第32話 推理ゲーム

     32 推理ゲーム


 で――私こと紫塚狩南のターンは続く。


 私はふと思った事を、イスカダルに確認した。


「つまり、私にいま全てを話したのは私の力が必要になったからね? 

 こういう状況にでもならなければ、イスカダルはその事を私にも黙ったままだった?」


「かもしれない。

 狩南は決して、器用な方じゃないからな。

 ゲーテと話し合う余地があるなら、彼と本当に戦争している様には見せかけられないだろう。

 それでは敵を欺けないので、今まで教えなかった」


「……成る程」


 そう言われてしまっては、私も文句は言えない。

 いや、今は早く気持ちを切り替え、イスカダルが言う通りゲーテを何とかしないと。


 その為にはゲーテの居場所を特定する必要があるが、問題は更にあった。

 言うまでも無く、マルグとサンダルカである。


 戦略上、ゲーテはあの三人と別れて行動する事は無いだろう。

 私達がゲーテに接触するという事は、あの二人と対峙する事を意味している。


 だが、全てを知った私は、彼女達と殺し合う訳にはいかない。

 マルグ達もまた、真の敵と戦う為の貴重な戦力なのだから。


 要するに私達はゲーテと接触した後、マルグ達を彼から引き離す必要がある。


「その役目は私が担おう。

 君は何とか〝ゲーテが全てを忘れていない可能性〟を彼に投影してくれるだけでいい。

 いや、これも十分命懸けの仕事だが、これは君にしかできない事だ。

 再度ダンティス側と協力関係を築く為にも、この作戦は必須と言える。

 狩南にはまた負担をかける事になるが、どうか頼んだ」


「……大丈夫。

 分かっている。

 イスカダルこそ、無理しないでよ。

 アナタだって貴重な戦力なんだから、敵を引きずり出すまでは無茶をされては困るわ」


「了解した。

 何にしても、ゲーテ達を見つけ出す方法を考えなければならないな。

 ……さて、どうした物か」


 が、私達が途方に暮れていた時、事態は一気に動いた。


 何と――向こうの方から姿を現したのだ。


「きさまらしくない不用心らしさだな、イスカダル。

 さっさとこの場を離れればいい物を、転生できる部下を供養する為に移動を疎かにするとは。

 きさまとは思えない、非合理さだ」


「――つっ?」


 いや、私達がこの場にやって来て、プラームちゃんを供養すると読んでいた、貴方に言われたくない。

 岩陰に隠れ、私達の動向を窺っていたゲーテ・ダンティスは、今その姿を見せる。


 彼の背後には二人の女性が居て、それは当然の様にサンダルカとマルグだ。


 この時点で――私達コーファイン側とダンティス側の戦いは再度始まりつつあった。


《いや、好都合だ。

 何とか私がマルグ達をゲーテから引き離すから、君はその隙をつけ》


「………」


 僅かに呼吸を乱す私に、イスカダルはそう指示を出す。

 私は胸裏のみで頷き、臨戦態勢に移行する。


 けど、その時、思わぬ事が起きた。


 私達の脳裏に――その声が響いたのだ。


《いや、その必要はない。

 安心するがいい。

 きさま等が手を下すまでもなく――私の記憶はもう戻っている。

 何せ、アレほどきさまに殴られ続けたからな、狩南。

 そのショックで、忘れていた全ての事を思い出した》


《……何ですって? 

 ゲーテの記憶が、戻っている?》


 その上で、彼はその口で別の事も言いだす。


「狩南、確かにおまえの能力は面白い。

 或いは、私と明比佐の意識をわけられる思える程に」


「――あ」


 実に迂闊だが、言われてみれば、そうなのだ。

 私が〝ゲーテと明比佐の意識がわかれている可能性〟をゲーテに投影すれば、その通りになる。


 イスカダルが言っていた能力者とは私の事で、私は遂に明比佐を元に戻す手段を手にした。

 

 そう思っていたのに、ゲーテはこう続ける。


「だが、それは――私達が本当に寄生型の転生者だった時の話だ。

 寄生型なら私が明比佐を宿主にしなかった可能性があるから、その手は有効だろう。

 だが、仮に私達の転生が継続型ならどうなるか? 

