生涯雇用の国ヘヴンワーク

ちびまるフォイ

誰も絶対に向いてない仕事

「なんでこんなのがわからないんだ!

 俺が若い頃はもっとやっていた!

 いまどきの若いやつときたら!!!」


ハゲ散らかってアタマ焼け野原になった上司。

指示通りにしたことすら忘れて激昂していた。


その日の夜、友達と飲んでいても今日の叱責が思い起こされる。


「ということがあったんだ」


「そりゃ災難だったな。上司ガチャ大ハズレじゃん」


「ホントだよ。ガチャをするのはゲームだけでいいのに」


「それと話があって。実は引っ越すんだ」


「へえ。どこに?」


「永久生涯雇用の国ヘヴンワークってところ。

 受精卵に戻っちゃうからもう会えなくなる」


「情報量が多い!! ぜんぜんわからない!」


友達とはそれっきりになってしまった。

生涯雇用なんてメガロドンより先に絶滅したと思っていたのに。


ちょうど近くに国の案内所があるらしく訪れた。


「ヘヴンワークへの入国をお望みですか?」


「いえ、どんな場所か知りたくて」


「この国はまさに天国ですよ。

 あなたの隠れた才能にぴったりの仕事につけます。

 そしてあなたが苦手な人間は排除され

 快適で完璧な職場環境を整えます!」


「まさに今私が求めているものじゃないですか!」


「そうとも。仕事は人生の大半の時間を奪います。

 逆にそれが幸福な時間にかわったらどうでしょう?

