しかし向こうはこっちを殺そうとしたのだと思うと、罪悪感もいくらか和らいだ。
「えー、まあこの通り、判場さんだということはわかってもらえると思います」
判場は未だにもがき続け、なにか言っているが、わたなは全て無視した。
「なんと判場さんは、このたび私……」
そしてわたなは自分の顔を写した。
「春条わたなを、両元会の後継者として指名しました。今後、判場さんは一線を退いて助言役となるそうです。ありがとうございます。光栄です」
そうわたなが用意した口上を棒読みで言い切ると、判場が叫んだ。
「んなわけねえだろうが!!」
*
高層ビルが建ち並ぶ青々区のビジネスセンター、そのど真ん中に立つシンボリックな形状のオフィスビル。新青々国際ビル二十五階。うなみに判場の居場所を聞かれたとき、わたなはまず最初にそこを指し示した。流石にわたなも判場の隠れ家など知らなかったし、表に出ている判場の行動エリアでも、本当によくいることがある場所はそこだった。だが、そこに確実に現れることがわかっていれば、今回の目的は達成できる。二人はそして、青々区に向かうことにしてたのだった。
「えっ、私!?」
そして青々区へ向かう車の中で、わたなはそんな素っ頓狂な声を上げていた。
うなみは言った。
「そうです。これから今後の私たちの行動は名目上、あなたの名前で行うことにします。あなたが両元会にクーデターを起こし、そして全体を掌握して新しいボスになるのです」
「えっ? いや、なんであんたじゃないの!? あんたが一番強いんだから、あんたがやるべきじゃ……ていうか、私にはあんたみたいな力は……」
うなみは軽くため息をついた。
「当たり前の話ですが、実際に実行力を行使するのはあなたではなく私です。あなたはただそこにいればいい。だけどその責任は、あなたの名前で世に流布させる。これはそういう話です」
「……な、なんでそんなことを?」
「まず第一に、私の名前を当面のところ表に出したくないんです。もちろんこんなハリボテの隠蔽はすぐに機能しなくなるでしょうけれど、ちょっとした時間稼ぎといったところです。私たちがどういうチームなのかを少しでもわかりにくくさせておいた方が、いずれ敵対する者に対して、実態以上の脅威を感じさせられるからです」
「で、もう第二は?」
「万が一のときに、主犯責任をあなたになすりつけるためです」
「そんなことだろうと思ったよ!」
うなみは首を傾げる。
「何か問題が? 私はあなたに武力を提供しますが、あなたはその代わりに何か差し出せるものが? もし私と同行するのが嫌なら今から一人で逃げ出しても構いませんが、あなたはどうやって自分の身を守るんです?」
わたなは声を上げた。
「この街の裏社会のこととか、昨日色々教えてあげたでしょうが! ボスのいそうな場所だって……」
「他に私に言っていない情報があるのでしたら、私があなたを尊重する理由にはなりますね。何かありますか?」
なかった。わたなは頭を抱える。
「ああはい、わかりましたよ……」
だが実際のところ、わたなはそれでも、うなみが今自分を隣に置いてくれることに感謝していた。
うなみからすればわたなはほとんど用済みで、足手まといのはずだった。殺していたっておかしくないのに、それでもこうやって行動を共にしている理由は何かあるはずだった。
それがなにかは、わからなかったが。
*
わたなはうなみに言った。
「まだ元気そうだから強めに押さえて」
すると、判場を押さえつけていた魔法の出力が上がる。
判場は声が出せないほど、息ができないほど強く押さえつけられ、十秒して元の負荷に戻された。
「ガホッ、ゲホッ……」
判場が激しく咳き込んでいたが、その最中にまた出力が上がったり下がったりして、判場は地獄のような苦しみに苛まれた。それをしばらく繰り返すと、動きに力がなくなってくる。
判場の体力がなくなったのがはっきりわかってきた頃合いで、わたなは改めて聞き直した。
「私に両元会を譲るって言ってください。そしたらこれ、やめます」
文字通り息も絶え絶えの判場は、それでようやく頷いた。酸欠で朦朧とした状態でのことだから、はっきり言って頷いたのかどうかよくわからないわずかな動きだったが、うなみはこれで十分だとアイコンタクトを送り、わたなは撮影を止めた。
オフィスからの帰りに、わたなは言った。
「こんなのでいいの? あれ、もう完全に拷問で強要された答えじゃん」
わたなが確認すると、うなみは大丈夫だと言って頷いた。
「別にいいんです。忠誠を誓うべき相手が誰かさえはっきりすれば、他は重要な問題じゃありません」
「この映像で? 私が部下だったらキレて突撃しそうだけど」
うなみはそれを否定しなかった。むしろ強く肯定して、だけど大丈夫だと胸を張った。
「はい。だからそういう忠誠心の高い人は、私が迎え撃ちます。そしてボスであるあなたは、金さえあればいい人たちを集めて、今までよりも寛大な条件を提示するんです。上納金の割合を減らすなどのシンプルなやり方が、もっとも効果が出ると思います」
「そんなにうまくいくかなあ」
わたなが流石に半信半疑でいると、うなみは言った。
「うまくいきますよ。じゃあ次は、チームリーダーにそれぞれ声をかけていきましょうか」
次の更新予定
マジカルガールズ・ウェアバウツ 花式葵 @guttaridog
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