パレット

影森 蒼

パレット

 鉛色の寒空。

 寒空は美しいと、よく言ったものだ。

 この鉛色に目をやる度に、君が教えてくれた色が薄まっていくような気がして、冬には陰鬱な気分ばかりが押し寄せる。

 君のいない冬を迎えるのも、今年で三回目だ。

 もう色を忘れてしまいそうで、明日を描くしかなくなった。

 キャンバスとしては立派なこの空に、どんな色を落とそうか。

 帽子の深い鍔の下で、ひとり考えを巡らせた。

 あの時、色を教えてくれた君はもう側にはいない。

 君がいた頃は、闇が降りてくる夜でさえ彩りに満ちていた。月や星が輝きを失うほどに、教わった一つ一つの色が輝いて見えた。

 描く前に終わってしまった君との物語、色だけが残されたパレットだけでは続きを描く事も出来ない。

 僕たちの失われた明日。

 その瞬間を絵にして、まるで時が止まったみたいに永久のものにしたかった。

 二人が満たされていた湯に、色の乗ったパレットを浸けてやる。

 すると、鉛色が浮かび上がった。

 思えば、君の笑顔が浮かぶのも、いつもこの湯からだった。

 それは昔ほど暖かくは無かったが、寒空の下に居た僕にとっては十分すぎるくらい暖かい。

 長い冬を乗り切るには心許ない、最初で最後の暖。

 形に残せばまた暖まる事が出来るのだろうか。

 目を閉じ、鼓動だけが響く場所でそっと筆を走らせる。

 内から飛び出して来る震えが止まった。

 まるで、誰かの支えがあるかのように。

 君と僕の明日を絵にした。

 花束に鎖が巻き付いたような、一枚の絵。

 ここで灯した鉛色は空から落ちてきたものではない。

 確かに、君と僕が紡いだ色だった。

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パレット 影森 蒼 @Ao_kagemori

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