 単に意識が戻るまでは、私達は私達と自覚できなかった場合はどうなる? 

 そのケースだと、例え狩南の能力でも私達の意識はわけられない。

 何しろ私は初めから東国明比佐であり、ゲーテ・ダンティスでもあるのだから」


「……なん、ですって?」


 私が半ば愕然としていると、ゲーテは反対に一笑する。


「これは、あの聖女に言われた事だ。

 我々は勘違いをしていると、彼女は言っていた。

 その意味をずっと考えていたのだが、私はこう結論したのさ。

 私達の転生形式は、やはり継続型のままだと。

 単に記憶と意識が戻っていない状態だったから、明比佐は普通に学生生活を送っていた。

 明比佐が変わったのは、奴本来の記憶と意識が戻ったからに過ぎない。

 いわば、明比佐は〝ゲーテが普通の学生として生まれていたらああなっていた〟という可能性にすぎない。

 私からヒルビス人としての情報をひくと、東国明比佐になる、という訳だ。

 きさまも同じだよ、狩南。

 クリスタからヒルビス人の情報をひくと、紫塚狩南になる。

 これはただ――それだけの事だ」


「……なっ、は――っ?」


 つまり、私の能力でも明比佐は取り戻せない?


 彼が生まれながらのゲーテだとすれば、確かにそういう事になる。


《が、その話は後だ。

 今は、敵について話を進めよう》


 口では衝撃的な事を嘯きながら、ゲーテは私達に別の趣旨のテレパシーを送る。


 ……正直、私は混乱どころか恐慌しそうなのだが、今は何とか気を引き締めた。


《そうだな。

 狩南には悪いが、今は情報交換が先だ。

 記憶が戻っていると言ったな、ゲーテ。

 それは要するに、私達の協力関係は続いていると思って良い?》


《言うまでもない。

 私の妹を殺したのはクリスタだが、そのクリスタを操り、戦争を継続させたやつは別に居る。

 仮にそうなら、私が今一番殺したいのはそいつだよ。

 そいつを殺せるなら――私は悪魔とだって手を組むさ。

 だが――問題はそいつが誰か分からないという事だ》


「………」


 確かに、その通りだ。

 イスカダル達は敵の存在を確信してはいるが、その見つけ方は糸口さえ発見していない。


 私達転生者の誰かの中に潜んでいる様だが、転生者は十八人居る。


 その中から敵を、敵に悟られる事なく、ピンポイントで見つけるのは至難の業だろう。


 言い換えれば不可能とも言える領域の物で、少なくとも私では無理だ。


 大体、その敵とやらが、今復活している転生者の中に居るかさえ怪しい。

 確率的には、まだ復活していない転生者の中に潜んでいる可能性の方が高い。


 それでも私は探偵役になりきり――推理なんて物を始めた。

 

 第一に、イスカダル。


 彼は、私はクリスタだと言い出した人物で、裏の事情に全て精通している。

 この時点で怪しいと言えば怪しいのだが、私が思いつく限りでは決定打が無い。


 彼を犯人だと断定する根拠は、どこにも無かった。


 ただ――怪しい事は怪しいのだ。

 

 第二に、ゲーテ。


 イスカダル同様、彼もまた裏の事情に精通している。

 そんな彼が犯人だとすれば、私達の立場はかなり危うくなるだろう。


 でも、やはり彼が犯人である決め手は無い。

 と言うより、私は彼について殆ど何も知らないと言って良い。


 それで敢えて言えば――彼も怪しい事は怪しいのだ。


 第三に、マルグ。


 ぶっちゃけ、私は彼女の事を何も知らない。

 能力は知っているが、彼女の挙動を全て把握している訳ではない。


 そんな状態で彼女が犯人だと断定する証拠を掴める筈もなく、私はただ混乱するばかりだ。


 ただ――彼女も怪しい事は怪しいのだ。


 第四に、サンダルカ。


 彼女についても、私は殆ど何も知らない。

 ゲーテの彼女であるという事しか知らず――その時点で怪しいと言えば怪しい。


 ……いや、違うよ? 

