11

「……はあ、疲れた! これでやっときちんと眠れる……」

「お疲れ様です。ひとまずはこれでいいでしょう。ここにいれば、しばらくは安全なはずです」


 両元会および警察との追跡劇から、およそ一週間が経った。

 新港区内の高層マンション。そのリビングルームに二人はいた。

 部屋の調度品は白黒の大理石を中心に、毛皮や美術品なんかが置かれている、金のある一人暮らしの男そのものという趣味。最初そこに入ったとき、わたなはかなりげんなりしていた。うなみは何も気にしていなかったが、わたながここでの生活が安定してきたら調度品を入れ替えると宣言しても、特に咎める様子はなかった。

 ここは先週まで両元会のボス・判場虎康の隠れ家の一つだったものだ。

 だが既にそこの主はわたなとうなみに代わっている。判場はどれだけ願ったところでここに入ることはできない。調度品を捨てられても何も言うことはできないし、そもそも部屋がどうなっているのか、見ることさえできないだろう。

 それがこの一週間でわたなとうなみが判場と両元会に対して行った、圧倒的に不平等な闘争の結果だった。



 追っ手を撃退したその日。

 東部のホテルに逃げ込んだ二人は、寝る間もなく今後について考えなければならなかった。なにしろあそこだけ切り抜けたところで、問題は山積だったからだ。

 まず第一に、戦いはこれからだということだった。

 なにしろ振り払ったのは今いる追っ手だけであって、両元会も警察も、動かせる人間はこれだけじゃない。むしろこれから追跡は本格化するはずで、いくらうなみがいたところで、もしかしたら限界が来る可能性はあった。

 そして第二に、わたなはうなみのことを信頼できなかったし、うなみがわたながいることを許す理由がよくわからなかった。うなみはセプターを手に入れた魔法少女で、わたなにとっては力強い味方だが、そもそも流れで一緒になっただけで、ここまで同行する理由は特にない。すぐに切り捨ててどこかに高飛びしてもいいはずだった。

 という前提をあえて開けっぴろげに共有したところ、シャワーを浴びて髪を乾かしていたうなみは、なんてことないように言ったのだった。


「でしたらまず、両元会のボスを襲いましょう」

「まずボスを!?」


 わたなが驚きの声を上げると、バスローブを着ていたうなみは頷いた。


「はい。まずはわたなを追っている両元会、そのボスを排除して追跡を止めましょう。そうすれば、わたなは、わたなの不安はかなり取り除けるのでは?」

「それは、そうだけど……でも、なんでまずボスを?」

「小火器を携行した人間くらいなら、どれだけ集まったとしても私が対処できます。だからやるべきことは真っ先にボスがいる場所に行って、ボスを排除し、そしてもう二度と逆らわないようにすることです」


 あまりに常識のようにうなみが語るので、わたなはつい言ってしまう。


「それ、本当にできるの?」


 だが、当然のようにうなみは答えた。


「お望みとあれば、今からでも。ただ、私からも要望はあります」

「要望って?」


 私に? あなたみたいなとんでもない存在に、私が何かできることがあるの?

 わたながそう思っていると、うなみは言った。


「ボスを排除すれば、わたなの心配は消え去ります。なので、その残りを私にください」

「残りっていうと……」

「つまり、ボスを排除したあとの組織です」

「……なるほど」


 わたながそこで頷くと、少し驚いたようにうなみが言った。


「わかりますか?」


 わたなは、頭の中で組み立てられた推測を、そのまま喋った。


「だから、私が追われているのは両元会だから、両元会をあなたが乗っ取れば問題なくなる。だけどあなたが追われているのは警察。そこに差があるんでしょ?」


 うなみは率直に認めた。


「まさにそうです。私が両元会を乗っ取ったところで私の指名手配が消えるわけではないですから、それなら逆に犯罪結社をとりこんで、警察から手出ししにくい存在になるべきです。一般的に、単独犯はあっというまに捕まりますが、組織犯罪はなかなか摘発されませんから。そういう組織に匿われることが、私にとっては安全を得る手段なんです」

「うん、そうだと思った」


 しかし。

 わたなは小さく手を上げた。


「でも……そのプランにもう一つ、私から付け加えたいことがあって……」

「なんですか?」


 わたなは言った。


「その……私もたぶん警察に狙われてる……」

「なぜ?」

「警官を殺したから……」

「……なぜ?」

「セプターを取るときに撃ってきたから、反撃しなきゃって思って……」


 うなみは少し考え込むと、言った。


「……わかりました。あなたも私と同じで、犯罪結社による庇護を受ける必要があるというラインで、もう一度全体を引き直しましょう」

「ごめん……」

「いえ」


 うなみは軽く首を振って、それから言った。


「まず私たちの状況は、こういう風に整理できます。兵力は二人。一人は常人。もう一人はセプターを持った魔法少女。魔法少女はこの都市で考えられる限り最強の武力ですから、それを手に入れたことで私たちにはいくらか余裕が生まれました。この余裕を、可能な限り速やかに、十分な通常人員を確保することに向けるべきです。そのための最初のターゲットが、両元会です」

