第33話 メナディス・ダンティス
33 メナディス・ダンティス
「そうか。
遂にダンティス家とコーファイン家の転生者達が手を組み、余に仇なすか。
全く、これほど愉快な事もほかに無いな」
いや、その瞳は淡々としているが、彼は明らかに私達を嘲笑している。
浮遊した彼は座した姿勢になって腕と足を組み、そのままの体勢で目を細めた。
ついで――ゲーテは彼から間合いをとり、イスカダルと私もソレに倣う。
見れば、何も知らない筈のマルグ達も、既に臨戦態勢に移行している。
「ああ。
二人には私の方からテレパシーを送り、全てを教えた。
クリスタの暴挙の裏事情も、私達には共通の敵が居る事も全て。
そういう訳なので覚悟してもらおうか、ゲスが。
きさまだけは――何があっても必ず殺しておくぞ」
今にも爆発しそうな感情を何とか抑制しながら、ゲーテは宣戦布告する。
未だ名も知れぬ彼は、私達を見下ろしたまま、口角を上げた。
「これは、情けない話だ。
まさか、ダンティス家の長子にゲス呼ばわりされるとは。
余の威厳も、地に落ちたと言う事か?」
この無駄口を挑発と感じたのか、サンダルカが語気を荒げる。
「ゲスにゲスと言って、何が悪い?
あのプラーム・シフォンに比べれば、あなたなど確かにゲス以外の何物でもないわ」
「プラームか。
敵にそれほど称賛されるとは、あの者も随分と変わったとみえる。
あの者こそ、真に卑怯者と罵られるべき者の筈なのだが」
「やはり、私達の事を知っている様ですね。
それはあなたが、私達の意識に潜み続けてきたから?」
「そういう事だ。
余は余が潜む転生者が死ぬ度に、別の人間の意識に潜んできた。
よって、余は大体の事は分かっているつもりだ。
そなた等の人間関係や、今の状況もな。
クリスタが未だ復活していないのは、そなたが今も狩南の意識を消すのを躊躇っている為かな、イスカダル?」
「……きさま、やはり、私の心を覗いたな」
珍しく、イスカダルの声に怒りの感情がこもる。
私がそれに圧倒されかけた時、マルグが基本的な事を彼に問い質す。
「成る程。
つまりは、そういう事ですか。
いえ、実在していたのは確かですから、こういう事もあるのでしょうね。
そうでしょう?
――メナディス・ダンティス皇帝陛下。
我等が――始祖」
「……メナディス・ダンティス?
私達の……始祖?」
その時、私はイスカダルの説明を、思い出していた。
彼は、私にヒルビス人の正体を明かした時、こう言っていた。
〝私達の祖先は生に執着するあまり、死を遅らせる術を編み出した〟と。
……まさかその術をつくり出した人物が、彼?
彼こそが、この物語の発端?
そもそも彼が転生術を生み出さなければ、この物語は始まってさえいなかったと言うのか?
「そういう事だ。
余こそはダンティス家の始祖であり、転生術を構築した初代皇帝――メナディス・ダンティス。
そなた等に永遠の命を与え、今も生を謳歌させている恩人と言える。
だがそなた等は、随分と不満そうだな?
一体、何が気に食わない?
永遠の生を手に入れて、何が不服だと言うのか?
そなた等が――余を敵視する理由は何だ?」
「………」
何を、言っている?
彼は、私達に何と質問した?
私達が、彼を敵視する理由?
そんな事は、決まりきっている。
「――ふざけないで。
私達は、既に知っているのよ。
あなたが私達転生者の中に潜み、戦争をさせ続けてきた事を。
和平がなされ様とする度に、あなたは転生者を操ってその和平案を潰してきた。
あまつさえその転生者に転生権を放棄させ、自殺にまで追いやった。
ゲーテの妹もプラームちゃんも、その所為で死んだわ。
そんなあなたを、恩人だと思える?
そんなあなたを、敵視しない訳がないでしょう?
あなたは自分が何をしてきたのか、本当に分かっている?」
いや、それ以前に、彼は何故こんな事を続けてきたのか?
コーファイン家とダンティス家を、二万年以上戦い続けさせた理由は何?
私がそう問うと、彼は浮かべていた笑みを消す。
「と、その事か。
確かに、言われてみればそうかもしれぬな。
人の歴史は戦争が大半と言うが、それでも多くの者達は平和を望む。
その平和を一方的に奪われては、確かにたまった物ではない。
――いいだろう。
認めてやる。
そなた等の不満は、正当な物だ。
そなた等には――余に逆らうだけの権利を与えよう」
「……何ですって?」
つまり、彼は私達にそんな権利さえ無いと思っていたという事か?
