第8話 今日という日は降り積もる
今更な話だけど、夢園さんは結構記憶力がある。
寝ぼけていると精神年齢が半分以下になってしまうのも、ふらふらして危なっかしいのも、本人は概ね覚えている。
だから後々クラスメイトへ謝るのを何度か見たことがあるけど、皆して『眠り姫』なんて茶化して呼んで、笑い話で済ませている。
実際、何かを壊したり誰かを傷付けたりってことはしない人だろう。
ボクへの気遣いと同様、彼女は相手をよく見て、考えて行動している。
だからだろうか。
今朝から夢園さんがボクを見ては、妙ににやけた顔をするのは。
「あの……どうしたの?」
「えっ!? う…………ううん、なんでもないよお?」
妙に上擦った声で、あからさまに誤魔化してはまたねと去っていく。
終始こんな感じだ。
元々彼女はクラス外にも友達が多くて、教室に居ないことも結構ある。
だから午睡の授業以外では、簡単な話をする程度の日が多いくらいで。
やっぱり、寝る時に眼鏡を外して欲しいって、変なこと言ったせいかな……。
なんて悩むボクを棚町さんが後ろから肘で突いてきて、にやりと笑って言うんだ。
「よおサボり仲間、厚生したんだって?」
「なんだよサボり仲間、不眠症は相変わらずだよ」
ただ、夢園さんが協力してくれるのなら、学校での数十分だけはちゃんと眠れるようになる。それはボクにとって、とてもありがたいことなんだけど、大丈夫かな、ドン引きされてたりしない、よね?
違うと信じたいのは山々なんだけど、あの珍妙な笑みが、気持ち悪いクラスメイトへの感情を誤魔化す為だったりしたら、ボクはかなり傷付くと思う。
自業自得なんだけど。
「ねえサボり仲間」
「なんだよサボり仲間」
出来心で、クラスの中で一番変なことを尋ねやすい友達に聞いてみることにした。
「寝る時にボクの眼鏡を外して欲しいって聞いたら、棚町さんはどう思う?」
「…………うーん、別に外してやってもいいけど?」
「そうなの?」
「代わりにゲームの周回手伝ってくれたらなー」
なるほど。
「それくらいなら別に……あれ? どうしたの夢園さん?」
いつの間にかボクらの前まで歩いて来ていた夢園さんが『あれ?』って顔して視線を彷徨わせる。
その行く先が定まらない内に席を立った棚町さんが、ボクのおでこを指で弾いて背を向ける。
「じゃねー」
そこへ夢園さんが声を掛けた。
「あっ、棚町さんも……午睡の授業で先生が見当たらないって言ってるんだけど」
「ちゃんと寝てる寝てる。『姫』、欲張りは良くないよ」
「その呼び方、困ってるんだけど」
「さあ? 誰が広めたんだろうねえ」
ボクが来る前は棚町さんが夢園さんからよく注意を受けていたと、前に聞いた。
今は監視が外れて好きにやっているんだろう。
授業だから、本当は参加した方がいいんだろうけどね。
彼女とのサボりに救われてたところもあるボクからは、なんとも言えないや。
「ほら、サクに用があるんでしょ? アタシはちょっと購買」
「あ、あの……別に、私……」
通り雨みたいに去っていった棚町さん。
その背中も見えなくなって、二人して顔を合わせると、ちょっとだけ目を彷徨わせた夢園さんがぐいっと顔を近付けてきた。
なんだか、妙に迫力を感じる。
「仮眠室、使えるのは今日までだから」
「あ、そうなんだ。ありがとね、予約とか色々」
「来週から、また改めて良さそうな場所を探さない?」
今日は週末金曜日。
また、あの家で二日間を過ごさなきゃいけない。
「……うん。本当にありがとう。今日もだけど、自力でどうにかできるようになるまでは、お願いするかも」
言うと夢園さんはいつものふんわりとした雰囲気を取り戻し、力強く頷いた。
「大丈夫。私、サクくんの不眠症が治るまで、毎日でも眼鏡を外してあげるよっ」
嬉しいんだけど、その言い方はなんだかとても恥ずかしかった。
※ ※ ※
そうしてボクらの日々はゆっくりと積み重なり始めた。
この珍妙で、不可思議な授業によって。
ボクは確かに救われていたんだろう。
「じゃあ、その……お願いします」
「うんっ。まかせて」
いつもより幾分はっきりした表情の夢園さんが、ボクの眼鏡を外す。
顔の左右をほんの僅かに締め付けていた感覚が抜けて、ふっと楽になる。
薄暗い仮眠室で、クラスメイトの女の子が満足げにボクの顔を見ていた。
眠気は強く、身体は安堵を覚えてる。
自分のベッドに座り込んで、改めてそれを自覚した。
あ、と気付く。
「ボクの眼鏡」
「ん……」
夢園さんが持ったままだ。
外してくれて、ちゃんとレンズには触れないよう、耳に掛けるところを握ってくれているけど。
「これ、このままわたしがもってたら、だめかな?」
「え……なんで?」
「……なんでも」
よく分からないけど、なんて思って、ここ数日の自分を省みて納得した。
ああも何度も抜け出してたんだから、警戒はされて当然だよね。
確かに眼鏡が無いとボクは何も見えない。
でも、そんな心配も要らないくらい、もう眠気を覚えてるんだけど。
彼女が納得出来るのなら。
「わかった。預かっててくれる?」
「うん。ありがと」
なんでお礼を言われたんだろう。
「こちらこそ……ふわ、ぁ…………」
「さくさくくんが、あくびしたぁ」
「あはは、ほんと、パブロフの犬になった気分だよ」
「ぱぶろふ?」
起きたら教えるよ。
条件反射でご飯が貰えると期待しちゃう、ちょっと愛らしい犬のお話を。
「サクくん?」
「…………うん」
もう、眠くてさ。
だから最後の力を振り絞って、ボクは布団を被り、言葉を返した。
「おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
――――――――――――――――
ありがとうございました。
ここまで読んで下さったアナタのおかげで踏ん張ることが出来ましたが、
力不足により伸ばしてやれませんでした。
題材は決して悪くないと思っているので、
いずれリメイクしたいと考えています。
ご意見・感想等いただけますと参考になります。
一先ずは、ここで話を締めさせていただきますが、いずれ。
学園の『眠り姫』と添い寝したら、甘々に甘やかしてくるんだが【昼寝が必修科目となった学園で始まる入眠系青春ラブコメ】 あわき尊継 @awaki0802
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