第29話 その果てに

     29 その果てに


 思えば、彼女の人生はチグハグだった。


 彼女が蔑む人間は、彼女が認めた人物のみ。

 それ故、彼女は民を蔑む事はせず、ただ序列九位の人物を蔑み続けた。


 それは前述通り、彼女が序列九位の人間を認めているが為だ。

 彼は強く、誇り高く、そのため蔑み甲斐がある。


 憎まれ口にも似た彼女の蔑みを受け、彼はよく苦笑を漏らしたものだ。


〝そうだな。

 序列八位のお前が蔑めるのは、俺だけだ。

 なら、思う存分俺を蔑むがいい〟


〝だから――私は貴方のそういう所が気に食わないんです〟


 これでは、彼だけが自分にとって特別な存在の様ではないか。

 それが気に食わなくて、彼女はある野心を抱く事になる。


 そうだ。

 自分は蔑める人間の数が、余りに少なすぎる。


 だが序列を越えて上位に立てば、自分は全ての人間を蔑む事が出来る。

 彼だけが、自分の特別ではなくなるのだ。


 そうユメみた彼女は、自分の構想を実現するべく粉骨砕身した。


 自身が内包するエネルギーを、瞬間的に高める。

 そのエネルギーに耐えうるだけの肉体強度を身に付けるのが、彼女の目的だ。


 誰にもその構想を告げずに修練を開始した彼女は、地球に転生した後もその続きを始めた。

 彼女は今から一年も前に覚醒しながら、仲間集めはせずに、ただ自身を練磨した。


 それも全ては、戦争が再開された時、自身だけが特別である為。

 序列八位である自分が、敵の序列上位と互角以上に戦える様になる為だ。


 これが成功したなら、彼女が罵れる人間は爆発的に増える。

 彼だけじゃなくダンティス側やコーファインの人間さえ蔑みの対象にできる。


 そうなれば、きっとこの正体不明な気持ちともオサラバできるだろう。


 だが、彼女はその為に自分以外の者を顧みなかった。


 齢九の頃に家を出て修行に明け暮れていた彼女は、彼女の宿主である家族を切り捨てたのだ。

 行方を眩ました彼女は、自分の家族が己をどう思っているか、気にさえしなかった。


 彼女や彼女の宿主にとって母親は口うるさいだけの存在で、親しみを殆ど感じなかったから。


 それはきっと、母親の方も同じだ。

 何せ顔を合わせる度に、母親は文句しか口にしない。


 勉強をしろ、部屋を片付けろ、家事の手伝いをしろ、何時までも遊んでいるなと言った感じ。

 よって彼女は母親を平気で蔑にしたのだが、彼女の中の彼女はその全てをよしとはしなかった。


 彼女の中の彼女は、己の行為にささやかな罪悪感を覚え、それが要因となり彼女は家に戻った。

 だがそこで彼女が知ったのは、心労で倒れた母親である。


 九歳の娘に家出をされ、行方が分からなくなった母親は、その時点で生きる気力を失った。

 無気力な時間を長く送り、今も時折唐突に泣き出すと言う。


 それも全て自分の所為だと知った彼女は、その時点で微かな罪悪感を覚えた。


 思えば、彼女は彼女として転生した時点で、家族から崇められ続けてきた。

 自分の家から皇族の側近が生まれたと知った彼女の家族は、彼女を祭り上げる事しかしなかった。


 でも、今の彼女の母親は違ったのだ。


 母親は彼女を本当の家族の様に扱い、特別扱いしない。

 無意識に、その事こそ特別な事だと感じていた彼女は、母親の愛情を初めて知る。


 この時点で彼女の目的は、微妙な変化を見せる事になった。


 自分は、この人の為にも死んではならない。

 もうこの人を、哀しませる様な真似をしてはならない。


 だから自分が修練を重ねるのは、ダンティス側との戦争で生き残る為。

 自分は勝つ為ではなく――生き残る為に己の構想を実現する。