自分に逆らう権利さえ、ついさっきまで認めていなかった。
だとすれば、その傲慢さは、ゲーテの比ではない。
「質問の答えに、なっていませんね。
その理由によっては、私としては矛を収めても構わないのですが」
「――マルグ、きさま」
「冗談ですよ、殿下。
例えどのような理由があったとしても、始祖がした事は許される事ではない。
私とて、人の子です。
その程度の分別は、弁えている」
「そうか。
余に最も近いマルグ・トリアですら、そう謳うか。
いや、そなたとなら分かりあえると思っていただけに、残念だ」
心底からそう感じたのか、彼は初めて苦笑らしき物を見せた。
彼が私達の問いに答えたのは、その直後だ。
「その訳は、簡単な事だ。
余は単に――自分の肉体が欲しかった」
「……は?」
意味が分からず、私は間の抜けた声を上げる。
ゲーテの表情もそれに近くて、彼も唖然とした様だ。
「自分の肉体が……欲しかった?」
本当に、何を言っているのだ、彼は?
だって肉体なら、既にこうして持っているではないか?
私にはやはり彼が何を言いたいのか、まるで分からない。
「そう急くな、コーファインの末裔。
余の話は、ここからが肝だ。
確かに余は転生術をヒルビスにかけ、其処に住む多くの人間を不死とした。
それこそがヒルビスを最も栄えさせる手段であり、今を生きる者達の宿願だと思ったからだ。
人はどう足掻いても、死を恐れる。
死とはこの上ない断絶であり、最大の虚無だからだ。
死ねば、人は終わる。
死ねば、その人物はもう何も出来なくなる。
現世からは切り離され、後はただ意識を闇へと委ねるほかない。
死こそが人にとって最大の絶望であり、最悪の末路だ。
だが、世界はその死と言う名の循環こそが、常識だった。
為政者の死は、支配者を新たな世代に交換する為の、最良の手段でもある。
仮に暴君が不死だった場合、民衆への圧制は永遠に続き、彼等を悩ませる。
死はソレを避ける為の重要な要素であり、これなくして世界の循環は機能しない。
だが、真に優秀な為政者が不死を得た場合は、どうなるか?
世界を正しく平定した為政者が不死なら、その平和も悠久に続く。
ならば余が不死となれば、ヒルビスの平和は約束されたも同然だ。
つまり余が死ぬ事こそ――世界規模の損失だという事」
「……な、に?」
彼はそんな事を、本気で言っている。
ヒルビスを絶える事がない戦地に変えた彼は、自分こそが最良の為政者だと嘯いたのだ。
「よって――余は死を超越する事にした。
余の存在こそが世界の為だと判断した余は、研究に研究を重ね、転生術を構築したのだ。
面白おかしいのは、余がその術を簡単に生み出す事ができた事だろう。
余と余の民は、この時点で永遠の命を得た。
余の九人の側近達には余と同じ方式の転生術を与え、ヒルビス星に留まらせた。
それもこれも、余にはまだ敵が居たからだ。
それが――コーファイン家。
余の領土であるダンティスと並び、ヒルビス星を二分する勢力。
かの女帝は、余が転生術を発動させる前から余の宿敵だった。
実を言えば、余が永遠の命を欲したのもやつが原因と言って良い。
恐らく余がやつより先に死ねば、あの者を止める人間は居なかっただろう。
余の子も、余の側近達もやつの才には及ばない。
ならばダンティスの未来の為にも、余は生き続ける必要がある。
無限の命を以てあの女帝と争い、何れやつを滅ぼす。
それが余の計画だったが、二つほど誤算が生まれた。
その一つが――コーファイン家の女帝もまた永遠の命を得た事だ。
余に対抗する為やつもまた転生術を編み出し、コーファインの領土に属する者にそれをかけた」
「それが……私達の始祖?」
要するに、私達の始祖は二人居たという事か。
コーファイン家とダンティス家は――始祖の時代から既に戦い始めていた。
「そういう事だ。
やつと決着をつけるには、人の寿命では余りに短すぎた。
それこそ千年単位の寿命が必須だったのだが、そこでもう一つの誤算が生じたのだ。
転生術の範疇にあった筈の余は――転生に失敗した」
「転生に、失敗した?」
それは、おかしい。
転生に失敗したなら、なぜ彼は今ここにいる?
彼の話はいつかのイスカダルの様に、まるで整合性がとれていない。
「いや、これは誰が何と言おうと失敗だよ。
何せ余の精神が別の肉体に転生する度に――その肉体は破壊される事になったのだから」
「肉体が……破壊されるですって?」
「そういう事だ。
どうも並みの肉体では、余の精神に耐えられないらしい。
余はやはり特別な存在で、普通の肉体では受け皿にはならないのだ。
ならば、どうすればいいか?