「でも、実際どうやって排除するの? 両元会には判場さ……判場に忠誠心の高いメンバーも結構いるから、ボスを排除したらすぐ終わりって感じにはならないんじゃないかな」


 わたながそう指摘すると、うなみは頷く。


「まあ、そうでしょうね。プランは二つあります。比較的穏当だけど今後の動きに少し工夫が必要なやり方と、確実で今後の動きをしやすくしますが、暴力的なやり方です。どっちが良いですか?」

「穏当な方で……」


 うなみは頷いた。


「わかりました……と、その前に確認しますが、両元会は、あなたが所属していたチームの上部組織ということでしたよね。つまり両元会は、いくつかのチームとそのリーダーたちの上にボスがいて、全体を統率しているということで間違いないですよね」

「うん」

「だとしたらそうしたチームとは別に、ボスが直接率いる自分のチームがあるのだと思いますが、これも合っていますか?」


 うなみは驚いた。それがまさに、あのとき駐車場の周りにいた男たちだったからだ。


「そう。なんでわかるの?」


 うなみは答える。


「複数の小集団を内側に抱えて成立している大集団は、どこか一つの小集団が反抗したときに速やかに鎮圧できるよう、独自の兵力を抱えていることが多いですから」

「なるほど……」


 ふと気になって、わたなは尋ねる。


「そういうのって、軍で教えられること?」

「明示的に教えられるというよりは経験則です。霧島で戦闘した民兵組織は、規模が大きくなるほどそういう手合いでした」

「そうなんだ……」


 うなみは言った。


「それで、直属チームと傘下チーム、全体合わせてだいたいの人数はわかりますか?」


 わたなは答える。


「正確には知らないけど……だいたい二百人くらいだって聞いたことある」

「そのうちボスへの忠誠心が高いメンバーの割合はわかりますか?」


 わたなは少し考えて言った。


「直属メンバーは全員数えちゃって良いと思うけど、それと雨裏の賭場を仕切ってたチームリーダーの人は、うちのリーダーよりも前にいた最古参だから……そのチームも合わせて、たぶんだけど四十人くらいかな……。それから先は、ただ良い仕事が手に入るからって入ってきた人とか、そういうのが多いかも」


 うなみは言った。


「つまり五分の一ですか。いいでしょう」

「何が……?」

「これが三分の一を超えてくると少し面倒なのですが、二百人程度の集団でその数字なら全く問題ありません。穏当なプランは十分に実行可能です」


 なんだかよくわからないが、わたなは安心した。


「それで、具体的にどうするの?」

「これから私たちは、ボスを直接襲って監禁します。そして命を奪わない程度に痛めつけたら、後見人のような立ち位置に退いてもらい、私たちが組織を動かすことに同意させます」


 わたなは言った。


「……本当に乗っ取るんだ」

「そうです。もちろん私たちが何かをしたことは両元会の全体から見て明らかですから、それに反抗する勢力が現れます。しかしそれは私が直接制圧する。皆殺しにはしませんが、抵抗の意志を削いで、無力感を植え付けます。」


 なんだか漠然な言い方をしているが、うなみの言う、その無力感を植え付ける方法というのは、一体どういうものなのだろうか。

 うなみは言った。


「これはスピードが命です。反抗が長引けば長引くほど、打算で結びついた勢力にとってはうまみがなくなり、両元会を離脱していくでしょうからね。逆に反乱が発生してから速攻で決着させられれば、私たちの持つ力を魅力的に感じた打算的なメンバーは、むしろ強く結びつくことになる。一週間以内に済ませたいところですね。明日の昼から開始しましょう。いいですか」

「う、うん」


 わたなは少し気圧されていた。今まで見たことないくらい戦闘的なうなみの言葉。自分が犯罪結社でやっていたことなんか。おままごとに思えてくるような気がした。

 とはいえ、わたなも既に人を殺している。五十歩百歩だろうか。


「ところで、暴力的な方って何をするの?」


 わたなが尋ねると、うなみは即答した。 


「簡単です。ボスとその取り巻きを全員殺して、それ以外のメンバーに対して逃げたらこうなると脅します」

「それは無理」


 わたながそう言うと、うなみは頷いた。


「でしょうね。それに恐怖支配は短期的には効果的でも、長期化のためにはまた別のてこ入れが必要になります。それはそれで、面倒くさいですから」

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