第8話 マルグ・トリアとは

     8 マルグ・トリアとは


 安全圏まで逃げ切った俺は、人が行きかう街中でマルグ・トリアと合流する。


 あの場から消失した彼女にそのカラクリを問うと、マルグは笑みを浮かべながら返答した。


「成る程。

 それが、今のオマエの能力と言う訳か。

 中々面白い。

 使いようによっては、イスカダルの足を引っ張る程度の事は出来そうだ」


「かもしれません。

 ですが、万全を期すならせめて殿下の能力が使用できるようになるまで、待つべきかと。

 決して、イスカダルを見くびってはなりません。

 彼こそが、クリスタと並ぶコーファイン家の要。

 そう考えると、序列五位の私が最初に目覚めたのは、不運と言う他ありません」


 が、その意見を俺は一笑に付す。


「ぬかせ。

 オマエには実力を補う、その奸智があるだろう。

 その奸智を以て、精々私の助けになるがいい。

 オマエなら、作戦次第でイスカダルを出し抜く事も可能な筈だ。

 その間に私は力を蓄え、駒を集める事にする」


「成る程。

 コーファイン側にはそれが出来ないと、見通しておいでなのですね? 

 ならば、話は早い。

 私もその様に取り計らいますので、殿下は思う通りに行動なさってください。

 あ、いえ、その前に一つお聞きしたい事が。

 あの少女についてなのですが、殿下の精神にどれ程の影響をあたえていますか? 

 十分無視できる範囲と考えても、よろしい?」


「………」


 俺の目の前には、右目を赤い髪で隠した、穏やかな眼差しの少女が居る。

 ドレスと言う一般的ではない装束を纏った彼女を見て、俺は思った事を口にする。


「いや、随分と可愛らしい外見になったものだな、マルグ。

 実際、我が目を疑った位だ。

 嘗てのオマエとは、余りに違い過ぎると」


「……そう。

 そうですか。

 やはり彼女は、少なからず殿下に影響を及ぼしている訳ですね。

 彼女がクリスタとして覚醒するまでは、その影響は続くと考えて良い?」


 俺の誤魔化しの言葉を、マルグは事もなく見抜く。

 彼女は俺がおかれている状態を、俺以上に把握していた。


 思わず鼻から息を噴き出しながら、俺は肩をすくめる。


「かもな。

 あの娘が紫塚狩南である限り、私もやつを殺し切れるかは怪しい。

 ゲーテ・ダンティスは今すぐにでもやつを殺したがっているが、東国明比佐は別だ。

 この体もこの精神も私の物になったが、深層心理は異なっている。

 未だに明比佐のやつに対する想いが、私の心理に影をさしている様だ。

 この状態を脱するには、今しばらく時間が必要だろうな」


 俺が白状すると、マルグは思わぬ事をぬかした。


「成る程。

 それはつまり――殿下はあの娘ともうヤったという事でしょうか?」


「………」


 この発言の主が、イスカダルあたりなら、俺は疾うにやつを殺している。


「あ、いえ、私とした事が、些か発言が不適切でしたね。

 殿下はあの娘と――既に性行しまくってしまった?」


「……それで言葉を選んだつもりか、オマエは? 

 私としては、どちらも下劣な表現にしか思えぬ。

 だが安心しろ。

 東国明比佐は私同様、純真な男だった。

 軽々しく少女に手を出す様な、軽薄な輩ではない」


「そうですか。

 要するに殿下同様、その体の主も童貞という事ですね。

 精神も童貞なら、体も童貞とか、ちょっと笑えます」


「………」


 本当にクスクス笑いだす、マルグ。

 前から思っていたのだが、コイツは本当に俺を敬っているのだろうか? 


 面従腹背とは、コイツを指す言葉ではあるまいか?


「いえ、大変失礼いたしました。

 ただ――それならば妹も喜ぶと愚考いたした次第です。

 しかし未だに疑問ですね。

 相思相愛でありながら、なぜ殿下は妹に手を出さないのでしょう? 

 実は、不能とか?」


「そろそろ黙れよ、マルグ・トリア。

 オマエの話は一々面白いが、私にも我慢の限界がある。

 オマエは、オマエがなすべき事をなせ。

 私も私で、自分の仕事にとりかかる」


 鼻で笑って、俺はヤツに背を向けようとする。

 だが、その前にマルグは手を上げた。


「あ、いえ、そういえば肝心な事をお伝えしていませんでした。

 それは、このゲームのルールについて。

 実は色々ありまして、私共はこの星では、やんちゃはご法度なんです」


「何だと?」


 俺が眉をひそめると――マルグ・トリアはやはり微笑んだ。

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