第30話 彼女に捧げる鎮魂歌
30 彼女に捧げる鎮魂歌
銃を持っていた右腕を、正体不明の能力で切断される、イスカダル。
その様を見て、ゲーテは頷く。
「一応ご苦労と言っておこうか、マルグ。
だが、私は言ったはずだ。
私は今、イスカダルとの戦いを楽しみたいと。
故に、二度目は無いぞ。
これ以上余計な手出しをすれば、今度こそ死ぬのはオマエ自身だと思え」
「了解しております。
私も自分の命は惜しいので、これ以上殿下の邪魔はいたしません」
氷山の上に立ちながら、マルグは恭しく一礼する。
ソレを一瞥してから、ゲーテはイスカダルに視線を戻す。
「では、決着といこうか、イスカダル・コーファイン。
これは純粋な、速さ比べだ。
私の術が先にきさまに決まるか、それともきさまの術が私を打倒するか。
どうやら遊んでいる時間は無くなったので、手早く済まさせてもらうぞ」
「………」
よって、イスカダルに迷いが生じる。
命を懸け今のゲーテを倒すべきか、それとも狩南と共に撤退するか。
彼は一瞬逡巡するが、答えは余りに分かり切っていた。
(いま私とゲーテが相打ちになれば、マルグがフリーになる。
そうなれば彼女は狩南を殺して、この戦いに決着をつけるだろう。
それだけは――避けなくてはならない)
ゲーテの脅威を認めつつも、今は逃げ出す事を選ぶ。
イスカダルは〝その異常〟を感じつつも、そう判断する。
でも、彼女は違っていたのだ。
「――なに?」
ゲーテが、我が目を疑う。
イスカダルも、息を呑む。
マルグは眉をひそませるが、彼女の歩みは止まらない。
唐突に結界を越えて現れたのは紫塚狩南で――彼女は今この戦場に立つ。
狩南は、涙しながら中空にあるゲーテに目を向けた。
「――プラームちゃんが、死んだわ」
「その様だな。
それが?」
〝その異常〟であるプラームの死を感じ取った狩南は、だからこの場に現れた。
ゲーテはその事実を一笑して、狩南を見下ろす。
「それも、全ては私が役立たずだった所為。
こうなる前に私は決断しなければならなかったのに、ソレを怠った。
だから――私はその償いをしなければならない」
「償う?
償うだと?
今のきさまに一体何ができるというのだ、紫塚狩南?」
いや、ゲーテは彼女を嘲笑い、蔑みの視線を送る。
ソレを見て、狩南は吼えた。
「冗談でしょう?
私を蔑んでいいのは――プラームちゃんだけよ!」
「な――にっ?」
ゲーテが、もう一度我が目を疑う。
何故なら紫塚狩南は瞬時にして跳躍し、瞬く間に自分の間合いに入って来たから。
狩南はそのままゲーテの顎に拳を打ち付け、彼を吹き飛ばす。
南極から月まで吹き飛ばされたゲーテは、一瞬だけ忘我した。
《ほ、う?》
ゲーテは、今何が起きたのか理解して、今度は喜悦した。
《まさか、仲間を失った事で力を覚醒させたというのか?
たった、それだけの事で?