 それが家に帰って来た自分を見て、母が浮かべた表情に応える唯一の事。

 自分の為に泣いてくれた、あの母の気持ちに応える唯一の決意だった。


 故に、プラーム・シフォンは動きを止める。

 それは、サンダルカ・メイフィズの気質が変わったから。


 彼女が能力を使用するつもりだと察した途端――ソレはきた。


「――な、にっ?」


 プラームの心臓が、不整脈を起こす。

 しかもソレはサンダルカに見つめられる程、酷くなっていく。


 この時点でプラームは超速で移動して、近くの岩山に身を潜ませた。

 すると心臓の異常は停止して、彼女は眉をひそませる。


(……何をした? 

 まさか……見ただけで敵の体に何らかの術をかける能力?)


 だとしたら――余りに反則すぎる。

 

 それは正に魔眼と言える物で、プラームはその脅威をいま思い知る事になった。


「つっ?」


 サンダルカが、その魔眼をプラームが隠れている岩山に向ける。


 岩山はそれだけで風化してしまい、プラームの姿を露わにする。

 よって彼女は高速で移動して、また別の岩山へと身を潜ませる事になった。


 だが――そんな事はサンダルカ・メイフィズの前では姑息な手段にすぎない。

 

 サンダルカの魔眼はその岩山も風化させ、更にプラームを追い詰める。

 彼女がこの時点でサンダルカの能力を理解した。


(成る程、そういう事。

 彼女の目は――〝見た対象の死を具現化する〟)


「そう。

 人は何れ死ぬわ。

 死は転生者である私達にも、何れ訪れる。

 私の目は未来に起きるその死の形を――いち早く具現化する。

 将来心臓麻痺で死ぬ者は、私が見ただけで実際に心臓麻痺を起こす。

 脳卒中を起こす者は、私が見ただけで今その死因を起こしてしまう。

 闘いで死ぬ者も、それは例外ではない。

 心臓を槍で貫かれた者はその通りの死に方をして、首を刎ねられる者もその通りに死ぬ。

 私は最早指一本動かす事なく、ただ見るだけであなたを殺す事が出来るの――プラーム・シフォン」


「――くっ!」


 ならば、岩山を風化させるのも、同じ要領か。

 岩山とて、無限にこの場に存在していない。


 何れ風化するか、崩れて無くなる。

 サンダルカは、その寿命を圧倒的にはやめているのだ。


(けど、私は即死では無かった。

 という事は、私を致死させるには何秒か見つめ続ける必要がある筈。

 加えて身を隠している間は、心臓に何の異常もなかった。

 なら、その死は――身を隠している間はカウントダウンされない)


 けれど、自分は既に三秒ほどサンダルカに見つめられている。

 恐らく自分に残されている時間は、もう七秒程しかあるまい。


 十度岩山を消されて、身を隠す場所を変える必要に迫られたプラームは、そう計算する。


 同時に彼女は、これが如何に驚異的な能力かも深く実感していた。


(やはり――彼女は危険。

 彼女を、狩南様達の戦場に参戦させてはならない。

 ――何としても、ここで仕留める必要がある)


 その為にはどうするべきか、彼女はよく分かっている。


 彼女はただ、あの人達の姿を強く想った。


(ええ。

 漸く私にも貴方以外に特別な人が出来ましたよ――カタル)


 だから、死ねない。

 ここで、死ぬわけにはいかない。


 それでも彼女の人生はチグハグで、彼女はここで命を懸ける必要があると思った。

 ソレは自分の為かと問うた時、彼女はただ苦笑する。


 彼女は何も知らずに今も戦い続けているであろうあの少女を、ただ守ってあげたいと思った。


(本当に会ったばかりなのに、何でこんな気持ちにさせられるんでしょうね?)