 あなたの人生はあなたのもの。さあ、ぜひ!!」


流されやすい自分はあっという間に国の引っ越しを決めた。

どういうわけか一度受精卵に戻されるというのは驚いた。



ヘヴンワークへと引っ越し、転生から第二の人生が始まった。



「あなた見て。この子の手」


「ああ。これは立派なバイオリニストになるぞ!」


第二の生を受けた自分に与えられたのは、

哺乳瓶のかわりにバイオリンだった。


言葉がしゃべられるようになるまで声帯発達が待ち遠しい。

やっと言葉がつむげるようになると早速直談判。


「パパ、どうして僕にはバイオリンなの?」


「そりゃお前の人生がバイオリニストだからだ。

 すでにプロとしてのオファーも来ている。

 これから毎日どんどん練習していいバイオリニストになるんだ」


「それ以外の選択肢は?」


「選べば重罪。死刑だぞ」


「ええ……?」


「お前は自分がどれだけ報われているかわかってない。

 生まれてからどんな仕事にも向いてない人もいるんだ。

 そんな生涯ニートにならなかっただけ喜べ」


「ちなみにパパは?」


「パパがそれだ」


「だからママが家を出ていったんだね」


バイオリニストとしての将来のレールがしっかり引かれ、

自分もそのレールに乗ることで難なく人生の成功を収めた。


専門の学校、専門の機材、専門の人。

あらゆる自分に向いたあれこれを国が手配してくれる。


自分でもバイオリニストの才能があることも自覚し、

この職業を生涯ずっと続けることを自他ともに期待された。


でもバイオリニストとして活躍するほど、

もともと好きでもなかった楽器演奏への嫌気は増していく。


「コーチも、周囲の人間もなにもかも最高だ。

 なのにどうして満たされないんだろう」


富と名声を得られれば自分は生涯ハッピーだと思った。

なのにそれが得られるほどに心とのギャップは広がる。


そしてあるコンサートの後だった。

楽屋までの道を歩いていると、黒フードの男が立っていた。


「いやぁ、すばらしいコンサートでした。

 でも不思議ですなぁ。演奏中のあなたは死んだ目をしてる」


「あなたは?」


「ひっひっひ。私は地下転職ブローカーといいます。

 あなた、今の仕事で本当に満足してますか?」


「それは……。でもこの国は生涯雇用が義務。

 自分に向いた仕事で生涯費やすしかないでしょう」


「だから私がいるんです。

 あなたが本当に望んだ仕事にあっせんして差し上げます」


「本当ですか!? そんなことが!?」


「声をかけるはこれっきりです。

 これを断れば二度と現れません。どうしますか?」


「……」


「ではこの話はなかったことに」


フードの男がきびすを返すとき、自然と声が出た。


「待ってください! 本当は、サラリーマンになりたかった!!!」


「だと思いましたよ」


こうして転職ブローカーの暗躍により、

本来はつけないはずのサラリーマンへと転職成功。


「これが、これが憧れのサラリーマン!!」


憧れていたスーツ。

憧れていたビジネスバック。

手にはちょっと高めの腕時計。


生まれてからずっとバイオリニストのレールの上だった。

今こうして一番なりたかった仕事につくことができた。


本当の幸せは自分の希望を叶えることなんだ!




なお、そんな風に浮かれていたのは最初だけだった。


「これコピーとっておいて!」

「お客様がくるのにお茶だせないのか!?」

「仕事終わったら飲み行くぞ!」


「ひえええ!?」


陰キャ特性高めの自分に対し、職場はバチバチの体育会系。

あまりの職場と環境のミスマッチに心が砕かれてゆく。


自分がサラリーマン適正どころか、

この職場でのマッチ率が低いことに気づいてももう遅い。


「なにやってんだ! このバカ!」

「こんなのできて当然だろ!?」

「どうしてこんなミスするんだ!!」


「す、すみませんっ!!」


職場での無能筆頭となったとき、ついに社長へ呼び出された。


「社長、お話しというのは……?」


「君。転職ブローカーで、この仕事についてないか?」


「な、ななななななななぜそれを?」


「その反応。やっぱりそのようだな。

 あまりに君がポンコツすぎるから、カマかけたんだよ」


「どうしても、どうしてもサラリーマンになりたくて!」


「君の夢を叶えた結果、会社の利益が下がったらどうする?

 それに転職罪は重罪だ。警察にも通報したよ」


「待ってください! 俺は! 俺は……!」


「君はバイオリニストとして生涯を過ごすべきなんだ」


重犯罪者として会社にはいられなくなり、

エントランス前にチャーターされていたパトカーで連れられた。


転職という大罪を犯した自分は裁判なんかすっとばし、

あっという間に監獄にぶちこまれてしまった。


シェア・プリズンの先客が声をかける。


「ひひひ。あんたは何やらかしたんだ? 人殺し?」


「いいや転職」


「ひい!! 転職!? 正気かよ!? 人殺しよりもひどい!」


「どうしても……自分の夢を叶えたかった……。

 でも自分の夢を追うことは、誰かの迷惑だったんだな……」


「そうさ。人間だれしも適正と輝ける環境がある。

 それを個人で勝手に決められたら、まとまるものもまとまらねぇ」


「でも……」


「おっ、看守のおでましだ。お迎えが来たみたいだぜ」


看守にうながされて監獄から出された。

しずかに歩いていくと、一つの部屋にたどり着く。


「ここは……?」


「見ての通り、死刑室だ。

 転職の重罪を犯したお前をここで裁く」


「そんな……」


「早く電気椅子に座るんだ」


電気椅子に座り、目の前の起動スイッチに目線を合わせる。

あのボタンが押されたらたちまち天国に旅立つのだろう。


看守はドアの前に立ち、誰も入れないように監視する。


「最後の食事とか、言い残すこととかないんですね」


「転職するような極悪人にそんな人権は無い」


「そうですか……」


目をつむって審判の時間を待った。



いつまで経っても電気は流れない。

電気流れてないのにたちっぱの看守は足がしびれている。


「あの、最後にひとついいですか?」


「なんだ」


「なんで死刑執行されないんですかね……」


看守は最後の言葉に気まずそうに答えた。



「死刑執行官に適正ある人が生まれるのを待ってるんだ」



おそらく自分の死刑は餓死によるものだと思った。

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