「カタブツ」だと思ってた法務部のアイツが、俺の人生を「合法的に」終わらせにきた件(火野翔 視点)
俺、火野翔(ひのかける)、27歳。大手広告代理店勤務。
そこそこの学歴とルックス、そして抜群のコミュ力。俺の人生は、ずっとイージーモードだった。
仕事はノリで乗り切れるし、女にも困ったことはない。
そんな俺にとって、同期の水無瀬美優(みなせみゆう)は、ちょっと気になる存在だった。
営業部で一番の美人。プライドが高くて、簡単に落ちない感じがソソる。
その美優が、付き合って5年になる婚約者がいると聞いた時は、正直「は?」と思った。
しかも相手は、中堅メーカーの法務部。
名前は、氷室涼介(ひむろりょうすけ)。
一度だけ飲み会で会ったことがあるが、印象は最悪。
愛想笑いばかりで、こっちが話を振っても「はあ」「そうですか」だけ。
カタブツで、面白みのカケラもない、地味な男。
「美優さ、本当にあんな地味な男でいいわけ?」
飲み会で、冗談半分にそう囁いてみた。
美優は「優しいし」とか言ってたが、顔はまんざらでもなさそうだった。
ああ、こいつ、退屈してるんだ。
「俺なら、美優をもっと楽しませてやれるけど」
決まり文句だ。
婚約者がいる女を奪う。そのスリルが、俺を燃えさせた。
美優を落とすのは、思ったより簡単だった。
ちょっと強引にアプローチして、涼介の悪口を言えば、すぐにこっちに転がり込んできた。
女なんて、結局「安定」か「刺激」か、その二択だ。
そして美優は、両方欲しがる浅いタイプだった。
涼介が出張に行った夜。
俺は、美優が住む新築マンションに乗り込んだ。
涼介がローンを組んだっていう、自慢の城だ。
『いいじゃん。どうせバレねえって。婚約者の城でイチャつくとか、最高に興奮しねえ?』
リビングは、いかにも涼介が選びそうな、シンプルでつまらない家具ばかり。
その中で、一番ムカついたのが、窓際にデカデカと置かれた観葉植物だった。
なんだか、まだら模様の気味の悪い葉っぱ。
『なあ、これ、すげー高いんだろ? 美優の婚約者、趣味悪ぃのな』
『やめなよ、翔。涼介の大事なやつなんだから』
大事なやつ? ああ、そうか。
俺は、飲みかけのビール缶を手に取った。
こいつが大事にしてるものを、俺がメチャクチャにしてやったら、どんな気分だろう。
『いいじゃん、栄養だって。ほら、飲め飲めー』
俺は、残りのビールを鉢植えに全部注ぎ込んだ。
美優は「やめてよー」とか言いながら、本気では止めなかった。
最高に気分が良かった。
俺は、あのカタブツ野郎に勝ったんだ。
『そういやさ、涼介のカード、家族カード持ってるんだろ?』
『うん、一応……』
『俺、最新のマッサージチェア欲しいんだよね。美優の会社で使う備品ってことにしとけば、バレねえだろ』
18万の買い物。
美優は一瞬ためらったが、すぐに頷いた。
チョロい。
何もかもが、チョロすぎる。
法務部のカタブツなんて、所詮こんなもんだ。契約書しか読めない、視野の狭い男。
俺は、美優との「最後のお遊び」を、存分に楽しんでいた。
……すべてがひっくり返ったのは、それから一ヶ月後のことだった。
その日、俺は二日酔い気味で出社し、のらりくらりと仕事をこなしていた。
昼過ぎ、スマホにオフクロから鬼のような着信があった。
『翔! あんた、何したの!? 家に、変な郵便が来てるんだけど!』
『あ? 変な郵便ってなんだよ』
『内容証明郵便よ! 氷室涼介さんって人から……あんた、人の婚約者と、なにしたの!』
内容証明、だと……?
心臓が、嫌な音を立てて跳ね上がった。
慌てて実家に帰ると、オフクロが泣きながら封筒を突きつけてきた。
中身を見て、俺は血の気が引いた。
一枚目。俺と美優が、あのマンションのソファでキスをしている写真。
二枚目。俺と美優が、ラブホテルに入っていく写真。
三枚目。俺が涼介のカードで買わせた、マッサージチェアの領収書のコピー。
そして、最後の一枚。
「損害賠償請求書」
慰謝料。500万円。
結婚式キャンセル料ほか。600万円。
合計、1100万円。
「……水無瀬美優と、連帯して支払え」だと?
「ふ、ざけんな……!」
なんで、あのマンションでの写真が……? まさか、カメラ?
あのカタブツ、自分の婚約者を監視してたのかよ! キモすぎるだろ!
だが、震えは止まらなかった。
1100万なんて金、すぐに払えるわけがない。
最悪の事態は、それだけでは終わらなかった。
翌日、会社に行くと、空気が明らかにおかしかった。
俺と美優が通ると、ヒソヒソと噂話が聞こえてくる。
「おい、見たかよ、人事から回ってきたメール」
「ヤバすぎだろ、火野と水無瀬」
「他人の婚約者寝取るとか、コンプラ意識どうなってんだよ」
すぐに部長に呼び出された。
「火野。……これは、どういうことだ」
部長が突きつけてきたのは、俺が実家で見たものと、まったく同じ「資料」だった。
ただし、表紙にはこう書かれていた。
『御社 人事部ご担当者様: 御社社員間のコンプライアンス問題に関する参考資料(※誤送付)』
「……っ」
誤送付、だと?
ふざけるな。
アイツ、わざとだ。
「誤送付」という体裁を取ることで、俺たちの不貞行為を、合法的に会社にバラしやがった。
法務部の人間が、一番得意とするやり方で。
「火野。お前、うちのクライアントの何社かが、氷室さんのメーカーと取引があること、知ってるよな?」
「……はい」
「先方(氷室さんの会社)の法務部から、こんなものが『誤送付』されてきたんだ。……お前、どういうことかわかるか?」
血の気が、完全に引いた。
これはもう、社内不倫なんていう生易しい話じゃない。
会社の信用問題だ。
「申し訳、ありません……」
「……しばらく、自宅で謹慎してろ。今後の処遇は、追って連絡する」
それが、俺の社会人生活の、事実上の終わりだった。
美優は、あの後、涼介の両親の前で土下座させられたらしい。
泣いてわめいて「やり直したい」とすがったと聞いた。
ダッセェの。
俺は、そんなみっともない真似はしなかった。
ただ、謹慎の通達を受けた翌日、会社に退職届を叩きつけた。
もう、居場所なんてない。
慰謝料は、結局、うちの親が頭を下げて、いくらか減額してもらった上で支払った。
俺は実家からも勘当同然に追い出され、今は日払いのバイトで食いつないでいる。
俺は、氷室涼介を甘く見ていた。
アイツは「カタブツ」なんかじゃなかった。
アイツは、獲物が油断するのを静かに待ち、法律と契約書という牙で、確実に息の根を止める「狩人」だったんだ。
ああ、クソ。
なんで俺は、法務部なんていう、一番面倒な連中を敵に回しちまったんだ……。
【婚約破棄】法務部の俺を敵に回した結果、エリート(笑)な君たちは社会的に終わりました @flameflame
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