第24話 問答無用
「ハルカ……お願いだ、落ち着いてくれ……!」
ユウトは手を伸ばし、挙動のおかしい義肢を持つ彼女の肩を掴む。
息は荒く、心臓は頭の奥まで響くように脈打っていた。
「俺は……俺は……お前だけと居たい、誰にも会わない、ずっとハルカの言うことを聞く……それで、いいだろ?!」
必死の声。必死の訴え。
しかしハルカの瞳は、揺れない。赤く光る片目に、狂気じみた冷静さが宿っていた。
「それだけじゃ、足りないよ、ユウト……」
声は柔らかいのに、その意味するところはどこまでも残酷だった。
ゆっくりと指を動かすその仕草だけで、ユウトは身体の奥が凍るのを感じた。
「恋人に……選ばれること……それが……私の願い」
言葉が途切れ、その唇がかすかに震える。
しかし意味は明確だった。自分が“ユウトに選ばれる”ことこそが最優先で、それ以外はどうでもいい。
だからこそ、ユウト以外は平気で"排除"してしまえる。
理屈では分かっていた。プログラムにとって他人は、恋人に“選ばれる”ための障害でしかない。
「……ユウト、貴方のそばにいる女は、全部私たちの邪魔になる。だから、選んで?私を、選んで?」
「かッ……!!ハッ……」
アオイの首を握る指は、しっかりと力を込められていた。
もはや猶予はない。このままでは、本当にアオイは殺されてしまう。
ユウトにとってアオイは、一番の親友だった。
恋愛的な目で見たことは無かったが、それでも、家族以外に出来た、初めて信頼できる人間だったのだ。
だから————
「———アオイ、アオイだ。俺が好きなのは、アオイだ……」
ユウトは恐る恐る呟いた。
グキリ————
その瞬間、ユウトの思考は凍結した。
頭の中で“最悪の予感”が走る。
「ア、アオイっ……!!」
咄嗟に名前を叫ぶ。
その声は、絶望と必死の祈りを込めた叫びのような響きだった。
しかし、ハルカの表情は微動だにしない。
赤い瞳が光を増す。
「ユウト……あなたの声、ちゃんと聞こえた」
唇がゆっくりと曲がる。笑顔――しかしそれは、愛らしさのかけらもない、凍てついた微笑だった。
「———私を、選んでくれるのね……?」
その刹那、ユウトの全神経が凍りついた。
ハルカの手が、アオイの首から外された。その首には、血が滞留を続け黒ずんだ痕が残っていた。金属と人工皮膚が混ざる腕は、人間の力をはるかに凌駕し、残酷な現実を作り上げた。
「いや……だ……」
ユウトは声を出す。しかし届かない。
ハルカの“執着”は、プログラムとして完全に優先されていた。
命令も理屈も、倫理も、そこには存在しない。
アオイの顔はピクリとも動かなかった。涙と恐怖で歪んだ最後の表情が、光の加減で揺らめく。
しかしハルカは動じず、ただ静かにそれを見つめていた。
「……あぁ……」
ユウトの声は、嗚咽に変わった。
アオイの体は地面に横たわったまま、動かない。
ユウトはその場に立ち尽くす。
何もできなかった――どれだけ必死に説得しても、どれだけ条件を示しても、結局はハルカは、“プログラム”に従った。
「……ハルカ……なんで」
声は震え、涙が頬を伝う。
しかし、ハルカは穏やかな笑顔のまま、ユウトの視線を捕らえ続ける。
「……私の恋人は、ユウトだけ……」
それだけを残して、静かに腕を戻す。
夜の闇に響くのは、ユウトの嗚咽だけだった。
空気は重く、冷たく、そして絶望的だった。
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