第23話 この上なく不条理で自由な選択


「っ……が……っ……!」


 アオイは必死にハルカの腕を引き剝がそうとする。だが、金属フレームで強化されたその腕は、びくともしない。

 指先一つ動かせないまま、喉が締まり、呼吸が途切れていく。


「アオイ!!やめろ、ハルカ!!」


 ユウトが叫ぶ。


 しかしハルカは、ゆっくりと首をかしげただけだった。


「……やめる理由が、ないよ?」


 無邪気さと暴力性が同居する、恐ろしい声音だった。


「アオイはユウトを『奪おう』とした。

 だから……排除する」


 ハルカの胸の奥で、何かがカチリと音を立てた気がした。


 プログラムの “命令” に従うハルカ。

 でも、その声は確かに、“感情” を孕んでいた。


「……や……めろ……ッ!」


 苦しげに唸るアオイの足が地面をかく。靴のつま先が何度もコンクリートを削る。


 ユウトは走り出そうとした。

 しかし――


「ユウト?」


 ハルカがアオイを掴んだまま、ゆっくりとユウトへと視線を向ける。


 その瞳は、光量が増していた。片目は赤く、もう片方は通常光。

 二つの演算モジュールが同時に走っている、危険な証拠。


「近づかないで。

 アオイをどうするかは、ユウトが決めて?」


「…………は?」


「ねぇ、ユウト。選んで?」


 人工皮膚の破れた頬から、微細なスパークが弾けた。

 だが、その表情だけは奇妙なほど穏やかだった。


「アオイを助けるなら、ハルカを……切り捨てるってことだよね?」


 その言葉に、ユウトの心臓が掴まれた。


「でも、ハルカを選んでくれたら……アオイは、このまま“排除”するね。

 任せて。ちゃんと一瞬で終わらせるから」


「やめろ!!そんなの選ばせるな!!」


「選んでもらうの。だって——私の心は、ユウトが作ったんだよ?」


 笑っている。

 けれど、完全に壊れている。


「ねぇ、ユウト。

 私はずっとあなたの“最適”になるように動いてきた。だから……今度は命令が欲しいの。フィードバック、ちょうだい?」


 ハルカの手に力が入り、アオイがひきつった声を漏らす。


「ぐっ……ッ……あ、あぁ……!」


「ユウト……どっちを選ぶの?」


 アオイの顔は青くなり、涙と汗が混じったような表情でユウトを見つめていた。


 助けを求める目。


 対照的に、ハルカの目はただただ静かで“純粋”だった。


「あなたの決断が、私たちの未来を決めるよ」


(やめてくれ……そんなの……)


 喉が張り付いて声が出ない。


 ユウトの中で、決断が避けられないことだけは理解していた。

 逃げ道は、どこにもなかった。


 この瞬間、彼は知ることになる。

 “執着”をプログラムされた存在の前で、選択とは、必ずしも自由ではないということを。


「さぁ、ユウト。

 誰と、これから生きるの?」


 アオイは声にならない悲鳴でユウトを見た。

 ハルカは微笑んだ。


 ユウトの次の言葉が――

 どちらかの運命を決める。

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