『ザーザー』さん

ほっとけぇき@『レガリアス・カード』連載

 

 最近、姪っ子の舞ちゃんを幼稚園まで迎えに行くことが多い。

 

 この子のお母さんである私の妹と、父である義弟は両方共働きで、在宅で仕事をしている自分が一番暇なのだ。

 

 元来、私は子供と接するのは、あまり好きではない。

 

 よく泣くし、嫌なことがあったら物を投げてくる。

 わがままが通らないと地面に寝そべって、手足を振り回し嫌でも叶えさせようとしてくる。

 そんな厄介極まりない生き物である。

 

 舞ちゃんの兄の蒼汰を預かった時は本当に最悪だった。

 もはや、彼がいたことでこの子供嫌いがひどく成ったのだろう。

 

 何せ、あの猿ガキは好奇心旺盛なのか、家の中を探検してはいろいろなものを破壊するわ、無理やり私を外に連れ出そうとするわで碌に仕事も手に着かなかった。

 

 それでも、よく笑い、泣く感情豊かな子供らしい子供だった。

 今では小学生だが、相変わらず探求心豊かなのは誰に似たのだろうか。

 

 そう考えると、今隣だって歩いている舞ちゃんは、あの頃の蒼汰に比べたら何倍も大人びて見える。


 いきなり走り出したりはしないし、よそ見はすれどそれも一瞬だ。

 

 「舞ちゃん、疲れていない?1回公園で休憩するかい?」


 ぼんやりと私を見上げた彼女は、少し考えてから首を横に振る。


 蒼汰だったら、こう聞くと「えぇー、兄ちゃんコンビニがいい。アイス買ってー!」と生意気を言うのに。


 「だって、『ぷるぷる』がまっているもん。」


 『ぷるぷる』……あぁ、プリンのことか。

 朝、送っていくときに『家に帰ったらプリンがあるよー』なんて、彼女に言った気がする。


 「それに『わんわん』をもふもふしたいし、『ブーブー』でもあそびたい。」


 妹曰く、最近舞ちゃんは擬音語――いわゆる『オノマトペ』を使うのにはまっているらしい。

 何かを呼ぶときに特に使っているのだとか。こういうところを見ると年相応な少女らしく思う。


 私が職業柄言葉を使う仕事だから、なんとなく何を言っているのかは理解できている。

 

 本当に『なんとなく』でしか理解していなかったのだ。


 *


 ある大雨の日だった。

 その日の天気予報は当初、晴れだった。

 しかし、朝になって窓の外を見るとどんよりと黒い雲と、ザーザーと鳴る雨。風が窓を叩いている。


 本来舞ちゃんと行くはずだったピクニックをするには最悪な天気。

 私の家に来ていた彼女も心なしか、顔に影が落ちていたように見えた。


 仕事をしながら、舞ちゃんの様子を見守る私。2人だけのいつもの休日。

 いつもどおり人形遊びをしていた舞ちゃんだが、今日はなんだか様子がおかしい。


 人形にではなく、窓に向かって手を伸ばしているのだ。

 

 「『ザーザー』さん、『ザーザー』さん。」


 『ザーザー』と言うことは雨のことか。

 私はそう思い込んで、再び仕事をするためにパソコンとにらめっこする。

 舞ちゃんのしていた行動が少し違うだけで、特に変わりのない雨の日の休日になると思っていた。


 仕事にひと段落が付き、顔を上げると舞ちゃんの姿が見当たらないことに気づくまでは。


 「舞ちゃん?舞ちゃん、どこにいるの?!」


 声を張って大声を出しても、舞ちゃんの返事は返ってこない。

 

 ――まさか、部屋の外あるいは家の外に出ていってしまったのか?こんな雨の日の中で。


 最悪の想像が頭によぎる。でも、そんなことありえないはずだ。

 

 蒼汰を預かっていたとき、窓に柵を設置したのだ。余りにも暴れて目なんて離せないから。

 彼らの背よりも高くて、子供の力では動かすことのできない頑丈なものを。


 それを蒼汰よりも小さくて力の弱い舞ちゃんが動かせるとは到底思えない。

 なら、舞ちゃんは一体どこに行ったんだ?

 

 「おにいちゃん」


 足元からか細い声がした。見下ろした先には目に涙を蓄えて今にも泣きだしそうな舞ちゃんが。

 彼女の両手にはなぜか小さなスコップが握られていた。


 「舞ちゃん。あぁ、無事でよかった。……その、スコップはどうしたんだい?」


 彼女と視線を合わせて、様子をくまなく確認する。よかった。彼女に怪我も汚れも特にない。

 少し涙目になっているのが気にかかるがそれ以外に異常はない。

 

 ほっと胸を撫で下ろすのと同時に、何が起こったのかが疑問に残る。


 「『ザーザー』さんがないているから、たすけたかったの。」


 『ザーザー』さん?そういえば、さっきもそう言っていたな。

 もしや、『ザーザー』は雨のことではないのか。


 「『ザーザー』さんって、あの雨のことじゃないの?」

 「あめは『ぴちゃぴちゃ』だよ。『ザーザー』さんじゃない。」

 

 彼女に聞いてみるも違うと首を振る。それなら、この子の言う『ザーザー』とは一体?


 「『ザーザー』さん、おにいちゃんがきづかないからくるしんでいるの。」


 彼女が俯いた瞬間、首筋がぶるりと震える。何かがひたりひたりと優しく触れる。さらりと肩に何かが乗る。


 ザーザーと音が鳴る裏で、ぺたぺたと誰かが裸足で歩く音がする。

 何か嫌な予感がした私は彼女にもう一度聞く。


 「『ザーザー』さんはどこにいるの?」


 窓辺を見ていた彼女は私の背後を指さして、いつものように静かに言葉を紡いだ。


 「『ザーザー』さん。おにいちゃんのくびもとにだきついているよ。かみがながくて、ゆびがないの。」

 「え?」

 

 この時、初めてもう外は雨が止んでいることに気が付いた。

 それならばなぜ、まだ『ザーザー』と雨の音が耳元でするのだろう。


 ザーザー、ザーザー、ザーザー

 ザーザー、ザーザー

 ザーザー


 ……


 【た す け て】

 【あ け て】

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