第四話
あれから、半月が過ぎた。
緋流は火耀王太子と打ち解け、水も漏らさぬ仲となっている。交野の宮の一件で王太子はいたく、感謝してくれた。また、交野の宮の言伝を文に書き、祖母に託したのだが。斎王から外され、出家していた糸野の尼宮に祖母は確実に届けてくれたらしい。五日程が経ち、返事が来たのだ。こう書かれていた。
<緋流姫へ
このたびはわたくしや弟宮の件であなたにはご迷惑を大変に掛けました。ただ、申し訳ないばかりです。
交野がわたくしに詫びの言葉をくれる日が来るとはと驚いてもいます。姫にはいくら感謝しても足りませぬ。
今はあなたの幸福を遠くから、祈っています。兄様と末永く一緒にいてくださいね。
糸野>
手短に綴られていた。緋流は糸野の尼宮が少しでも、罪の意識から脱却出来る事をそっと願うのだった。
季節は冬、新年になる。睦月の下旬になっていた。緋流が入内してから、二月と少しが過ぎた。
「緋流や、今日も寒いの」
「ええ、お祖母様。火桶がありますから、こちらへ」
「すまぬの、わたくしも年のせいか。手足が冷えやすくてのう」
白梅の宮は緋流が勧めた火桶の近くに行く。ほうと小さく息をついた。
「ああ、生き返る心地ですよ。緋流、そなたも当たりなされ」
「はい」
緋流は小さく笑いながら、白梅の宮の側に行った。
「……交野の宮の件はほんに緋流の手柄ですよ」
「まあ、お祖母様や火耀様の助けが無ければ、成せぬ事でした。私一人だけでは何も出来ず仕舞いだったと思います」
「緋流、謙遜が過ぎますよ。交野の宮に行きつけたのはそなた自身、誇っても良いのです」
白梅の宮はにこりと笑った。白髪に皺のある
「そうですね、お師匠でもあるお祖母様の言葉ですし。有り難く、受け取らせて戴きます」
「ええ、それでこそ、我が弟子ですよ」
宮は笑みを深める。緋流も照れ笑いになった。讃岐も二人を微笑ましげに見守る。
外では
さらに、半年が過ぎた。季節は初秋、文月だ。
「緋流、そなたとしばらくは会えぬな」
「はい、私も寂しい限りです。火耀様」
「仕方ないな、懐妊中なら宮中には居られぬ決まりだ。ゆっくりと休み、健やかな吾子を生んでおくれ」
「……痛み入ります、火耀様」
緋流が言うと火耀王太子は手を握る。大きくてごつごつした手からは温もりが伝わった。
「……本当に元気でいてくれ」
「火耀様もお元気でいてくださいませ」
ぎゅっと強く手を握り直す。しばらくそうしてから、名残惜しげに王太子は手を離した。緋流は抱きつくのだけは堪える。けど、涙が流れそうになった。一所懸命にこれも堪えるが。
「……火耀様、私はそろそろ行きますね」
「うん、またな」
王太子は苦笑いすると緋流の肩を軽く撫でた。それに笑いかけて、宮中を後にしたのだった。
緋流は産み月までは里邸、実家で過ごした。文月の時には懐妊して四月目に入っている。予定された日は約半年後、翌年の睦月頃か。周囲は
緋流は白梅の宮から、文で「生まれてくる御子は男子である」と知らされている。また、翌々年以降も身ごもり、男子を幾人もと宮は予言していた。驚きを隠せない緋流だった。
翌年の睦月、津々とまた雪が降る中で。緋流は待望の御子を生んだ。元気な男子で名を
「でかした、緋流。よくぞ、男子を生んでくれた」
「……はい、陛下」
「まだ、疲れているようだな。ゆっくりと休んでくれ」
頷き、緋流は久しぶりに居所の紅梅の壺に向かった。産後からやっと、体が回復はしている。けれど、しばらくは夜の訪いは遠慮したい。そう思いながら、息をついた。
緋流は後に火耀王との間に多くの御子を授かった。唯一の后として、大事にされたと言う。仲も睦まじく、斎王の血筋であった后妃は長生きもした。そう、歴史書には記されているようだ。
――完――
緋色に舞って 入江 涼子 @irie05
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