第2話

愛を告げる**「あと一歩」が、今、「仕事に戻るべき」**という現実に奪われようとしていた。



佐倉はそっと望愛の手に触れようとした。その優しい仕草が、望愛を現実に引き戻す。目の前の愛を掴むべきか、それともスマホの通知に従い、明日へのリスクを回避すべきか。


(まただ!また、堂島課長の**「無駄なデータ消費」**が、私の「愛してる」を遠ざける!)


望愛の脳裏に、これまでの四度の失敗がフラッシュバックした。告白の言葉を打ち込んだ瞬間、必ず現れる堂島課長の冷酷なメッセージ。彼女の愛の感情が最高潮に達すると、必ずデジタル空間の理不尽な壁が出現する。


しかし、そのとき、望愛の頭の中の**「感情回路」**が、これまでの失敗のデータから、極めて非合理的な結論を導き出した。


(違う。これは、神罰じゃない。これは……サインだ!)


スマホの通知音が鳴り響き、堂島課長からの業務連絡が愛の言葉を遮断する。これは、「あなたの愛のエネルギーが、今、最大のピークに達した」という、宇宙からの強烈な警告に違いない!


望愛の顔から血の気が引いていたが、その瞳には狂信的なほどの決意が宿っていた。


「佐倉くん」


望愛は静かに言った。その声は、驚くほど冷静だった。


「ごめん。今、私の一番大事なことをしなければならないの」


佐倉は、望愛の手に触れたまま、困惑して問いかけた。「一番大事なことって、仕事のこと?無理しなくていいよ」


「違う!」


望愛は叫び、ポケットから、今も「ピコン、ピコン」と通知を鳴らし続けているスマホを取り出した。その画面には、堂島課長が待つ『生産性向上プロジェクト』のグループ招待と、**「愛してる」**という打ったまま送信できなかった文字が光っている。


そして、望愛は、全く論理的ではない、体当たり的な解決策を実行に移した。


彼女は、佐倉の顔の真横に、そのスマホの画面を突きつけた。


「佐倉くん!見て!」


「え、なにこれ…『生産性向上』…堂島課長?」佐倉は困惑した。


望愛は佐倉の反応など気にしない。彼女の感情は、すでに頂点を突破し、論理的な行動を完全に拒否していた。


「このメッセージを、今、送信する!」


望愛は迷いなく、打ったままの「愛してる」のメッセージを、堂島課長が待つ『生産性向上プロジェクト』のグループLINEに送信した。


『愛してる』


公園の静寂の中、送信完了を知らせる音が虚しく響いた。


佐倉は絶句した。「な、反田さん、何やってるの!?堂島課長のグループだよ!?」


「いいの!」望愛は叫んだ。


愛の言葉は、またしても、最も遠い、最も冷酷な論理の番人へと誤送信された。


しかし、望愛の表情は、これまでのパニックとは違っていた。


「これで、私の『愛してる』は、一番遠い場所に届いた。私の中で愛のエネルギーは最大放出された!」


彼女は、タンタロスのように、永遠に届かない場所へ愛を投じたことで、逆に愛の成就の条件が満たされたと、極めて非合理に確信したのだ。


望愛は、スマホをベンチに放り投げた。彼女の目は、今や佐倉しか映していない。


「私の愛は、もうこれ以上、デジタルに邪魔されない!」


そして、望愛は勢いそのままに、ベンタチに座っている佐倉に飛びかかった。


「私、佐倉くんのことが、大・大・大・大・大・大・大・大好きだーーーーっ!」


彼女の頭の中には、もう言葉などなかった。愛のエネルギーを全力で「物理的」にぶつけるという、体当たり的な衝動だけが彼女を突き動かしていた。


突然の行動に佐倉はよろめいたが、望愛の強烈な感情の勢いに、彼の戸惑いは一瞬で消え去った。


「反田さん……!」


佐倉は、デジタルな言葉ではなく、目の前の人間が発する非合理なまでの感情の衝動を、そのまま受け止めた。

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