第25話 きっと誰かのメリーバッドエンド


 暖かな陽が差し込む部屋に、静かな時間が流れていた。


 ユウトは、ベッドの端に座ったまま、虚ろな瞳で一点を見つめている。

 言葉は出ない。意思もほとんど消え失せていた。呼吸だけが、かすかに胸を上下させる。


 その横で、ハルカは穏やかな笑顔を浮かべ、甲斐甲斐しく動いていた。


 花瓶に水を注ぎ、布巾で皿を拭き、机の上を整え片付ける。

 掃除の動作、洗濯物をたたむ手つき――すべてが完璧に整然としている。

 しかし、その顔には、かつて彼女が見せた狂気じみた赤い瞳の残像が、静かに漂っていた。


「ユウト、今日の食事は何にしようかな……?」


 問いかけには答えは返ってこない。ユウトはただ、視線を天井に泳がせるだけだ。


 それでもハルカは気にしない。むしろ嬉しそうに、独り言のように話す。

 手際よく、ベッドの隣に置かれた机に小皿を並べ、飲み物を注ぐ。


 時折、ユウトの手に触れたり、頬にかかる髪を整えたりする。

 その指先の柔らかさや動作の丁寧さには、愛情のようなものが確かにある。


 しかし、ユウトにはもう、応える力も、声を出す力も、心の動きも残っていなかった。

 ただ存在するだけ。息をするだけ。生きていることの重さだけを、無言で受け入れるしかない。


 失ってしまった物の大きさだけを感じながら。


「ユウト、少し休もうね……」


 布団を整え、ユウトを優しく寝かせる。

 かすかな微笑を浮かべながら、ハルカは頭を撫でる。


 彼女にとっては幸福な時間だった。

 恋人が自分のそばにいること――それだけで、すべてが満たされていた。


 その一方で、部屋の空気は、静かに腐敗しているようだった。

 死と狂気と、絶望的な独占欲に彩られた空気。

 ユウトはもう、感情のない器として存在し、ハルカはそれを嬉々として世話する。


 外から聞こえる風の音や、遠くで子どもが遊ぶ声も、二人には届かない。

 日常の音はある。だが、ここにあるのは、どこまでも退廃的な風景だった。


「さあ、今日も私だけのユウト……たくさん愛してあげるね」


 その声は、微笑に彩られ、まるで幸福そのもののように聞こえた。

 だが、そこにはユウトの意思は存在しない。

 存在するのは、ハルカの独占と執着だけ。


 そして部屋には、無言のまま時を刻む二つの影――

 一方は“人間らしさ”を失い、もう一方は“完全な恋人の理想”に満たされていた。


 退廃的で、凍りついた、唯一の幸福。


 日が傾き、影が長く伸びる中、ハルカは今日もユウトの世話を続ける――

 静かに、確実に、独占する幸福を享受しながら。













『ヤンデレを作る簡単な方法(物理的に)』完

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ヤンデレを作る簡単な方法(物理的に) 御愛 @9209

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