「輝く影」
人一
「輝く影」
シンデレラカップにやってきた。
数年に1度ネットで有名な敏腕Pが開催する、まあまあ大きなアイドルオーディションだ。
正直初めてオーディションに申し込んだし、1発で通るわけない。そんな甘くない。
記念受験のつもりでいた。
けれど、予想に反して私は気づけば最終オーディションの会場にいた。
別に1次審査も2次審査も会心の出来というわけでない。
素人らしく、ステップの間違い歌詞飛ばしなどよっぽど受からないだろう。というような状況だった。
周りの方がはるかに上手かったのに……なぜ?
考えても理由は分からない。
なにかの間違いでも、ここまで来れたのだから変わらず全力でアピールするだけだから。
ぐるぐる考えていると、件のPがやってきた。
――おもったよりもオジサンじゃん……
おっと、周囲の人達と一緒にPの前に整列して挨拶をした。
「「おはようございます!」」
「はい、おはよう。
さてみんな、ここまで生き残ってくれて僕は嬉しい。
これから最終審査なんだけど、そのルールは簡単。
そこに置いてある"ガラスの靴"をピッタリ履ける子がいれば、その子は無条件で合格の上にデビュー曲のセンターを務められる。
どう?ただ杓子定規で評価するよりかは、チャンスがある。そう思わないかい?」
……なんだこいつ。
ネットの評判と現実全然違うじゃんか。
この時だけは、他に参加してる女の子たちと心が通じあった気がした。
それでも文句を言っても仕方ないので、番号順に"オーディション"が始まった。
1番、入らない。
2番、入らない。
3番、大きすぎる。
~~~~
16番、入らない。
17番、入った?かと思いきやピッタリすぎるせいで歩けず。
18番、入らない。
~~~~
26番。
いよいよ私の番だ。
このお遊びみたいなオーディションは舐めていた。
けれど、靴が入らなかった子たちは問答無用で落とされ泣いている。
その姿を見て震えが止まらない。
冗談のようなルールでも、それは決められたルールであり絶対なのだと。
心臓がバクバクと爆発しそうに鳴っている。
そして覚悟を決めて、右足で靴を履いた。
「……あれ?はけ、履けた?いや、ピッタリ?」
「ん?履けたの?じゃあそこの線まで歩いて。」
「は、はい。」
右足はガラスのヒールで、左足は普通のダンスシューズ。
アンバランスだが、不思議と馴染み痛みもふらつくこともなく軽々線を超えた。
「あ、歩け……た?」
「うん。じゃあ26番ちゃんが合格ってことで。27番以降の子はもう用はないから帰っていいよ。」
「あっ!ありがとうございます!」
Pに深々と頭を下げた。
緊張はもちろんしているが、それ以上に合格したことが何よりも嬉しかった。
女の子の泣き声はBGMになり、背中に突き刺さる視線も今は気にならない。
そして私は、Pに連れられオーディション部屋を後にした。
あのオーディションの日から、しばらく月日が経った。
ソロデビューではなかったが、幸いいい子たちがユニットメンバーとなってくれて私達はデビューしていた。
あの「シンデレラカップ」出身ということもあり、私たちはバズっていた。
人気はうなぎのぼりで、グッズやチケットの売り上げも右肩上がりで留まるところを知らなかった。
大袈裟かもしれないが、私たちのグループは動画投稿サイトを席巻していた。
そんなとある日、Pに呼び出されると衝撃的なことを提案された。
最近の頑張りを認められ、私とユニットメンバーそれぞれソロ曲を作成しないか?とのことだった。
この転機を逃したら、次はもう無い。
そう思った私は、二つ返事を返していた。
「ここまで来るのに色々あった……」
業界の厳しさはもちろん、ぽっと出の私が注目されるんだ。
妬み嫉み僻み……応援だけじゃない色んな感情を向けられてきた。
それでも、腐るわけにはいかない。この一心で私なりに努力してきた。
とある日、レッスン室に入るともう誰かがいた。
「お疲れ様です~」
いつも1番乗りなのに珍しい、と思いながら挨拶すると彼女らはかつてのオーディションメンバーだった。
「お疲れ……って、誰かと思えば噂のセンターちゃんじゃない。」
「うん?あっ本当だ。こんな朝早くから1人で練習だなんて熱心ね~」
「え、えぇと……」
「とにかくこのレッスン室は私たち下民が使うから、あなたは別のレッスン室を使いなよ。」
「下民ってどういう……」
「あっそうだ。久しぶりの再会を祝してこのお水をあげるよ。」
「え?あっありがとう……」
――バシャリ
思いきり水をかけられた。
「あっ、ごっめ~ん。手が滑っちゃった。でも人気のセンターちゃんはこの程度のミス……許してくれるよね?」
「うん……気にしないで……」
すっかり気落ちした私は、笑う彼女たちに背を向けレッスン室から立ち去った。
その日から彼女らに絡まれるようになった。
いつものレッスン室はすっかり占領された。
楽屋では"手が滑って"私物を叩き落とされたり、廊下ですれ違う時はわざと肩をぶつけてきた。
それも私たちの目しかない時でしかやられない。
他に誰かがいる時彼女たちは、先輩を推す可愛い後輩になりきっている。
こんな露骨すぎる悪意に晒され、少ししんどくなってきた。
――ガチャ
「お疲れ様です。」
「うん?お疲れ~センターちゃんか。」
「ごめんね~この時間予約されてなかったから、私たちが使ってるよ。」
嘘だ。私が予約していたのに。
「まぁ、とりあえずこの曲まだ披露前だから、そこに突っ立ってないでさっさと出て行ってくれない?」
――どうして。
「ねぇ……どうして?どうして私にだけ、意地悪をするの?」
「は?意地悪だなんてそんな。人間誰しもミスはするでしょう?って……」
私は俯いて静かに泣いていた。
スカートを握りしめる手は強く、プルプルと震えている。
あの子たちは、引いているのか同情しているのか黙って何も声をかけてこない。
握る拳に熱が籠る。
――熱い。
そう思った時にはもう私の手は燃えていた。
「きゃあああ!火!火が!」
「どうして」
火は瞬く間に腕を駆け上り全身に広がっていく。
「だ、誰か!早く!誰でもいいから呼んできなさいよ!」
「どうしてどうして」
激しい炎が私を焼き尽くしてゆく。
どこにも燃え移らず私だけが燃えている。
「どうしてどうしてどうして」
突如火がフッと消えた。
ロウソクの火を吹き消したようにいきなり。
だけど私の姿はそこにはなかった。
焼け跡ひとつ無いレッスン着と灰の山が代わりにあった。
レッスン室にはもう誰もいない。
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……私なの?」
誰にも届かない声が空虚に響いた。
「輝く影」 人一 @hitoHito93
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