だとしたら、きさまは余りにもふざけている――っ!》
形容しがたい歓喜と共に彼は月の大地を蹴って、地球へと戻る。
そのままゲーテは狩南に襲いかかり、今度は彼が彼女の顔面に殴打を加える。
それでも狩南はその場に踏み止まり、逆にゲーテの腹部に蹴りを叩き込む。
それで彼は一瞬意識を白濁とさせるが、今度はゲーテも吹き飛ばない。
その場に踏み止まり、彼と彼女はひたすら殴り合う。
ゲーテが狩南の顔面に拳を叩き込むと、今度は狩南がゲーテの顎を蹴り上げる。
狩南がゲーテのテンプルに突きを入れると、今度はゲーテが狩南の腹部に蹴りつける。
後は――殆どその繰り返しだ。
両者は防御と言う概念さえ忘れて、ただ互いを傷付け合う。
殴り、蹴り、肘を入れ、膝を叩き込み、頭突きをくわえて、互いに血反吐を吐く。
この常軌を逸した肉弾戦を前にして、イスカダルとマルグはただ唖然とした。
その沈黙を破る様に、狩南はもう一度吼える。
「……そう。
私達は互いに、罪を犯した。
殺人と言う罪を、黙認した。
私達は、二重の意味で罪を背負ったの」
殺人による罪は、二つ。
一つは、その被害者足る人物の未来を奪う罪。
もう一つは、家族や親しい人々からその人物を奪う罪。
それがどれほど罪深い事か、狩南は本能的に理解する。
「そうよ。
私達が、安易に他人の命を奪っていい訳がない。
彼女の家族から、彼女を奪っていい筈がない。
だというのに、私達はその大罪を犯した。
彼女からこれから先にある可能性を奪い、彼女の親しい人々からその存在自体を奪ったの。
私は何があっても、東国明比佐にそんな真似をさせてはいけなかった」
まるでその罪を贖う様に、狩南は自身が傷つく戦法をとり続ける。
決して防御はせず、ゲーテの攻撃をその身に刻み、反対に彼の体に殴打を加える。
「ええ。
私の使命は、これ以上、明比佐に誰かを殺させるのを止める事。
私は例え明比佐を殺してでも、あなたを倒すわ、ゲーテ・ダンティス」
だってソレは、明比佐自身が誰かに恨まれるという事だから。
その憎しみは、何れ明比佐を苦しめる事になる。
明比佐の心身を責め立て、きっとその罪を今以上の苛みを以て償う日が来るだろう。
だから、そうならない内に自分は彼を倒す。
彼にこれ以上罪を犯させない為にも、いま東国明比佐を打倒して、彼の罪を清算する。
彼女は今、彼の罪を背負うとしていた。
その決意を耳にした時、ゲーテは己の意思に反して、涙する。
「――黙れ、明比佐っ!
この程度の講釈で、涙など流すな!
きさまは今、手前勝手な理屈を突きつけられ、自分の女に殺され様としているのだぞっ?
ソレを聴いて、なぜ泣くっ?」
それでも、東国明比佐は紫塚狩南の決意を聴いて、涙する。
彼女が何を思い、どう悩み、いかに煩悶したか理解するが故に、泣かずにはいられない。
「だが、それは違うのだ!
確かに、紫塚狩南はまだ手を汚していないのかもしれん!
だがその女の中に潜む外道は――私の妹を殺した!
本当の意味で――この世から抹殺した!
そのクリスタ・コーファインが、今更人道を語って私を倒すだと?
ふざけるな――っ!
アレほどの非道をなしたきさまが、なぜ道理を語れる……っ?」
ゲーテが言っている事もまた、正論だ。
クリスタは彼の妹を責め立てて、彼女に転生権を放棄させ、その上で殺した。
しかも彼女はその妹の死体を、ゲーテの城へと送り返したのだ。
そのボロボロになった妹の死体を見て、彼が何を思ったか、それは筆舌に尽くしがたい。
憤怒、悲哀、嫌悪、憎悪、苦悩、疑問。
様々な感情を混交させ彼は、五百年ぶりに泣いた。
一人の人間が一人の人間に対して、こうまで残酷になれる物かと思い、彼は泣いたのだ。
その時、彼は己に誓った。
「――そうだ!
それは此方の台詞だ、クリスタ!
きさまだけは、この俺が殺す!
この俺の手で完膚なきまでに殺し尽くして、晒し者にしてくれる!」
その思いに、嘘は無い。
その憎しみは、きっと永遠に変わらない。
それでも、彼は心底から吐露していた。
「きさまは確かに、私の妹を殺した。
なのに、そのクリスタが何故お前なのだ――狩南っ?」
「――ああぁ」
それが彼女の最大の罪であるかのように、彼は告げた。
この明比佐の声に近い響きを聴いて、狩南は息を呑む。
それでも拳を振い、自分に攻撃を加える彼女を見て、彼は決断する。
(やはり――ただの殴り合いでは埒が明かぬな!)
