第3話
ロジカル回路のフリーズ
望愛は、スマホをベンチに放り投げた。彼女の目は、今や佐倉しか映していない。
「私の愛は、もうこれ以上、デジタルに邪魔されない!」
そして、望愛は勢いそのままに、ベンチに座っている佐倉に飛びかかった。
「私、佐倉くんのことが、大・大・大・大・大・大・大・大好きだーーーーっ!」
彼女の頭の中には、もう言葉などなかった。愛のエネルギーを全力で「物理的」にぶつけるという、体当たり的な衝動だけが彼女を突き動かしていた。
突然の行動に佐倉はよろめいたが、望愛の強烈な感情の勢いに、彼の戸惑いは一瞬で消え去った。
「反田さん……!」
佐倉は優しく望愛を抱きしめ返した。彼の声は震えていた。 「僕もだよ、望愛さん。その、愛の暴走も含めて、全部。」
望愛の呪いは、ついに打ち破られた。愛の言葉(果実)は、デジタルで届けることを諦め、非合理な感情の衝動というアナログな方法で、目の前の愛する人に届けられたのだ。
愛の成就。望愛は歓喜に震えながら、佐倉の腕の中で安堵の息をついた。
その瞬間。
望地の方から、先ほど放り投げられたスマホから、「ピコン」と、これまでで最も小さな、しかし最も冷たい通知音が響いた。
望愛は、佐倉の腕から離れ、二人で恐る恐るスマホを見た。
『生産性向上プロジェクト』のグループLINEには、望愛が送信した**「愛してる」**のメッセージが、依然としてトップに表示されていた。そして、その下に、メッセージが一件、受信されていた。
差出人は、堂島 徹。
望愛は目を閉じ、全身に力を入れた。どうせまた、「無駄なデータ」だとか「論理的な根拠を示せ」とか、そういった冷酷な返信に違いない。だが、もう愛は成就した。どんな論理も、この抱擁の事実を否定できないはずだ。
意を決して、望愛は画面をタップした。
堂島徹からの返信には、いつもの長文はなかった。
あるのは、たった一言、
『既読』
それだけだった。
「え?」
望愛は、思わず声を漏らした。 佐倉も首を傾げる。「堂島課長、いつもの長文じゃないね。珍しい」
「既読……?」
望愛は何度もその画面を見つめた。堂島課長は、**「愛してる」**という極めて非論理的で、業務とは無関係なメッセージを受け取りながら、何の分析も、指摘も、業務への関連付けも行わなかった。
ただ、『既読』とつけただけ。
それは、超ロジカル人間である堂島徹の**「処理能力」が、反田望愛のあまりに強烈な非合理な感情の衝動によって、完全にフリーズした**ことを示していた。
長文の論理的な指摘こそが、彼の存在証明だった。その彼が、最も感情的なメッセージに対し、最も論理の対極にある**「無言の了解」**を示すしかなかったのだ。
反田望愛の非合理な衝動は、現代のデジタル社会に潜むタンタロスの神罰を打ち破るだけでなく、その神罰を司る冷酷な論理の壁さえも一時停止させてしまった。
望愛は、佐倉と顔を見合わせ、二人で同時に笑い出した。
「反田さんの愛の力、すごいね。堂島課長のロジカル回路がフリーズしたんだ。」と佐倉。
「ふふ、これで私の愛は、世界一効率の悪い愛だと証明されたね!」
望愛は、もう二度とスマホで告白をしようとは思わなかった。なぜなら、彼女は、**愛を成就させるための「論理」**を、体当たりで獲得したからだ。
【物語の教訓】
現代における愛のタンタロス神罰は、デジタル上の完璧な「果実」を求める限り続く。 これを打ち破る論理とは、完璧な論理の番人(鬼上司)が論理で処理できないほどの、非合理で猛烈な「感情の勢い」を物理的にぶつけることである。
愛が成就しないのは、スマホのせいだ DONOMASA @DONOMASA
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