私の守護霊

影灯レン

私の守護霊

 夜の空気が、私を知っているように動いた。


 それは、私にとって恐怖の対象ではなかった。

 幼いころから、何かを探しているときに「空気」が変わる。



 その後に探し物が見つかる──そんなことが、幾度もあった。



 例えば、小学校のとき。


 大切にしていたペンダントを失くしたときもそうだった。


 部屋中を探しても見つからず、諦めかけた瞬間に、背中の方で「すう」と風が通り過ぎた。


 鼻の奥に鉄の匂いが漂う。


 振り返ると、机の上にそのペンダントが置かれていた。


 最初は気づかなかったが、いつも方角は東だった。



 “守られている”──私はそう感じた。



 時が経ち、大人になってもその現象は変わらない。


 探しているものは、いつも「空気」が変わった後に見つかる。

 だから、私にとってそれはもう、生活の一部になっていた。



 ただ、一つだけ違う時がある。



 それは、「好きな人」ができたときだった。



 初恋のとき、私はその人に贈る手紙を何度も書き直した。


 どこからか、土の香りがした気がした。


 封筒を取りに行こうとして、机の上に置いたはずのそれが、忽然と消えていた。



 代わりに、カーテンの隙間から、冷たい風が滑り込む。



 その後、手紙は見つからなかった。


 数日後、その相手の噂を耳にした。

 別の子と、二股をかけていたという。


 私は不思議と悲しくなかった。むしろ「守ってくれたんだ」と思った。


 高校二年のとき、祖母がふとした拍子に言った。

 「お前の前に、もう一人いたんだよ。生まれられなかった子が」


 その瞬間、すべてが線で繋がった気がした。

 “この空気は……存在は、お姉ちゃんなんだ”──そう信じた。



 それからの私は、見えない存在に感謝していた。

 夜、枕元に「ありがとう」と呟くのが習慣になった。

 怖いと思ったことは、一度もない。



 また恋をした。



 大学の同級生。穏やかで、よく笑う人だった。

 初めて、自分から誰かを好きになった。


 それを境に、奇妙なことが起き始めた。


 スマホを充電しようとすると、ケーブルが見当たらない。

 その人のSNSを見ようとすると、通信が切れる。



 まるで「関わるな」と言われているようだった。


 土の香りが、どこからともなく、鼻に突いていた気がする。



 その恋も、結局うまくはいかなかった。

 前と同じように「守ってくれた」と思った。



 ……ただ、今回は違った。



 彼はいい人だったのだ。友人を大事にし、優しい言葉をかける人だった。

 後日、共通の友人から「今、彼、結婚したらしいよ。幸せそうにしてる」と聞いたとき、

 胸の奥に、わずかな違和感が残った。



──何で……今回は、“守ってくれた”のではなかったの?



 疑問が頭をよぎったが、私はすぐに打ち消した。



 今までずっと、私を見守り、助けてくれた。



 偶然だ。たまたま重なっただけ。きっと、そういうことだ。



 今は、悪い噂を聞かないだけで、将来何かあるのかもしれない。

 私は、そう考えるようにした。



 その夜。

 風呂上がりに髪を拭きながら、鏡の前に立った。


 湿気が、やけに重く感じた。


 歯を磨こうと、いつもの場所に手を伸ばす。


──歯ブラシが、ない。


 洗面台の下の収納も探す。ない。

 ゴミ箱を覗く。ない。


 「間違って捨てちゃったかな」


 独り言のように呟き、特に気にも留めず、新しい歯ブラシを出した。



 寝る支度も終わり、ベッドに向かう。



 枕元に「ありがとう」と呟き、眠りにつく。


 部屋の空気が、変わった気がした。



──彼女が深い眠りについたころ。



 黒い塊がゆっくりと、彼女の息の形をなぞった。


 滑り、床に落ち


 何かを愛でていた。




 彼女の部屋には、冷たい風が淀んでいた。


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