テルテル人の嘘の証言

ひつまぶし

テルテル人の嘘の証言

​俺はテル。

テルテル人だ。


​我々の人生は、驚くほど単調だ。


​畑で育てられ、やがて成長しきると、首には麻紐が結ばれる。

その紐で吊るされ、出荷され、店頭へと並ぶ。


それが、我々の生涯の始まりの形だ。


ただ、周囲の事象に対する事実を、求められれば発する。

それが、テルテル人としての存在理由であり、義務である。

​そして今、俺はあさひという名の女性の家で飾られている。


​旭は変わった人だ。

他の人間は、晴れを願う日以外は俺の存在など気にしない。だが、この女性は違う。


​毎朝、カーテンを開けると必ず俺に話しかけてくる。


​「テル、おはよう。今日は晴れる?」

​「快晴です。気温は昨日より二度上がります」

「いつも、ありがと!」


​俺は淡々と事実を述べる。それがテルテル人の人生だった。



---



​最近、旭は恋をしているそうだ。


​「テル、この前言ってた彼。今日は会えるかなあ」


​旭は時折、頬を赤らめながら、俺にそう話しかけてくるようになった。


​テルテル人には「恋」という人間の感情の仕組みはさっぱり分からない。吊られる人生には無縁だからだ。


だが、彼女の行動には、たしかに変化が見られた。


​話しかけてくる頻度が増えたのだ。

​「このワンピースと、こっちのブラウス、どっちがいいと思う?」と、良く分からない質問をしてくる。


​俺は答えに窮した。


​「どちらの衣服も、旭の体の熱量を効率よく放出する点において、優劣はありません」


​いつも通り事実を述べると、旭は「もう!テルは本当に面白くないんだから!」と笑う。

以前よりもずっと明るく、輝いていた。


​旭は以前よりも身支度に時間をかけ、慌ただしく出かけていく。

帰宅も遅い。

俺は、ほとんどの時間を、誰もいない部屋の、動かない風景を眺めて過ごすことになった。


​そのとき、俺は初めて、胸の奥にわずかな違和感を覚えた。それは、どんな時でも感じたことのない、妙な熱を帯びた、湿った感覚だった。


ある日の夜。


​「お帰り」


​俺はいつものように、玄関の方向へ向かって、帰宅という事実を伝えた。

しかし、奥から返事は返ってこない。


​「ちょ、ちょっと待って、靴くらい脱がないと……」


​声は廊下の先からだ。

俺の視線は、窓辺に吊るされたまま、廊下の先に釘付けにされた。


​「旭ちゃん、テルテル人置いてるんだ」


​聞き慣れない、軽薄で鼻にかかった男の声だった。

それが、旭の恋の相手。


​「……そうだよ」


​旭の声には、いつもの明るさに加えて、抑制された高揚感が混じっていた。

​男は、興味なさげに俺を観察した。


「人と似てるから、見られてるみたいで興奮する」

​「もぉ~、止めてよ、」


​二人は笑い合い、すぐ目の前のベッドへ向かう。


​俺は置物だ。


しかし、俺の胸の奥で、微かな違和感が、今度は灼熱の塊となって膨れ上がった。

​アサヒの嬌声と、男の低く甘い声が、目の前から、正確な音量で俺の耳に届き続けた。


​「ここ、弱いんだ、可愛いよ」

​「もっと、して…彰吾しょうご……」


​テルの視界には、音が、熱が、そして旭のすべてが自分以外のものと共有されている。


​どれほどの時間が過ぎたのか。

​やがて、「シャワー浴びてくるね……初めてが彰吾で良かった、」旭がそう言うと浴室へと向かった。



---



「彰吾、もう一回したいな……」


タオルだけの姿でベッドの方へと歩いてきたが、ベッドには誰もいなかった。

​旭は無造作にタオルを床に落とした。彼女の瞳はすぐに涙で潤み、やがて嗚咽に変わった。 


​「なんで……」


​旭はベッドに崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。

​テルの胸は罪悪感と嫉妬とが混じり合い、煮えたぎるように痛んだ。


​旭は立ち直れないほど深く落ち込んでいた。

食事も取らず、テルに話しかけることもなくなった。


​そして、日。携帯が鳴った。

彰吾からのメールだった。

​旭が読み始めた途端、彼女の顔色が急速に凍り付いた。そして、激しい怒りに変わった。

​旭は勢いよく立ち上がり、窓辺のテルを、初めて憎悪の目で睨みつけた。


​「嘘つき!」


​旭は震える声で叫んだ。

​彰吾からのメールには、別れを告げる言葉と共に、テルが昨夜、彼に吹き込んだ「証言」が書かれていた。


「旭にはあなたとは別の彼氏がいて、行為中はあなたの時よりも大きな声を出していた」と


​「あなたが、嘘をついたの!」


​テルは、事実を語ることができなかった。

​旭は、激昂のあまり、テルを吊るしていた紐を乱暴に引きちぎった。


​「もう、アンタなんか見てるだけで気持ち悪い!」


​テルは勢いよく窓辺から捨てられた。


​視界は暗闇に閉ざされた。


​テルは、静かな暗闇の中で、自分が「事実を述べる」という唯一の存在意義を失い、繋がりを断ち切ってしまったことを理解する。


​暗闇の中、彼は静かに、そして深く後悔した。

​嘘なんてつくものじゃない。


​そして、テルは、初めて感情を込めた言葉を、誰にも届かない暗闇の中で、静かに呟いた。


​「ごめんなさい」

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テルテル人の嘘の証言 ひつまぶし @hanmanadesiko

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