余の答えは、余りに明白だった」
「――まさかっ?」
その時、私の脳裏にはある可能性が過ぎる。
それは本当に自分勝手で、救い様が無い話なのだが、彼は当然の様に一笑した。
「そうだ。
それこそ余が――ダンティス家とコーファイン家を争わせ続けた理由。
余は人々を戦争に順応させ――ヒルビス人の体を強化する必要があったのさ」
「――な、に?」
この時、ゲーテは未だ嘗てない程の怒りを以て、彼の告白を受け止めた。
「そうだな。
プラーム・シフォンが、いい例だろう。
やつは序列八位という立場にありながら、序列二位のサンダルカと互角に戦った節がある。
この様に戦争は、ソレに関わる人々の心身を、研ぎ澄ませていく側面を持つ。
このまま戦争が続けば、何れ私の精神を受け入れられる器が、見つかるかもしれない。
ならば――余が躊躇う理由など無い。
例え二万年かかろうが三万年かかろうが、余に相応しい肉体が見つかるまで戦争は継続させる。
それを阻もうとする者は、すべからく粛清されるべきだろう。
いや、元から憎み合っていた両家を戦い続けさせるのは、実に簡単だったよ。
余が意識を覚醒すると、その肉体は破壊される。
よって肉体の主導権が無かった余だが、それでも日に数時間程は宿主を操る事が出来た。
きまって宿主は継続型の転生者だったが、余はそれを利用した。
和平論が叫ばれる度に主戦力である彼等に、余は暴挙を起こさせた訳だ。
いや、クリスタの時など傑作と言って良い。
ただそなたの妹をやつに惨殺させただけで、そなたは見事にキレてくれたのだからな、ゲーテ。
だが余は別に拘束したカルシアを、一方的に拷問した訳ではないぞ。
余はただあの娘と戦い、延々と負かし続けただけだ。
カルシアに、いかに自分が矮小な存在か思い知らせ、その上で転生権を放棄させた。
いや、余と自分の力がどれだけかけ離れているか思い知った時、やつは涙さえ流したものだ。
その絶望を以て、余はやつに転生権を放棄させ、死に追いやった。
お蔭でそなたは余が計算した通りクリスタを憎み、憤怒して、戦争を継続させた。
故に称賛されるべきはそなたの方だ、ゲーテ・ダンティス。
そなたは為政者の端くれでありながら私憤に駆られ、身勝手にも罪もない民衆を戦争に誘った。
そなたは余が思い描く通り――余の掌で踊り抜いてくれたのだ」
「――ぐっ――つっ!」
ゲーテの歯ぎしりが、私の鼓膜まで届く。
明比佐の顔をした彼は、明比佐の面影がなくなるほどその表情を怒りで染めた。
「……そんな事の為に、きさまは自分の子孫を殺したのか?
己の欲の為にアレほどまでカルシアをボロボロにしたと、そうほざくのか――メナディス・ダンティス――っ?」
だというのに、彼の表情は歓喜に歪んだままだ。
「――そういう事だ。
言ったであろう。
余の死は、世界規模の損失だと。
だが、そなたの妹は違う。
そなたの妹など、幾らでも代えがきく。
現にカルシアが死した後も、別の人間が継続型の転生者となり、戦争は順調に続いた。
カルシアが死んだところで、両家のパワーバランスは保たれたままだった訳だ。
ならばそれは、カルシアが余の様に特別では無かったと言う事。
皇族でありながら――カルシア・ダンティスはただの一兵卒と大差無かったと言う事だ」
「………」
それはただの侮辱を大きく通り越した、醜悪な侮辱と言って良い。
身内をその手にかけながら、何一つ悪びれず、寧ろ誇りさえする彼は既に人でない。
彼は彼である時点で、既に人である事を放棄している。
それが私の結論であり――彼を敵視しなければならない理由だ。
「そうね。
もうあなたの話は、金輪際聴きたくない。
ただあなただけはこの場で滅ぼさなければならない存在だと言う事は、よく分かった。
私も誰かに対してこんなに敵意を抱いたのは、あなたが初めてだわ――メナディス・ダンティス」
ならば、最早議論は不要だ。
私は何としても、彼を倒して、この戦争を終わらせないと。
「それは、どうかな?
言っておくが、ゲーテはまだそなたを許した訳ではないぞ、クリスタ。
現に、ゲーテがコーファイン家と手を組む条件は、クリスタとの一騎打ちだ。
ゲーテは仮に余を倒せたなら、そなたさえ亡き者にしようとしている。
そなたとゲーテの間には、決して分かり合えない溝が生じているのさ」
「……何ですって?」
「が、確かにそなたの言う通りでもある。
これ以上の話し合いは、無意味だろう。
かかってくるがいい、ダンティスとコーファインの末裔達よ。
そなた等は余が――指一本動かす事なく始末してくれよう」
「上等だ――メナディス・ダンティス――っ!」
その宣言が、口火となった。
ゲーテは最早辛抱する事なく地を蹴り――己が始祖に立ち向かったのだ。
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