The Sad Cafe

縞間かおる

<これで全部>

 そのカフェは川沿いの……柳並木の路を挟んだ反対側にあった。


 これが桜並木なら、春には窓際にはお客がひっきりなしだったんだろうけど……

 どうにも今日日きょうびの連中には柳並木の風流を解する者は居ないらしい。

  かく言う私だって、その一人なのだけど……柳の木を眺めながらでは“パナマ・ゲコーヒーイシャ”のフローラルな香りとパッションフルーツのようなフルーティな酸味と甘みは、全くもってミスマッチ!

 いや、ゲイシャの語意が“芸者”ならそうでは無いかもだが……残念ながら『ゲイシャ』とはエチオピアの……とある村の名前らしい。

 この“ゲイシャ種コーヒー豆”をパナマのコーヒー農園がエチオピアから輸入したのが、その始まりとか。

 とまあ、こんな蘊蓄は垂れて(本来は『傾けて』が正しいらしいが)も仕方の無い事なのだが……ジャコウネコのから取り出された豆『コピ・ルアク』の例がコーヒーにはあるのだから……大目に見て欲しい。

 これはダジャレが過ぎますかね?


  さて、今は晩秋。


 窓から見える枝垂れ柳の並木は黄金色のベールとなり、川面に映るの夕日の煌めきは、そこはかとしか見えない。


  そう、川は流れている筈なのに……

 それはまるで……


  暮れゆく人生の事なんて全く気付かず、ただ目の前の……

 “じきに消えてしまうであろう”キラキラ金色のベールに心を預けている自分の様だ。

 金色のベールを成している葉は風に吹かれて舞い落ち、降る雨に流され……やがて川の流れに還る。

 私はきっと……それを往生際悪くみっともなく嘆くのだろう。

 詮無きことなのに! 

 やらずには居られないのだろう。


  ため息が……せっかくのパナマ・ゲイシャの芳香をうやむやにしてしまう。

  『ひと時の夢を買おう』と叩いたはたいた小銭を無駄にし、唇に乗っかっている雫宝を冷やしてしまう愚かしい私こそが実相なのだ。


  その現実に……私の指はコーヒーカップの持ち手に通されたまま凍り付き、それに呼応するかの様に、時がカップの中身を冷ましてゆく。


  気が付くと……枝垂れ柳が織りなす黄金色のベールが、気の早いクリスマスツリーみたく、青や赤に明滅している。

 ああ、通りの信号を映しているのだ。

 川だけ無く、クルマや人も流れて行く。

 なのに私は……つるべ落としの秋の陽さえ追いかけてはいない。


  ふいに……

 Eaglesの『The Sad Cafe』が聴きたくなった。


 


                         <了>

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The Sad Cafe 縞間かおる @kurosirokaede

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