 これはゲーテの彼女だというサンダルカに対する、私の偏見じゃないよ? 


 ただ怪しいと思っただけで、それ以上の他意は無い。


 第五に、プラームちゃん。


 彼女に関して分かっている事も、少ない。


 私が知っているのは、その性格と今は故人だと言う事だけ。

 けど、その彼女の中に犯人が居た可能性も零じゃない。


 プラームちゃんには悪いが――彼女も怪しいと言えば怪しいのだ。


 で、最後にクリスタである私。


 実はこれが、一番可能性がある。

 実に非論理的な話だが、探偵ものではよくある話なのだ。


 実は一番怪しくない人物が――犯人であると言う奴が。


 しかし私には、その事を確かめる手段が無い。

 自殺しても敵の意識が別の転生者に移るなら、自殺しても全く意味がないから。


 仮に私が犯人でも、ソレを証明する事は不可能と言えた。


「………」

 

 要するに、私はただ事態を混乱させただけだった。

 私の結論は皆怪しいという物で、とても何かの手がかりを発見できる物ではなかったから。


 現に、ゲーテは毒づく。


《――この無能が。

 犯人を見つけるどころか、ただ場を荒らしただけとは無益にも程がある。

 きさま、実はそんなに頭が回る方ではないな?》


《いや、狩南はやればできる子だ。

 ただ、今は本当に手がかりが全く無い状態だから、こうなのだろう。

 それに、狩南の言う通りでもある。

 いま復活している人間の中に、犯人が居るとは限らない。

 こうなるとやはり、私達は戦争を続けるしかないな。

 仲間を全て復活させ、その中で挙動がおかしな人間を見つけるほかない。

 と言う訳で、私達は一旦逃げ出す事にするが、それで構わないか、ゲーテ?》


《……やはりそうなるか。

 予想通りの展開で些か興ざめだが、致し方あるまい。

 サンダルカ達は私が何とかするから、きさま等はさっさと全ての仲間を見つけ出せ。

 間違っても地下に潜んで、一息つくなどという怠慢に及ぶなよ》


《分かっている。

 では、そういう事で――》


 と、イスカダルが地を蹴ろうとする。

 私がソレに倣おうとした時、もう一度事態が動いた。


 彼は何故か眉をひそませ、何かを思案する。


 彼は暫くの間沈黙し、それから唐突に口を開く。


「そうか。

 そういう可能性も……」


「はい? 

 イスカダル?」


 意味が分からず、今度は私が眉をひそませる。


 彼は、イスカダルは、私ではなく別の人物に目を向けた。


「犯人がわかった。

 ――マルグ・トリア」


「……はい? 

 犯人、ですって? 

 それは一体何の冗談です、イスカダル・コーファイン?」


 名指しされたマルグが、首を傾げる。


 私も同じ様に首を傾げると、彼は彼女について説明を始めた。


「狩南、君は、マルグは女だと思っているかもしれないが、実は違う。

 やつの本来の性別は男で、今は偶々女性の体に転生しているにすぎない」


「――へ? 

 そ、そうなの……?」


 マルグの性別が――実は男性。


 ソレは余りに、衝撃的な事実と言える。


「って、ちょっと待って。

 だとすると、ちょっとおかしい。

 さっきのゲーテの推理だと、転生は継続型の筈。

 だとすれば、その性別もまた変わらない筈なんじゃないの?」


 けれど、イスカダルの証言ではマルグの性別は変わっている。

 

 そういった矛盾が生じている理由はまさか――マルグの意識に女性の物が混じっている所為? 