 それはあの少女にクリスタの面影を見た為か、それともあの少女特有のカリスマなのか。


 彼女には、分からない。


 彼女はただ母に詫び、自分自身に詫び、天を仰いで歯を食いしばる。


 彼女は、プラーム・シフォンは――今こそソノ真髄を己が大敵に見せつけたのだ。


「おおおおおおおおおおおおおお―――っ!」


「つっ!」


 その時――サンダルカ・メイフィズにも負けられない理由が胸裏を過ぎる。


 思えば、彼女の人生は出来過ぎだった。

 両親、兄、他人と全ての者に愛されてきた彼女は、だからこそ何かが足りなかった。


 それが〝他人を愛する事〟だと初めて知ったのは、あの彼に出会った時。

 今までただ愛されるだけだった自分に、初めて愛する者ができた。


 その尊さを、その切なさを、その愛憎を彼女はその身に刻むが故に、決して負けられない。

 サンダルカ・メイフィズもまた、この大敵を彼のもとに向かわせてはならないと痛感する。


(そう! 

 だからあなたは――ここで確実に止める!)


 件の業を使い、自身に向け瞬時にして間合いを詰めてきた、プラーム。

 ソレを直視して、サンダルカは彼女の寿命を確実に削る。


 だが、プラームが死に至る前に彼女の拳がサンダルカの頬に決まる。


(まず――一撃目)


 吹き飛ぶサンダルカを追い、プラームは跳躍して、更に一撃を加える。


(そして――二撃目)


 だがプラームから目を離さないサンダルカは、やはり彼女の命を奪い続ける。

 ソレが顕著に表れたのか、プラームは心臓を押さえそうになる。


 それ程の激痛に晒されながら、彼女の気迫はとどまる所を知らない。

 彼女はサンダルカの腹部にもう一撃入れて、更にサンダルカを吹き飛ばす。


(これで――三撃目!)


 プラームの計算では、後二撃入れれば勝機が見えてくる。

 だが、ここにきて彼女の肉体は悲鳴を上げ始め、限界が近づく。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――っ!」


 その痛痒を、愛する全ての人間の顔を思い起こす事で押さえつけ――彼女は吼えた。


(そして――四撃目!)


「本当に化物なの――あなたはっ?」


 プラームの圧倒的なパワーを前にして、サンダルカも吼える。


 そして、その時は訪れた。


(これで――五撃目!)


 だが彼女の肉体は既にそのパワーに耐えきれず、その拳には力が入らない。


 彼女は、プラーム・シフォンは、その賭けに敗れさり、ただ奥歯を噛み締めた。


(彼女は――限界を超えた? 

 ならば――私の勝ち!)


 よってサンダルカはプラームを直視して、その寿命を具現化する。


 だがその前に――彼女は謳った。


《そう。

 私の能力は、あなたのソレに比べれば本当にショボイ物です。

 何しろ―私の能力は――敵に与えたダメージを一ヵ所に集中させる事なんだから》


「な――に?」


 サンダルカは今まで彼女に、十六度攻撃を受けている。


 その全てのダメージを、一ヵ所に集中させられたらどうなるか? 


 サンダルカは咄嗟に判断して、彼女と共にもう一度吼えた。


「プラーム・シフォン――っ!」


「サンダルカ・メイフィズ――っ!」


 結果、サンダルカの脳は意識を失う程の衝撃を受け、彼女は眼を開く。

 結果、サンダルカに見つめられた彼女はその鼓動を止め、思わず苦笑した。


「……やはり、序列八位では、この程度の事しかできませんか。

 私は何時まで経っても、役立たずの、ままです……」


〝いや。

 お前は本当に、よくやったよ。

 だから――今はただ胸を張れ〟


「……ああ」


 それは、十二回目の死に際に、あの彼からかけられた言葉。


 ソレを唐突に思い出し、彼女はただ微笑む。


 ただこの宿主と、あの母を哀しませてしまう事に後悔を抱きながら――彼女は逝った。

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