ならばとばかりに、ゲーテは初めて自分の意思で後方へと飛ぶ。
彼は己が能力を以て、紫塚狩南をこの世から抹殺しようとする。
その気配を感じ取り、狩南も構えをとった。
「――まさか、能力っ?
能力さえ使えるとそう嘯くか――コーファインの阿婆擦れ!」
「そう。
今の私が命を懸ければ、きっとあなたでさえ葬る事が出来るわ、ゲーテ」
この宣言を聴き、ゲーテはやはりと納得する。
彼女は既に、勝利を放棄している。
彼女にとってのゴールとは――東国明比佐と相討ちになる事。
紫塚狩南は決して、東国明比佐だけを死なせたりはしない。
ソレを知っているからこそ、彼は今も泣いているのだ。
「いや、茶番はそこまでだ!
今すぐ冥途に送ってやるから覚悟するが良い――紫塚狩南!」
故にゲーテ・ダンティスは、その能力を発動する。
彼の体から謎の威圧感が発せられ、それが狩南に迫る。
「バルグガム・リグリオン――!」
それはヒルビスの言葉で、日本語に置き換えると――〝我が望む万物の原点〟という意味。
だが、それが何であるか、狩南には分からない。
いや、このままではソレを知った途端、彼女の命は尽きるだろう。
それでもその場に立ち尽くす狩南を見て、ゲーテは瞠目した。
紫塚狩南は――具現した四角状の物体をゲーテのオーラに叩き込む。
同時に彼女も叫んだ。
「オリベルト・グシャン――!」
それはヒルビスの言葉で、日本語に置き換えると――〝今あらゆる可能性を我が手に〟という意味。
ソレを目撃した瞬間、ゲーテは眼を開く。
「まさか――私のバルグガム・リグリオンを相殺しただとっ?
だが、ただ一度限りの奇跡を起こしただけで図に乗るなよ、小娘!」
それは万物を過去の姿に逆行させる、防御不能なオーラ。
このオーラを食らった時点で、狩南は今の時点で五億年前の姿に変わり、この世から消滅する。
現在の情報を過去の情報で上書きする、絶対殺戮能力。
それが――バルグガム・リグリオン。
だというのに、紫塚狩南は不動のまま正面からゲーテ・ダンティスを迎え撃つ。
「いえ、その術でも私は完全に殺せない。
何故なら私の能力は、万物の可能性を投影する事。
今は単純に現実世界の可能性をあなたの術に上書きして、あなたの業を相殺しているの」
「……なんだと?」
その意味がよく分からず、ゲーテは眉をひそめる。
その間に、狩南は一歩一歩、ゲーテに近づいていく。
彼に近づく度に彼の能力は強力になって、狩南の体を蝕む。
それでも何とかその情報を自分の情報で上書きして、狩南は前進を続ける。
この時ゲーテは、全力を以て彼女を殺さなければならないと、本能的に直感した。
対して狩南はその時が近づくにつれ、敵意より未練の方が強まっていく。
確固たる殺意と、未だに残る未練が衝突しようとした時、この戦いは決着した。
「――殿下、ここはお引きください」
「マルグっ?」
「――狩南、ここまでだ。
今は、もういい」
「イスカダルっ?」
マルグとイスカダルがゲーテと狩南を抱き抱え、強制的に両者の間合いを離す。
彼等は己が主を結界内から離脱させ、そのまま東と西に分かれて直進する。
この間、ゲーテは初めてマルグに殺意を向けた。
「マルグ、きさまっ!」
「――私の命を奪いたいなら、そうなさってください。
ですが妹が生きている内は、何があっても殿下を死なせる訳にはいきません」
「………」
サンダルカを引き合いにだされたゲーテは、最早黙るしかない。
彼女達はそのまま一直線にサンダルカのもとに向かい――完全に戦線から離脱した。
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