 私達の本当の敵は女性で、その女性の意識がマルグに混じっているからこうなっている? 


 だとすれば、イスカダルが言う通りマルグ・トリアこそが、私達の敵という事か――?

 

 私がそう確信する中、イスカダルは頷く。


「いや、これも転生における不具合の一つだろう。

 マルグが女性なのは〝もしやつが女性だったら〟という可能性に基づいた、不具合の一つにすぎないと思う。

 ただ、私が知る限り、マルグは狡猾で抜け目がなく強かで、隙が無い。

 いま蘇っている転生者の中では、最高の知恵者と言って良い程に。

 そんな君に訊きたいのだが、マルグ・トリア、君は――」


「はい?」


 イスカダルがその問いを口にした時、マルグはもう一度首を傾げる。


 ついで彼女、いや、彼は首を横に振り、結論した。


「いえ、その事は知りませんでした。

 何せ、そういう機会は今までありませんでしたから」


「やはり、そういう事か。

 なら、これで決着だ」


 そう断言してから、彼は、その根拠を口にしたのだ。


「さっきも言った通り、マルグ・トリアはトップクラスの知恵者だ。

 それこそ、私では足元にも及ばないと言い切れる程に」


「おや、それは過言じゃありません? 

 私としては、あなたに完勝できたと思えた方が少ないですし」


 けれど、イスカダルはマルグの反論を無視して、こう続けた。


「つまりマルグが知らない事を――私が知っている筈がないという事だ。

 そう。

 答えは実に単純なんだよ、皆。

 だって私はマルグが行った地下実験をする前から――その事を知っていた。

 地上からでは――地下に居る人間の気配を感じとれない事を知っていた。

 狩南も聴いた筈だ。

 私自らが――そう言っていた事を」


「それ、は」


 確かに、その通りだ。


 彼はプラームちゃんと合流して地下鉄に乗る前、私達にこう謳った。


〝そういう事だ。地下に潜伏すれば、転生者は地上からでは転生者の気配を辿れない〟と。


「だが、私はそんな実験をした覚えは無いんだ。

 何せ私が見つけた仲間は、狩南が最初だったから。

 その狩南とそんな実験をした事が無い私が――その事を知っている筈がない。

 なら、答えはもう分かり切っているだろう、ゲーテ。

 その理由は私の意識の中に――その事を知っている何者かが潜んでいるからだ。

 私はこの体に転生した時から――知らない筈の事実を知っていた」


「――ああ」


 歓喜するゲーテとは裏腹に、私はこの唐突な展開を前にして息を呑む。


「だからその能力を以て、私の意識を逆行させろ。

 ソノ意識が発生する以前まで戻せば、或いは私達の敵を打倒できるかもしれない。

 その好機は――今をおいてほかに無い」


「――ちょ、ちょっと待って!」


 それは、イスカダルの意識も消えるという事ではないのか? 

 だとすれば、そんな事、私は容認できない。


 故に私はゲーテを止めようとするが、一歩遅かった。


 彼はバルグガム・リグリオンを発動させ、その力場はイスカダルへと伸びる。


 その時――最後の異変は確かに起きた。


「ぐっ! 

 つっ?」


 イスカダルの首元の肉が膨れ上がったと思うと――ソレは人の形となり彼から分離する。


 漢服らしき物を纏ったその人物は――どこかの国の皇帝を彷彿させた。

 

 余りにも、整った顔立ち。

 宝石を彷彿とさせる。双眸。

 女性としか思えない、美丈夫。


 黒く長い髪をなびかせながら――彼は厳かに宣言する。


「見事だ――イスカダル・コーファイン。

 余の存在に気付き、余を引きずりだしたのは――そなたが初めてだぞ」


「……あなた、は?」


 そしてかの人物は――淡々とした視線を私達に向けたのだ。

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